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青天の霹靂  作者: 桂まゆ
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tern2 神隠し峠(前編)

 バスの乗客は、やれやれとため息をつく者ばかりだった。

「迎えを呼ぼうとおもったのに、圏外じゃないか」

 携帯を手にしたサラリーマン風の男が、バスの運転手につっかかる。

 「そう言われましても……」と、尻込みをする運転手をフォローするように、ひとりの女性客がバスの後ろを指さす。

「ちょっと戻れば、繋がる所もありますよ」

 地元の人間らしく軽装だ。連れの若い女性は旅行者に見えるので、遊びに来た友人を案内しているのだろう。

 これ以上先に進むと、勾配がきつくなり道も細くなる。そこで立ち往生すればどうしようもないことを、運転手がもうもう一度、乗客に説明する。

 事故を起こせば、元も子もない。

 運転手に諭され、乗客達もしぶしぶ納得した。

 十六人の乗客全員がバスを降ろされた場所は、「夜久峠」というバス停。

 近くに神社があり、鎮守の森がうっそうと茂っている。

 少し離れた場所に鳥居と階段があり、「御前神社参道」の道しるべが立てられていた。

 乗客達は時間を確認し、とりあえず思い思いの場所に移動した。

「さっき窓からちらっと見えた学校のあたりなら、繋がる筈なんですよ。目印にもなりますし」

 と、先刻の女性がサラリーマンの男性を案内する。

 女性の連れだった観光客風の若い女も、仕方ないと首をすくめながらそれにつき合うことにしたようだ。

 携帯がつながらないことにショックを受けて座り込んでしまった少女がいた。

 お爺ちゃんの家に遊びに行く途中の、日野美智花だ。

 バスの中で知り合った老婆が、「どこかに電話を借りに行こうか」と声をかけている。

 隣の座席だった青年や作業服を着た男性も、幼い女の子が気になるらしく、フォローしていた。

「あまり、動かない方がいいと思うけどな」

 そう呟いたのは、前の方の座席に座っていたカップルの男だった。

「このあたりって、昔から……」

「ちょっと、変なこと言い出さないでよ。つまんない昔話なんだから」

 彼女にたしなめられ、男は「ま、そうだよね」と言葉を濁す。

 空は相変わらずの快晴。だが、森が近いせいだろうか、何故か気温が冷たく感じられる昼下がりだった。


 ― ― ― ―


 留学先のアメリカから帰省中の須藤隼人は、神社の階段あたりで煙草に火をつけた。

 携帯は、やはり圏外。ここで待つしかない。

 バスに乗車してからずっと禁煙状態だったので、やっと人心地がつく。

 紫煙を吸い込むと、軽い目眩を覚えた。喫煙により、一時的に血圧が下がったのだろう。

 おいおい、そんなにやわだったか? と、自分に苦笑する。

 周りが、やけに静かな事に気づいたのは、その時だ。


 氷月沙弥は、先刻バスの窓から見えた光景から、まだ立ち直っていなかった。

 こんなところで、バスを降りるの嫌だな。

 そう思いながらバスを降り、手持ち無沙汰に鞄を抱きしめる。

 電話をかけに行くという話をしていた人がいたので、自分はどうしようかなと少し考える。

 あまり、動きたくないな。なんだか不安だし。

 みんなが動かないのなら、自分も動かないでおこう。

 そんなことを考えていると、誰かに声をかけられたような気がした。

 振り返ろうとした瞬間、立ちくらみを起こして、たたらを踏む。

 やっぱり疲れているのかなぁ、などと考えて改めて振り返る。だが、そこには誰も居なかった。


 一番最後にバスを降りた白雪ミコトは、ただ、会いに行く相手のことだけを考えていた。

 ミコトは、社長令嬢。オリエンタルな美人で、癖ひとつないつややかな黒髪を背中まで伸ばしている。レースをふんだんにつかったゴスロリ風のワンピースは着る人を選ぶだろうが、それを見事に着こなしている、どこか無表情な少女だ。

 軽装で、持ち物は小さなバッグと胸に抱いたぶたのぬいぐるみのみ。

 実は婚約者が居り、ミコトは彼に会う為に家出をして、普段は乗らない乗り合いバスに乗った。

 こうでもしなければ、婚約者と二人きりで会うことすら、ままならない。監視付きのデートには、うんざりだ。

 バスを降りて、ミコトは逸る気持ちを必死に押さえていた。

 歩いた方が早いかもしれませんね。でも、ちゃんと道を知りませんし。

 そんな事を考えていると一瞬、視界が揺らいだように思えた。

 ミコトは、さっきまでとおなじ状態でその場所に立っていた。

 いつの間にか、バスは去っている。

 それは、解る。

 だが、十人以上居た筈の乗客はどこに消えたのか。

 ミコトが見える範囲には、二人の人間しかいない。

 おぶたさま。何が起こったのでございましょう?

