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海峡奇譚  作者: 早川隆
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第二十四章   昭和三年(1928年)秋   仏国 巴里周辺

アンドレ・リペールはある意味で、心霊研究者(スピリチュアリスト)界隈に集う他の人士には無い、際立った特徴を持った男だった。すなわち、自ら発信者となり、なにか深遠な思想やら意見やらを吐くことはない。ただ、他者の語るバラバラなそれらを、相互に矛盾を来さぬよう体系化し、個々の論の内容をわかりやすく噛み砕き、力強く説得力に溢れた豊かな表現に置き換えた上で、訴求力高く一般大衆に伝える。


彼は、一連のその伝達能力において他の誰よりも優れ、また同時に、その役割を果たすことだけに心からの喜びを抱いている様子だった。おそらく、世界の歴史に今なお残る偉大な文明や宗教や思想などは、それら自体が内に持つ偉大さ以上に、外へ向けたとえばリペールのような優れた伝達者、(かた)()を持てたかどうかでその後の命運が決まったのではないだろうか。浅野はそう思った。


今回の浅野との会話においても、リペールの尽きせぬ興味と好奇心は遺憾なく発揮され、浅野から実に多くの考えや知見を()き出した。この男の、タイミングの良い合の手と適切な質問、さらに多くの説明を加えたくなるような疑問の提示の仕方とその呼吸などは、学んで身につけられるものではない。この男が生来持っている、際立って優れた特質であるに違いなかった。




「まさに、貴方が見事におまとめ下すった通りです。」

浅野は気持ちよく頷き、さらに説明した。


「宗教や政治思想や民族や国籍や・・・その他もろもろ、ほんらい一つに(まと)まるべき人類が、自らの属性を主張し他から個を細かく区分するための線引は、もはや不要なものなのです。いや、むしろ有害だ。そうした線引が、本来は無くても良い対立や差別や、そして暴力の連鎖を引き起こしている。」


「すなわち、個の思考、個の意志そしてその集合体である国家こそが至高のものだと自惚(うぬぼ)れる現代の合理主義者たちに、そのすべての者が納得できるような、より上位の絶対的な概念ないし価値を示すことができれば、自ずと国家間の対立に起因する現代世界が抱えた数々の問題は雲散霧消する・・・貴方の(おっしゃ)りたいことは、こういうことではないのですか?」


「まさに、その通りです。ムッシュ・リペール、私は貴方の洞察力の鋭さと深さに、大きな感銘を受けております。貴方にかかると、発言者本人ですら纏まっていなかった考えが、なにか、するすると纏まる気がする。」

浅野は、本心から言った。そして、こう続けた。


「当初私は、とある宗教団体に参与していたのですが、のちにこれと袂を分かち、独自に心霊研究を始めました。そして日本の古神道と、昨今、欧米経由で伝わり来たる心霊主義との共通性に気づいたのです。」


「なるほど。よろしければ、もう少し詳しくご説明願えますか?」

リペールは、手にしたカップを置いて、身を乗り出した。




「喜んで。先ほど印度思想のことに少し触れましたが、わが神道には、それとは違う、おおよそ以下のような特徴があります。すなわち、汎神論のようでありながら、そのじつ絶対の単独神を認める点。霊魂個々の存在を認める点。そして、幽界と現実界の行き来が、本来は自在に可能であると信じる点。最後に関しては、コナン・ドイル卿が、その実現を求めてやまぬところですな。」


「ふむ、なるほど。それが神道の真髄であるとしたなら・・・たしかに近来の心霊研究による数多くの発見成果と似ている。我々の知っている心霊事象の大半は、欧州と新大陸のみに限られたものですが、もしユーラシア大陸の東端の、日出ずる国で古来から伝えられた、宗教というか伝統に著しい類似があるとしたなら、心霊主義(スピリチュアリズム)は、西洋のキリスト教文明圏のみならず本当に全世界なもの、汎人類的な真理である可能性が強まる。これは、心霊主義の偉大な前進です。」

