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青天の霹靂  作者: 桂まゆ
3/8

tern1 バスの中

 暖かな日差しの中。バスに揺られて、日野美智花はうつらうつらとしていた。

 まだ、十歳の少女にとって初めてのひとり旅。

「苺が出来たから、摘みにおいで」

 お祖父ちゃんから、真っ赤な苺と女の子の絵手紙が届いた。

 だから美智花は約束どおり、お祖父ちゃんの家に遊びに行く事にした。

 しかも、ひとりでバスに乗って行くのだ。美智花にとっては大冒険だ。

 昨日は興奮してなかなか寝付けなかった。そのせいで、ついついうたた寝をしてしまっていた。

 いけない。

 寝過ごしたかも。

 美智花が周りを見回すと、隣に腰をかけたお婆さんと目が合った。

「大丈夫。あんたが目をつむってから、まだ一度も止まってへんから」

 口の端についたよだれを拭く美智花の手にキャンディを握らせながら、お婆さんが話しかけて来た。

「お嬢ちゃん、ひとり? 何処に行くの?」

「あ、ありがとうございまひゅ」

 慌てて、少し噛んだ。

 お婆さんは、くすくすと笑う。

 美智花は優しそうなそのお婆さんに、すこし安心してキャンディを口にほおりこんだ。

「これから、お祖父ちゃんのお家に行くところなんです」

「ほんまぁ。お祖父ちゃんも楽しみにしてはるわ。きっと」

 そうかな。

 お祖父ちゃん、楽しみにしてくれているかな。

 私も、楽しみにしているよ。お祖父ちゃんと、お祖父ちゃんが作った美味しい苺。

 そんな事を考えながら、美智花もまた楽しげに笑う。

 このバスに乗ることは電話で伝えておいたので、お祖父ちゃんがバス停まで迎えに来てくれる筈。あと、どれぐらいかかるのかな。

 バスの中の時計を見ると、もうすぐお昼という時間。じゃあ、もうすぐだ。

 お母さんが、お昼ちょっと過ぎには着くって言っていたもの。美智花の期待は、どんどんと膨らんでいった。



 まだ、先は長いな。そろそろ昼食でも取ろうかな。

 そんな事を考えながら、朝霞治は作業服のポケットから写真を取り出す。

 作業服を着ているが、治は別にどこかの作業員ではない。お茶専門店「亜空館」のティーブレンダーだ。

 契約農家の視察の為に、移動中。

 作業服を着ているのは、農家で手伝う事もあるだろうと思っての事だった。

 写真に写っているのは、別居中の妻。別居の理由は、仕事の都合だ。

 カンナ、僕は元気にやっているよ。勿論あいりも。

 写真に向かって、心の中で呟く。

 一人娘のことを思い出すと、どうしても切なくなる。

 連れて来れば良かったかな。でも、二歳のあいりには、バスでの移動は無理だろう。母さんに預けて来たが、今頃さみしがっていないだろうか。

 そんなことを考えている時に、斜め前の席に座る女の子とお婆さんの会話が耳に入った。

「これから、お祖父ちゃんのお家に行くところなんです」

 あんなに小さいのに、ひとり旅。

 あいりもいつかは……ああ、あいり! お父さんはすぐにでもお前に会いに帰りたいよ。

 そう思うと、あの女の子が他人のようには思えない。お腹空いてないのかなとか、お昼の用意があるのかなとか、そんな事を心配してしまう。

「お嬢さん。そろそろお昼だけど、お腹はすいていないのかな。おじさん、おにぎり食べるんだけど。良かったら、半分こしないかい」

 朝霞治は、座席をずらし斜め前の女の子に話しかけた。



 母親の見舞いの為に厳選したネリネの花束を隣の座席に置き、陽水咲季は思案に暮れていた。

 今日のおかずの事とか、誘われた合コンの事とか。

 咲季は、花屋の店員。

 生まれつきの女顔と華奢な体格の為に、二十歳を越えた今もたまに女と間違われるが、元ヤンキーのれっきとした男だ。

 窓の外に流れる風景を見ていたら、通路を挟んで隣の席に座る小学生ぐらいの女の子とお婆さんの会話が聞こえて来た。

 小学生のひとり旅?

 お節介かも知れないけれど、話し相手にでもなろうかな。

 そんな事を考え、席を移動しようと腰を上げる。

「お嬢さん。そろそろお昼だけど、お腹はすいていないのかな」

 そう言って、弁当箱を出したのは前に座る中年だった。

 こいつ、危ないんじゃないか?

 まさか、ロリコン?

 咲季は慌てて二人の間に割り込んだ。女の子に向かって、とりあえず声をかける。

「やぁ、こんにちは」



 バスの中央座席でそんな会話が交わされていた頃。

 後部座席の須藤隼人は、とりあえずシャットアウトを決め込んでいた。

 周囲に、目には見えない壁を築き上げる。

 理由は、ひとり分のスペースを空けて座っている三人組。

 人形のように整った顔の男と、若い男、そして美女の三人連れだった。

 真ん中の若い男の挙動がどうも不審。

 運賃表をにらみつけたり、なんかぶつぶつと独り言を言っていたり。

 無視だ。無視。

 あと、数十分。

 海外に留学中の隼人にとって、久し振りの自宅が待っている。

 本に付箋を貼り付け、そっと追憶に沈む。

 前列に座っていた高校生ぐらいの男の子と目が合うが、あえて無視。

 久し振りの帰郷なのに、どうにもこのバスは居心地が悪い。早く着かないかな。

 須藤隼人は深々とため息をついた。



 友人と旅行の筈が、友人のドタキャン。

 そんなわけでひとり旅中の高校生、谷川裕。

 推理小説を読みながら目的地に向かう途中。ふと目を上げると、窓の外の木立の中にひとりの女が立っているのが見えた。

 白い服を着た、若い女性。

 少し離れているが、けっこう美人じゃないか?