 胸に抱いたぶたのぬいぐるみに、心の中で問いかける。

『遭難』

 ぶたのぬいぐるみことおぶたさまが、ミコトにだけ聞こえる声でそう答えた。


 ― ― ― ―


 バスから下ろされた美智花の目には、涙がたまっていた。

 こんな所に置き去りにされるんだ。そう思うと、心細くてたまらない。

 バスの中で知り合ったおばあさんやおじさん、お兄さんたちに慰められ、ようやっと「お母さんやお祖父ちゃんに電話しなきゃ」と、思い出す。

 携帯を取り出すが、いつまでたっても呼び出し音が鳴らない。

「携帯、繋がらない……」

 美智花が呆然と立ちつくし、その膝ががくんと崩れた。

 どうしよう、携帯がつながらない。

 お祖父ちゃんに連絡しなくちゃいけないのに。

「どうしたん? 電話? このへんは、繋がらへんのよ。他のお家に借りに行こうか? おばあちゃんも連絡したいし。一緒に行こう」

 おばあさんがそう言えば、

「大丈夫だよ。そんなに泣かないで」

 花束を持ったお兄さん、陽水咲季もまた慰める。

「美智花さん、君はいくつだったかな? 十歳だよね。自分の考えもしっかり持てる、一人前のレディーだよ。一人でここまで来れたんだもの」

 ここは言葉の通じない外国じゃないし、ジャングルでもない。落ち着いて、周りをよく見なさい。それから、自分の一番しなければならない事は何なのか、考えてみよう。

 そう言って諭したのは作業服を着た、朝霞治。

 美智花にはちょっと難しい言葉だったが、何となく言われている事は解った。

 黙って泣いていたり、携帯がつながらないとだだをこねたりしているのは、恥ずかしい事だ。せっかくちょっと大人になった姿をお爺ちゃんに見て貰おうと思ったのに、こんな事じゃ全然駄目。

「嬢ちゃん、どうした?」

 駆け寄って来たのも、美智花は覚えていないが、一緒のバスに乗っていた人だろう。

 ようやっと落ち着いた美智花が、みんなにぴょこんと頭を下げる。

 これ以上、いろんな人を困らせちゃいけない。

「電話、借りに行きたい。連れていってくれますか?」

 おばあさん、陽水さん、朝霞さんの顔を見ながら美智花が告げる。

 みんな、笑ってうなずいてくれた。

 

「なんだ、平気だったじゃねぇか」

 と、上谷秋紀が小さくぼやいた。

 だが、その視線の先には誰もいない。普通の人間にはそう見えるだろう。

 秋紀の目には、確かにそこにあるモノが映っているのだが。

 そう。そこに居るもの――『死神』に「あの子大丈夫?」言われて、秋紀は女の子――美智花に駆け寄ったのだ。言われなくとも、幼い子供がいきなりへたり込んだのを目の当たりにしたら、ほっとけないのが上谷秋紀という青年なのだが。

 結果、出遅れただけ。しかも、『死神』に話しかけるのを見て、その場に居合わせた人たちは一様に首を傾げている。

「しーらない。てか他にも困ってそうな子いるよ、ほらあのブタちゃん人形持ってることか」

「ざけんな、オレはお助けマンじゃねーんだよ」

 呟きながら、秋紀はそちらを振り返る。

 今、美智花たちにとって自分が明らかに不審者であること、そして心からの心配性でお節介な性格を『死神』に見抜かれたこと、それ以上の胸騒ぎ。

 そんなものから逃れるように、『死神』が指さす方向を見る。

 確かに、そこにはひらひらの服を着た少女が立っていた。

「いってらっしゃーい」

 声を揃えてそう言ったのは、秋紀に憑いている『悪霊』二人組。

「うっせぇ」

 それに短く一喝して、秋紀は改めて少女を見た。

 筈だった。

 目を離したのは、ほんの一瞬。だが、そこには誰も立っていなかった。

 人が、消えた?

 まっさきに、そう思う。

 人がいきなり現れたり消えたりって、うちではよくあることだが、普通はあまりない事だよな?

