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海峡奇譚  作者: 早川隆
70/71

あとがき   (完全ネタバレにつき、必ず本編読了後にご参照ください!)

「カエアンの聖衣」という、いっぷう変わったタイトルのSF小説があります。


一般的にはあまり知られていませんが、マニアックな名作とされている作品で、その中身は・・・おそらくそれだけで優に10冊は書けるのではないかと思えるほどのSFのアイデアやプロットがこの一作に全部ぶち込まれ、なんとも喩えようのない強引で破天荒なストーリーが、これでもか、これでもかと作者の都合でただグリグリと大展開していきます。まさにネタのごった煮、なんでもありのエンタメてんこ盛り状態。とにかく難儀で、でも素敵な小説なのです。


けっきょく執筆に半年も掛かってしまったこの「海峡奇譚」は、もしかしたら、筆者にとっての「カエアンの聖衣」だったかもしれません。それだけ、この作品には、思い出とともに、色々なものが詰まっております。




とりあえず、この複雑で重層的なストーリーの、成り立ちをお示ししましょう。


広義では共通した戦国バトルの前二作を書き終えたあと、三作目はなにかひとつ変化球を投げてみようと考えていたため、中世を舞台にした歴史ホラーとして、長年のあいだ構想として暖めていたこの、『海峡奇譚』を書いてみることにしました。


構想段階では単なる、中世における幽霊冒険譚というだけの内容でした。ラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一の話」をベースに、亡霊の襲撃を生き延びた芳一のその後と、彼の身辺を探る地元武士とのやり取りを軸に、およそ中世的ではない合理主義者の武士が、芳一周辺の思惑や陰謀を合理主義的思考で暴いてゆき、しかしやがて中世の闇に絡め取られて壇ノ浦の波間に消えていく・・・おそらく中編ひとつ分くらいの、そんなシンプルなストーリーの小品になる筈だったのです。


しかし、実際に書き始める直前、周辺史実や時代背景などの肉付けをし、使えそうなエピソードなどを拾っていくうち、実にとんでもない魅力的なキャラクターに出会ってしまいました。


浅野和三郎という、大正から昭和にかけて活躍した宗教者、そして心霊研究家です。彼はハーンの教え子で、ごく初期の日本近代文学史に名を残す小説家でもあります。そしてその後は英文学者としてあまたの名作の紹介や辞典の編纂に携わり、海軍機関学校で教鞭をとり、そして・・・あとは、作品のなかに全部書きましたよね!




この破天荒な経歴を持つユニークな人物は、昭和3年、第三回世界スピリチュアリスト会議に日本代表として招かれ、実際に欧米の回覧旅行に出かけております。そして、文筆家でもある彼は、『欧米心霊行脚録』という、かなり詳細な旅の手記を残しているのです。


主要な出来事については、その場所や日付まで細かく記録されており、浅野の、かなりきっちりとした性格を示しています。「海峡奇譚」の昭和期エピソードは、多くの与太、創作を入れながら、すべてこの「欧米心霊行脚録」の時系列に則り、大きくその記述から外れないように書いております。

(その中身については、現在インターネットでも無料閲覧できる同手記そのものをご参照いただければと思います。)


おそらく、これだけで優に一冊の面白い小説になりそうな話なのですが、なぜかこれを、先に構想していた中世の幽霊冒険譚と絡めたくなったのです。そして、それが間違いの始まりでした・・・ずぶずぶずぶと、日々混乱しながら、しかし大いに楽しみながら、そして消耗しながら(笑)、この壮大な「史実と妄想のパッチワーク」にいそしむことになったのです。まあ、これ以上は言いますまい・・・本当に大変な、また甘美な泥沼にはまり続ける、実に楽しい半年間となりました。




さて後半には、「例のやつ」が出てきます。このところ、すっかりポップ・カルチャーのアイコンとして、広く可愛く消費されている感が強いクゥトルー神話ですが、この小説では、そのもともとの質感を大切に、禍々しく、昏く、悍ましい側面を、愚直に表現しようと試みました。その意図が皆様に伝わっておればよいのですが。


なお、ありがたいことにクゥトルーという世界観、概念を流用することについては、かなり自由が許容されている面があり、本作でもあちこち作品の都合と勝手な自分のイメージで、様々な描写をしてしまいました。


皆様の持つそれぞれのクゥトルー像との乖離については、どうか、寛大な心でお赦しいただければと思います。




最後に、本編には入れることのできなかったエピソードをひとつ。


巻頭辞として一節を引いた芥川龍之介は、実は海軍機関学校における浅野の後任でした。両者に直接の面識はありませんでしたが、人の紹介によって海軍に雇用された芥川は、慌ただしく綾部へ引っ越していった浅野がそれまで使っていた教官室に入り、そこにまだ大本教の関係書籍がいくつも散乱していたのに面食らったそうです。


冒頭の一節は、そんな縁 (?)もあり、引いたものですが、実はこれは決して生と死の辺縁に在る神霊界の様子などを語った言葉ではありません。ただ、その言葉の質感が、なんとなく、浅野やラブクラフト、そしてコナン・ドイルなどが見ていた世界を思い起こさせるような気がして、引用させてもらったものです。






執筆中ずっとフォローいただき、折りに触れ優しい励ましのコメント等いただいた、私の師匠おくやまきよさん、人気作家のkikazuさんには、ここで特に名を記して御礼申し上げたいと思います。また、ご迷惑になるといけないので名は記しませんが、ハリー・フーディニ名義の小説について、とあるクゥトルフ関連の泰斗の方から貴重なご助言をいただきました。あわせて御礼申し上げます。


ひたすら長く昏いこの小説を、最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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