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静電気の魔法

作者: 茅潜


 静電気の「バチッ」の回数が増えると、冬が来たなと思う。


 バチバチと電気を感じるのは好きではない。どうにか対策できないものかと、毎冬いろいろ試しているが、効果のあるものはみつかっていない。

 どんな服を着てもだめ。

 静電気防止ブレスレットも効果なし。

 乾燥が悪いのかと、ハンドクリームをたっぷり塗ってみても意味はなかった。


 でも、この静電気のおかげで良かったこともあるのだ。




 数年前。まだ学生だった頃。

 いつものようにコンビニでバイトをしているときに、突然、それは起きた。


「こちらレシートです」

 バチッ。

 ――“今日はいつものお兄さんじゃないんだなあ。”


 突然何かが聞こえたのだ。

 『今日はいつものお兄さんじゃないんだなあ』という声は、目の前のお客さんから聞こえるようでもあり、もっと近くから発せられたようにも感じられた。

 私はよく分からないながらも、「ありがとうございました」と言って接客を終えた。


 その現象がはっきりしたのは、少し後のことだった。

 パートの江藤さんに袋を手渡したときに、また静電気が起きた。


 ――”これが終わったら、裏で荷物置き場の分別をして……。”


 江藤さんの声だった。

 お客さんのときと同様、江藤さんから聞こえるような、もっと近いような、はっきりしない感じだったが、私は江藤さんを呼び止めた。


「江藤さん、裏の荷物の分類なら、さっきやっておきましたよ」

「あら、そうなの、ありがとう。よく荷物をやろうとしてるって分かったね」


 江藤さんは、私に話しかけていたわけではないようだった。

 ここで、私はどうやら心の声が聞こえるようになったらしい、と気付いた。



 静電気が発生したときだけ、心の声が聞こえる。

 それは、不快でしかなかった静電気を、少し楽しみに変えた。


「三十四円のお返しです」

 バチッ。

 ――”やっぱり唐揚げも買えば良かったかな。”


「合計七百五十二円です」

 バチッ。

 ――”焼肉食べたい。ビール飲みたい。”


「大きい方が千円と」

 バチッ。

 ――”早くしてくれよ。”


 もしも他人の心の声が常に聞こえたら、きっと私は疲れてしまっていただろう。

 静電気が生じたときにだけ聞こえるからこそ、面白がっていられたのだと思う。心を覗き見しているような楽しさもあった。



 その冬、私は彼と出会った。


「こちらレシート」

 バチッ。

 ――”店員さん可愛いなあ。話しかけたいけど気持ち悪がられるかな。”

「えっ、あ、すっすみません! レシートです!」

「ありがとうございます」


 彼の心の声に、動揺した。

 それまで歳の近い異性に可愛いなんて言われたことはなかったし、自分がそういう対象になると考えたこともなかった。少女漫画を読んで、漠然と恋愛に憧れることはあっても、そういうのは、もっとキラキラしたかわいい子にしか訪れないのだと思っていたのだ。

 挙動不審な私にも、彼は優しい笑顔で対応してくれた。


 それから、彼の来店時には高確率で静電気が生じるようになった。

 もしかしたら、個人的に覚えているお客さんが彼だけだからそう思っただけかもしれない。けれども、彼とは常に静電気が発生じていた気がするのだ。


「以上、百八十三円です」

 バチッ。

 ――”彼氏はいるんだろうか。”


「三百二十八円です」

 バチッ。

 ――”いつも明るくてかわいくて良いなあ。”


 最初は気恥ずかしかったが、次第に慣れてくると、彼に親しみを感じるようになった。

 心の声を何度も聞いて、もうずっと前から付き合いがあるような、そんな気分になったのだ。実際は、店員とお客さんとしての会話しかしていなかったのに。

 彼は、レジでの会計では「お願いします」や「ありがとうございます」を言ってくれる。そんな礼儀正しいところと、心の声での親近感から、私も彼に惹かれていった。


 だから、春が来て彼に告白された頃には、私はすっかり既に彼と仲が良いような気持ちになってしまっていた。


 彼と付き合うようになってから、私たちの間に静電気は生じなくなった。

 急に起きなくなったと思ったけれど、今考えれば分かる、春が来たから起きにくくなったのだ。


 彼はお客さんだったときと変わらず礼儀正しくて、優しく、私を大事にしてくれた。

 たくさん出かけて、話して、食事をして、一緒に過ごした。

 私は、このままずっと彼と想い合っていられるのだと思っていた。



 およそ一年が経って、彼と付き合って初めての冬。

 彼の部屋でくつろいでいるときに、静電気が再来した。


「ねえ」

 バチッ。

 ――”何で付き合ってるんだっけ。”


 彼の肩に触れようとした途端、小さく火花が散って、心の声が聞こえた。


 指先が冷えていき、体の中が空になるような気がした。

 久々の静電気の感覚。心の声。

 私は、自分がちゃんと彼と向き合えていなかったのかもしれないと思った。

 付き合う前から、彼の心の声を聞いていた。それに頼って、何でも分かっているような気になっていたのかもしれない。私にとって彼との付き合い始めはあのレジでも、彼にとっては告白から。気持ちのずれがあったのかもしれない。だから、彼は私たちの関係に疑問を持つようになったのかもしれない。


「あのさ」


 彼が切り出したとき、私はできる限り笑顔を作りながら身構えた。

 別れ話だと直感していた。


「俺たちが付き合ったきっかけって、何だったか覚えてる?」

「え?」

「美穂ちゃんを好きになったのは覚えてて、告白できなくて悩んでた記憶はあるんだけど。……え、どうしたの? 何で泣くの?」


 杞憂だった安心から、涙がこぼれた。


「忘れるなんてひどーい!」


 ふざけたような返しをしながら、決心した。

 彼のことが好きだ。別れたくない。もっと好きになりたいし、もっと好きになってもらいたい。そのために、心の声が聞こえたことは忘れて、彼のことをしっかりみなければ。

 心の声が聞こえなければ、突然お客さんから告白されて困惑し、断っていたと思う。心の声のおかげで付き合うことができたけれど、この関係を継続するには、私は心の声には頼らない。そう決めたのだ。



 その冬も、静電気によって他人の心の声が聞こえた。

 しかし、不思議なことに、彼との間には静電気は生じなかった。




 そのまま付き合い続けて、今年、私たちは結婚する。

 私は今でも静電気体質だが、いつのまにか他人の心の声が聞こえることはなくなっていた。楽しみが減って、残念に思っている。


 私たちのキューピッドは静電気なんだよ、なんて言えないけれど。

 あの頃の静電気の魔法のおかげで、私たちは一緒にいられる。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 冬のありふれた現象である静電気をこんなにも特別で美しく、教訓的なものにできるものだと驚きました。簡潔ですが物語の主軸がしっかりとあるので読みやすかったです。
[良い点] すごくきれいな話だと思いました。 春が来たので静電気がなくなり心も読めなくなったところを恋愛が成就したことの『春が来た』とかかってるところがすごく良いと思いました。 またそれだけにとどまら…
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