 秋紀がそんなことを考えていると、連れのヨーコ――美女の姿をしている狐の大妖、『妖狐』――が小さな声で「ふぅん」と呟いた。

「なんだよ?」

 秋紀の言葉に、ヨーコはしばらく鼻をひくひくとさせていたがやがて、「うーん、どうしようっかな」と小首をかしげる。

「だから、なんだよ?」

 詰め寄るが、さすがは狐と言うべきか。くすくすと笑うだけで、決して本心は示さない。

「アキちゃんガンバ。 ま、別に頑張んなくてもいーけど」

「はぁ?」 

「なるようには、なるんじゃなーい?」

 これは、絶対に何かある。だが、ヨーコは話す気はないらしい。

 だったらこれ以上の追求は時間の無駄だ。

 すぐに悟った秋紀は、他の情報源を探すことにした。

 探すまでもなく、それはすぐ側にあった。さっきのバスで、前の座席に座っていた高校生ぐらいの男の子が、呆然と立ちつくしている。

 何か、見たな。

 直感的に悟って、秋紀はそちらに足を踏み出した。


 谷川裕は、立ちつくしていた。

 立った今、目撃した場面をもう一度反芻する。

 バスを降りて、手持ち無沙汰だった。持ってきた小説もほとんど読んでしまっている。この待ち時間をどうしようか。

 そう思っていると、側に立つ女性の姿が目に入った。さっきのバスの中で、「窓の外に、人がいましたよね?」と、裕自身が声をかけた女性だ。返事は、確か「何か言いましたか?」だったかな。

 見ていなかったのだと納得してそれ以上は聞かなかった。今、彼女は不安そうに、鞄を抱きしめている。

 バスの窓から、裕は見た。

 木立の中で、不意にかき消えた白い服の女。

 気のせいだって。気のせいじゃなければ、散歩中の女性が途中で何かに足を取られて転んだ、に一票。視界から消えたから、姿が消えたように見えただけ。ただの目の錯覚だ。

 苦笑しながら、鞄を抱えた女の人に近づく。さっきはさっさと会話を切り上げてしまったが、もしかしたら失礼だったかも知れない。

「こんにちは」

 裕が、話しかけた時だった。

 不思議そうに周りを見回した女性が、まるで霧にかかったかのようにかき消えたのは。

 気のせい、じゃないよね?

 足下を見ても、誰も転んでいない。

 人が、消えた?

 落ち着け。こういう時は、とりあえず情報収集だ。

 そう思っていると、前から誰かが近づいて来るのが見えた。

 確か、後ろの座席に座っていた人たち。妖艶っぽい美女と、男性二人という異色の取り合わせだった。

「あ、こんにちは」

 できるだけ、平静を装って裕が声をかける。

「ん? お前どうした?」

 先に立つ青年が、怪訝な視線を裕に向けた。

 裕としては、いきなり質問の形で返されたので、「何が?」としか答えられない。

「オレはアキ、上谷秋紀。こっちは人形とヨーコ。お前、なんか呆けてたみてぇだったから。なんかあったのか?」

「谷川裕です。そんなに呆けてたかな」

 苦笑する裕に、

「ヒロね、OK。単刀直入に聞くけど、ひとが消えたよな?」

 上谷秋紀と名乗った青年が、真相をいきなり告げる。

 なんなんだ? この人は!

 いや、確かに消えたんだけど。しかも、目の前で。

 裕は、深く息を吸った。

 変に場慣れしているというか、異常現象に慣れているというか。

 しかし、人が消えるなんて事をまるで普通の出来事のように語る人って、一体?

 でも、これはある意味、貴重な情報源かも知れない。

 それにしても、いきなり「ヒロ」とは馴れ馴れしい。

 そんなことを思いながら、裕は頷いた。


 楢木浩介は、バスを降りた時に何か光るものを目にとめた。

 拾ってみると、真珠色の小さな玉。

 なんだろうなと思って手を伸ばした時、何となく、周囲の景色がぼやけたような気がした。

 慌てて辺りを見回す。

 あら? みんな何処に行ったのかしら?

 周りに人影は、ない。

 拾った玉を無意識にポケットに入れ、もう一度周囲を見回すと、少し離れた場所に三人。バス停近くに五人ほど、そして自分に一番近い場所に四人。

 びっくりした。みんな、居るじゃない。

 そう思って、浩介はそちらに歩を進める。

 そんな時だ。二人の会話が耳に入ったのは。

「人が消えたよな?」

 人が消えた?