リペールは目を輝かせて言った。


浅野は、こう応じた。

「さらに言うなら、神道には、この相対界における規則性についてもさまざまに冥合(めいごう)する部分があります。私が皆さんに訴えかけたいのは、本来、実はこうした諸要素のことだけでありまして。そのなりたちが日本であろうと、西洋であろうと、好いものは好いと、ただ知っていただきたいだけなのです。まあ、このあたりについては、現在さまざまに資料をまとめている最中ですから、数年の内には、なにがしか英文でお目にかけることができるかと思います。」


「それは楽しみだ。なるべく個別具体的に記載願いますよ。もちろん貴方には申すまでもないことだが。今お教えいただいた諸点には、本当に興味深い点が多い。」

リペールは期待を込めて言った。


「まとまり次第、いの一番にお送りいたします。神道は、表面上は確かに異質かも知れないが、きっとあなた方西洋の心霊学徒にとっても、大いに資するところがあると確信します。」


言いたいことを言い終わり、浅野はホッとして、深くソファの背もたれに身を預け、再びカップの茶を啜った。




ここでリペールは、唐突に浅野へ聞いた。

「ところで・・・大本教団とは何ですか?」


浅野は、びっくりして、手にしたカップから熱いお茶を少し(こぼ)してしまった。浅野の股間と厚い絨毯に、まっくろなシミができ、広がった。

「こ、これは、粗相を致しました。誠に申し訳ない。」


浅野以上に慌てたのは、リペール本人であった。彼は腰を浮かせ、両手を広げて浅野の肩を抱きかかえながら、言った。

「いやお気になさらず!こちらこそ失礼しました。そんなに驚かれるとは、思っていなかったものですから。」


浅野は、ティーカップを受皿の溝にかちりとはめ直し、慎重にテーブルの上に置いてから、ナプキンを拝借して自分のスーツを少し叩いた。そうして、リペールのほうへ向き直り、ゆっくりと聞いた。

「大本のことを、ご存知なのですか?私が、かつてそれに深く関わっていたことも。」




リペールは、驚きの表情を浮かべた。

「いえ・・・あ、そうだったのですか!全く知らずに失礼いたしました。私はエスペラント語の文献や宣伝文書などを読む機会が多いのですが、そうした文書のあちこちで、昨今、この教団の広告や記事をよく見かけるのです。日本の宗教団体ということくらいは分かるので、ちょっとした興味でお聞きしただけなのですよ。まさか、貴方が当事者だとは、思いもよりませんでした。」


浅野は、すこしホッとして、言った。

「単なる偶然か!いや吃驚(びっくり)しましたよ。ここ数日間、いろいろ、妙なことばかり身の廻りに起こるので・・・正直、またかと思いました。」

浅野はこう言って笑った。


いや、これはまたその不思議の一環というべきである。つい先ほど、リペールによる「心霊主義による精神面の合一」という言葉を聞いていたとき、浅野の脳裏に浮かんでいたのは、まさに、あの男・・・大本教主補(きょうしゅほ)、出口王仁三郎の顔だったからである。




浅野は言った。

「そうですか・・・エスペラントの!最近の彼らが、自らの教義を汎人類的なものと位置づけて、いろいろ国際的に宣伝しようとしている旨は承知しておりました。ただそれは、全世界の人々の苦悩を癒やし、真理を広めるため使徒を遣わす、といったような崇高な動機では、ぜんぜんありません。理由は単に、経済的なものなのです。」


「経済的、とは?」

リペールは聞いた。

「かつての関係者としては、大いにお恥ずかしい話ですよ。要は、彼らは日本ではすでに行き詰まっているのです。あちこちでトラブルを起こし、官憲に睨まれ、首脳部は常に内部分裂して醜い勢力争いばかり、信者たちの為になることは、ほとんどやっていません。」

浅野は答えた。

「そこで、いくぶん方針転換し、今度は国外に打って出て、まだ大本の名や、これまでの教団の来歴を知らぬ無垢な信徒を新規に獲得しようと(はか)っているのです。」




「貴方が教団を離れたのは、いつ頃の話なのですか?」

「およそ7年前のことです。入信したのは、その更に5年前ですな。あの頃は、まだ私も若かった。若さゆえ、私自身もいろいろとやりすぎた面があることは、認めます。」


「まあ、若い時分は、誰でも致し方ないものですよ。先ほど仰った、官憲の拘束とは、そのときの話で?」

リペールは興味津々な様子だった。おそらく、自分の目の前にちょこんと座り、股のあいだにシミを作っているこの小さな東洋人が、なにか戦闘的な街宣布教でもして治安警察にずるずる路上を引き摺られていくさまが目に浮かんでいるのであろう。