 あ、目が合った?

 裕がそう思った時だった。

 その姿が、まるで煙のようにふっと消えたのだ。

 手に持っていた本を取り落としそうになりながら、裕は、大きく呼吸をする。

 落ち着け。

 世の中には、科学で証明されるものの方が多い筈。

 そう、目の錯覚という事もある。

 取りあえず、前の座席に座る人に声をかける。

「いま、あそこに誰かいませんでしたか?」



 同じ瞬間。

 裕と同じシーンを目撃した人間がいた。

 氷月沙弥。

 自分探しの旅とか言いながら、実は現実に差し迫った就職活動から逃避中。

 たまたま、窓の外を見ていた。

 木立の中に、白っぽいワンピースを着た長い髪の女性が目に映り、「ああ、なんだか儚げな人だな」と何気なくその姿を目で追っていた。

 その姿が、いきなり消えるまでは。

 ゆ、幽霊? まさか。私ったら、疲れているのね。きっとそうよ。

 手にした手帳を意味もなくいじくる。

 その時だった。

「いま、あそこに誰かいませんでしたか?」

 後部座席に座っていた高校生ぐらいの子が、その場所を指さしながら尋ねたのは。

 かんべんして!!

「な、何か言いました?」

 答える声は完全に裏返っている。

 少年は困ったように沙弥を見た。

「いや、やっぱりいいです……」

 と、自分の席に戻る少年。

 えええええ?

 そんな、自己完結しないでよ。

 などと思いながら、あらためて彼に話しかける気分にもなれず。

 今夜は温泉にでもつかって、ゆっくりしようと心に決める沙弥だった。



「なんカ周りが不穏だネ」

 人形がそっと囁いた。

 そうかもなと、上谷秋紀が周りを見回した。

 前の座席がやけに盛り上がっている。

「おいおい、前の方の奴ら立って話してるが危なくねぇか?」

「別にそんなに揺れてるわけでもないから平気じゃん? それよりあんなちっちゃな子ひとりで何してるのかな?」

 答えるのは、秋紀になついている、死神。

 もちろん、その姿は普通の人には見えない。

 だから、それに返事をする秋紀の言葉ははたから見れば独り言にしか聞こえない筈だ。

「知らん。つかオレもあの年くらいの時はひとりでバスくらい乗ったわ」

 言ってから、さすがにまずいと思い、秋紀は沈黙する。

 勿論、今更黙っても独り言を言う変な奴だと周りの人間に思われた事は、仕方ないだろう。



 バスの中央部分では、最初こそ不穏な空気が流れたものの、気さくな美智花を中心に乗客たちの会話が続いていた。

 美智花がお母さんが作ってくれたサンドイッチを取り出し、みんなで食べようと誘ったり。治が持ってきた紅茶を皆に勧めたり。

 そうするうちに、最初は治を不審に思っていた咲季も誤解を解き、謝罪の意味もあって先ず自己紹介をした。

「陽水っていいます。この先の病院に母が入院していて。その見舞いに行く途中なんですよ」

 治の入れてくれた紅茶をひとくち口に含み、咲季はその仄かな香りを楽しむ。

「良い香りのするお茶ですね。ハーブか何かですか?」

「朝霞です。紅茶ですよ。何も香りはついていません。それは、その葉そのものの香りです。甘味を感じませんか? それも、その葉の持っている力……というか、味です。ウバという種類ですよ」

 答える治は、さすが紅茶の専門家であり、そつがない。

 しかも、接客のプロだ。

 店で出しているクッキーを取り出し、咲季や美智花、お婆さんだけでなく後部座席に座る女性客たちにまで「試供品ですが」と、配っている。

 クッキーを包むセロファンには、「紅茶専門店 亜空館」のロゴがひとつひとつ入っていた。

 女性客が「どこのお店ですか?」と、尋ねる頃。

 前方の座席では、ひょろりと背の高い男性が忍び笑いをもらし、前から二列目に座っていたブタのぬいぐるみを抱いた美少女が驚いて振り返り、その男性に冷たい一瞥を送ったりする一幕の後。

 バスの速度が、落ち始めた。

 エンジン音がおかしいと、気づいた者も居るかもしれないし、運転手の舌打ちを耳にした乗客も居るかもしれない。



 道は急勾配にさしかかろうとしている。

 その手前のバス停で、バスが停車する。

 運転手は申し訳なさそうに振り返り、告げた。

「ご乗車の皆様、大変申し訳ありませんが、ここで下車をお願いします。このバスはエンジントラブルの為、車庫に引き返します。代替バスの手配は致しましたが、到着までに一時間ほどかかりそうです。次発のバスが約四十分後に到着しますので、恐れ入りますが、こちらでお待ち願います」


 バス停の名前は「夜久峠」。

 掲げられた案内板には、「夜久峠口」と書かれている。

 神社の森にほど近い、昼間なのに何故かほの暗く感じられる場所だった。

まだまだ、序です。

参加者の方、GMとしても物書きとしても未熟者ですが、これからも宜しくお願いします。


白雪さんと楢木さんがちゃんと入らなかった……ごめんなさい。

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