 慌てて周りを見回す。

 あっちに、カップル。あっちには可愛い女の子とバスの中でお友達になっていたおばあさんや青年達ね。

 さっき見た三人は、後ろの方に座っていた地元の女性と遊びに来た友達みたいな女の子。もうひとりはやっぱり乗客だったサラリーマンよね。

 確かに足りないわ。

 前の方に座っていた、周りに鉄の城壁を作っていた女の子。後ろに座っていた、ちょっと好みな男の子とか……ううん。好みと言われれば、誰も好みなんだけど。

 そう。ショートカットの可愛い女の子もいないわね。

 それにしても、私としたことが。

 こんな大事件が起こっているのに、何をぼぉっとしていたのかしら?

 そんな事を考えながら、幸助は近くにいた四人――話をしているのはそのうち二人だけだったが――に呼びかける。

「ねぇ、何のお話かしら?」

 最初に振り返ったのは、高校生ぐらいの男の子だった。

「あ、 今人が消えたって話をしてたんですけど……」

 訝しげな視線は良くあることなので、気にはしない。だが、返答の内容はとんでもないものだった。

 人が消えた? そんなバカな……もし本当ならなにか事件に巻き込まれているってことかしら? いや、ちょっと違うかもね。

「あの?」

 考え込む幸助に、その高校生が少し心配そうに声をかけて来る。

「あら、ごめんなさい。考え事をしていたものだから……ところで、自己紹介がまだだったわよね。私は楢木幸助、貴方達は?」

 「谷川裕」「上谷秋紀」と二人がそれぞれの名前を名乗る。残り二人は幸助の事はアウトオブ眼中。幸助は頷き、にこりと微笑んだ。

「ありがとう。で、さっきの話。詳しく聞かせていただけるかしら?」

 ここで、決めのウインク。

 ヒロとアキの二人が固まる事には、気にしない。

 楢木幸助。

 最強のオ○マと呼ぶ者もいる。

 もちろん、そんな二つ名で呼んだ奴は、ただでは済ませないが。

「バスが行ってから僕、暇だったんで誰かに話しかけようと思ったんです」

 と、ヒロこと谷川裕が、事情を話し始めた。

 その人が、いきなり目の前で消えたと。

「まさかと思っていたら、アキさんがやってきて同じことを言ったので……。そういうこともあるのかと」

 少年は、明らかに半信半疑。

 うんうん。そうよねぇと、幸助は思う。

 悩め、少年。少年は悩んでいるのが素敵よね。

「アキさんほかに何かありますか?」

 幸助の思惑を余所に、裕は意見を秋紀に求める。

「ん、まぁそうだな。大体オレもそんなもんだ。簡単に言や、神隠しってヤツだろ」

 神隠し、ねぇ。

 幸助はすこし首を傾げる。

 だったら、ある意味、問題ないじゃない。

「巻き込まれた現場に、偶然居合わせちゃっただけかもね」

 人が消えた。

 それが本当なら、おおごとだ。

 だが、幸助がそれを見たわけではない。

 消えたんじゃなくて、誘拐とか? だったら、事件に巻き込まれたと考える方が正しいと、幸助は思う。

 それよりも、気になる事。

(アキちゃんは可愛いけれど、お連れは問題よね。すごく綺麗な女の子は、なんだか空気が違う。多分、触れると火傷するタイプよね。もうひとりは――こっちもものすごく綺麗なんだけど、私の食指は動かないわね)

 幸助は、そんなことを、考えていた。

 表情に乏しくて、まるで人形みたい。

 バスに乗っていた人たちの中で、幸助の一番の「おきに」は、あっちの小さい女の子。やっぱ可愛いわぁ。

 うふふっと、小さく笑う、幸助。

 秋季も裕も、完全に引いているが幸助は全く気にしない。

 危ない?

 失礼ね。別に何もしないわよ。アナタ、子供を可愛いと思わない?

 可愛いでしょ?

 気になるでしょ? だから、ついつい話しかけたくなるでしょ?

 私は、それをしないだけ。

 多分、あの花束を抱えたおにいさんとか作業服のおじさまと、同じよ。

 と、幸助は自分の思いの中にひたりこんでいた。

 勿論、彼は気づいていなかった。

 いな、きっと誰も気がついていなかったのだろう。

 バスが去った後、彼が突然何もなかった場所から現れ出てきた事には。


今回の(秘密の)テーマ。

楢木さんと上谷さんを書く!

書けたかな。

書けているといいな……

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