「いえ、まあ、若いとはいっても、そのときもう40歳を過ぎていましたからね。妻も子供も居りましたし、別に暴れて拘束された訳ではありません。私は、主として教団の宣伝面を担い、大阪市で新聞社を経営していたのです。それが、警察のかんに触ったのですな。なにしろ、教団の勢威の高まりとともに、発行部数も、当初は40万部以上にも達しまして。」


「40万部!しかも新聞社を!それは凄い。いくら心霊主義が多くの人々に受け入れられ始めているといっても、欧州では、まだこの有り様ですよ。」

そう言ってリペールは羨ましそうに肩をすくめ、パリ市内の一軒家に過ぎぬ、この建物の低い天井を見上げた。




浅野は構わず、続けた。

「既にあった新聞社を、有り余る教団の資力で買収しましてね。ただ、それはどうも、やり過ぎだったらしい。教団の布教も、ある程度までは黙認されていましたが、これを境に、あちこちで官憲からの圧力や妨害が加わるようになりました・・・今から思うと、あれは事前警告だったのですな。国家権力からの。もちろん、ライバル新聞社からの妨害も熾烈なものでした。新聞社の経営はすぐ破綻し、私は責任をとって翌年には身を引きました。」


「いったい、どのような記事をお書きになっていたのです?共に語れば5分でわかるが、貴方は正真正銘、日本の愛国者だ。しかし今お話しを聞くと、そんな貴方が、まるで無産主義者の撒く反体制的な革命ビラを刷っていたかのように聞こえます。そのようなこと、ある訳がない。」


「いや・・・それが。」

浅野は、少し言いよどみ、

「大阪は、商都です。ほとんどが相場の速報とか経済分析とか、政治、社会に関するごく普通の記事ですよ。編集者や記者の大半は、別に信徒ではありませんでしたしね。しかし一部発行物に、ある意味では無産主義者達など穏健な社会改革運動家に見えてしまうくらい、意味深で過激な記事なども書いておりました。」


リペールは、訝しげに尋ねた。

「さて、それはまた、いったい、どのような?」




「この腐れ切った世界は、もうすぐ終末を迎える・・・だいたい、そのようなことです。」


浅野は答えた。




想像を越えた浅野の言葉に、さすがのリペールもしばらく言うべきことを見失い、部屋には重苦しい沈黙が流れた。




浅野は、ふたたびかちゃりと音を立ててカップを手に取り、茶を喉に流し込んだ。リペールは所在なさげにまず目を丸くし、頬を膨らませてから、ふう、と息を吐き、また肩をすくめた。そして、やっと言った。


「なるほど・・・一種の終末思想を発信されていたのですな。それは確かに、官憲の側からすれば看過できぬ事態ですな。大阪といえば、たしか東京よりも人口の多い、日本で一番の大都会でしょう?そんな枢要な地で、社会不安を煽るような危険思想を、影響力の高い新聞社から日々流布される、となると。」


「ええ。全く同意しますよ。当時は、私の考えが足らなかった。信心が純粋なあまり、独善に陥り、自分のやっていることがまるで見えていなかった。」

「しかし、なぜ?みんな死に絶えてしまうなどという、極端な悲観論を!先ほどお聞きした、貴方の雄大な心霊主義(スピリチュアリズム)による世界平和の構想とは、まったく相いれぬ考え方だ。その後、いったい貴方に、どのような変化があったのです?」




浅野は頷き、観念したようにこれまでのことを語り出した。


「大本の開祖が・・・それまで貧しさのあまり塗炭の労苦を舐め続けた老婆だったのですが・・・ある日、自動書記(オートマティスム)の能力を発揮するようになり、霊界からの声を次々と我々に伝えるようになりました。我々はそれを、お筆先(ふでさき)と呼んでおりました。いわば、その一枚一枚が、我々にとっての聖典のようなものです。」


リペールは、真剣な面持ちで頷いた。自動書記(オートマティスム)自体は、欧州でも比較的頻繁に起こる心霊現象で、何かに憑依され肉体を支配されて、自分の意図せぬ動作を行ってしまう現象のことである。それは多くの場合、なにか霊界からのメッセージを書きつける行動となって現れ、同じような能力を示す霊媒は、これまでも、そして現在でもあちこちに多数出現している。


しかし、大本開祖、出口なおの能力は、その質においても量においても傑出していた。浅野が教団に加わり、一家とともに綾部に移住してきてからの最初の仕事は、なおが半紙に墨で書き散らかし、あちこちに仕舞ってそのままになっていたこれら「お筆先」を拾い上げ、一枚一枚を読み込み、意味を解読して誰にもわかるように漢字を当て、書き直すことであった。





<三ぜんせかい一どにひらくうめのはな、うしとらのこんじんのよになりたぞよ。うめでひらいてまつでをさめる、しんこくのよになりたぞよ。にほんはしんどう、かみがかまわないけぬくにであるぞよ。>


「三千世界一同に開く梅の花、(うしとら)金神(こんじん)の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ。日本は神道、神が構わな行けぬ国であるぞよ。」



<がいこくはけもののよ、つよいものがちの、あくまばかりのくにであるぞよ。にほんもけもののよになりてをるぞよ。がいこくじんにばかされて、しりのけまでぬかれてをりても、まだめがさめんくらがりのよになりてをるぞよ。>


「外国は獣類(けもの)の世よ、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの国であるぞよ。日本も獣の世になりて居るぞよ。外国人にばかされて、尻の毛まで抜かれて居りても、未だ眼が覚めん暗がりの世になりて居るぞよ。」



<これでは、くにはたちてはいかんから、かみがおもてにあらはれて、さんぜんせかいのたてかへたてなほしをいたすぞよ。よういをなされよ。>


「是では、国は立ちては行かんから、神が表に現はれて、三千世界の立替(たてか)へ立直しを致すぞよ。用意を成なされよ。」



<このよはさっぱり、さらつのよにかへてしまふぞよ。三ぜんせかいのおほせんたく、おほそうじをいたして、てんかたいへいによををさめて、まんごまつだいつづくしんこくのよにいたすぞよ。>


「この世は全然(さっぱり)(さら)つの世に替へて(しま)ふぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下太平に世を治さめて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。」



<かみのもうしたことは、一ぶ一りんちがはんぞよ。けすじのよこはばほどもまちがいはないぞよ。これがちごふたら、かみはこのよにをらんぞよ。>


「神の申した事は、一分一厘違はんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いは無いぞよ。これが違ふたら、神は此の世に居らんぞよ。」




明治二十五年の旧正月に下されたという、この代表的な一葉が示すように、出口なおの筆先の特徴は、徹底的な現世否定と国粋主義、そして終末論であった。


当初、翻案作業を教団内で特権的に独占していた出口王仁三郎から実務を非公式に移譲された浅野は、雪深い綾部の教団本部で、この驚くべき聖典の数々を読解することに日々没頭した。もともと英文学の翻訳家であり、辞典編纂者でもある和三郎にとって、この延々と続く翻案、いや、ひとつの世界観の編集、再構築作業は、まさにうってつけの大仕事であるといえた。


浅野の仕事は、のちに「大本神諭(おおもとしんゆ)」という教団の公式な聖典となって結実する。しかしそれには、副作用もあった。


この作業に当たった浅野和三郎自身が、既に亡き開祖出口なおの、いわば生ける代弁者(シャーマン)と化し、なおの遺した膨大な「お筆先」思想の信奉者となってしまったことである。




いまや、骨の髄から出口なおの「お筆先」の純正な代弁者、思想の具現者となった浅野和三郎は、教団入りした当初はあれだけ親密だった出口王仁三郎(おにさぶろう)と、激しく対立し合う関係となった。


もとより教団内には、つねにもめごとの種が尽きなかった。大本が、京都綾部の一角で細々と活動する零細教団だった時分からの信者、あるいは金光(こんこう)教に包括されて活動していた頃の信者、近年入信した都市部からの流入者、知識人、さらには昨今の教団の隆盛を見て、非宗教的な動機から接近してくる商売人や売名の徒など多様な背景を持つ寄り合い所帯は、そのまとまりを保つため、中心部へ、常に強力な求心力を持っていなければならなかった。


出口王仁三郎は、姑でもある出口なおと長年、骨肉の主導権争いを繰り広げた。数十年続く地方土俗の宗教団体の旧弊な体質から一刻も早く脱却せんとする王仁三郎は、外部からの新鮮な刺戟(しげき)を導入し、同時に教団内における自己のシンパ形成を図って浅野ら新規の人士を積極的に迎え入れた。


そうした努力が実り、また出口なおの死去もあり、大本が飛躍する土台ができたと考えた矢先、死んだ筈のなおの思想をそっくり継承する、浅野などの聖典原理主義の一派が台頭してきたのである。




これは、和仁三郎にとって予想外で、またこれまでの改革努力を大幅に後退させかねない、ゆゆしき一大事であった。彼は一計を案じ、原理主義者たちの首魁(しゅかい)である浅野を、綾部から遠ざけるための策を講じた。すなわち、経営が混乱しいったん解散と決まった大正日日(にちにち)新聞社から、暖簾(のれん)を買い取って教団の子会社化し、浅野をその主筆兼社長に据えたのである。


いわば教団中枢から都会へ、逆方向への「島流し」であったが、これは当の浅野にとって、決して悪い気はしない地位と仕事の内容である。彼は、綾部のときに「お筆先」に取り組んだのと全く同じような熱心さで、このあたらしい新聞の編集と発行とに意を注いだ。ところが、時に利あらず、経営はすぐに行き詰まり、翌年には浅野に代わり和仁三郎が社長の椅子に座ることとなった。


教団首脳部の混乱は加速し、猜疑と不安が深まり、どんどんと伸びる信者数、床が抜けそうになるくらいに日々集まる金と反比例するように、この新興教団は、集団として徐々に自壊の様相を呈してきた。




「つまり、出口王仁三郎と私との対立が、大本教団という宗教組織を混乱させ、その後の衰退へと追い込んでしまったのです。ああなった原因の半分は、もちろん私にあります。私には、柔軟さと幅広い視野とが足りなかった。お筆先の内容に感激し、それを至高のものと信じて疑わなかったばかりに、現実世界における様々なことへ対処し切れなかったのは事実だ。まだ人として未熟だったとはいえ、大いに責任ある地位に就いて居た私の、その罪は消えません。」


浅野は、どこか遠くを眺めるような眼で言った。リペールは黙って頷いた。

「ただ・・・現在、教団を動かしている出口王仁三郎については、私は変わらず、否定的な意見を持たざるを得ません。時期によってころころと言うことが変わり、置かれた立場によって突然、意見も変わる。最近では、教団内に反対派が居ないのを良いことに、ほぼ独裁者のように振舞い、本来は開祖に寄せられるべき信徒の敬意を、自分へと向けさせるような言動まであるようです。これは到底、許されることではない。」



リペールはここで、彼らしい、タイミングのよい合の手を入れた。

「私は当事者ではないし、大本教団の教義に明るいわけではないから、確たることは言えません。ただ、一緒にもう3時間も話をしていて、貴方がとても純粋で公正な人物であることだけは確信できます。なるほど・・・その出口王仁三郎なる人物、なかなかに魅力のある傑物のようですが、たしかに、ちょっと信用のならない山師のようなところも感じますな。」


「頭がよく、魅力的、社交的で、とても親切です。元はたいへんに良い男なのですよ。普通に友として付き合う分には、申し分のない人物です。ただ、共に神霊界との関わりを深めていく同志としては、全く信用ならない。それが私の評価です。」


「なるほど・・・英語の諺にもありますな。『|空っぽの樽ほど高らかに鳴る《Empty vessels make the most noise.》』と。大本教のかつての姿を私はよく知りませんが、たしかに昨今の彼らによる度を超えた宣伝攻勢は、逆にその虚ろさ、自信の無さを体現していると、思わないでもない。おそらく、彼らには哲学が無いのでしょう。哲学とはすなわち、いかなるときにも揺るがぬ、確かな信念のようなものです。ちょうど、今の貴方が持っている、心霊主義(スピリチュアリズム)による世界平和の実現といった信念のことです。」


リペールがやや浅野に気を遣いながら、そう言った。

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