第二十一章 安貞二年(1228年) 秋 長門国国府
「そうか・・・なるほど。儂はもしかして、何者かに、謀られておったのやもしれぬということか。」
守護代・小田村光兼は、漸く我に返ったように言った。
「遺憾ながら、そうと申さざるを得ませぬ。当地にまだ、外敵からの侵略の兆し無し。憶測や予断を排し、然と確かめられたる事実はただ、民と軍勢とが勝手に立ち騒ぎ、逃げ散ったのみに御座います。」
「壮大な、から騒ぎということか。気恥ずかしいことだの。」
「騒ぎに巻き込まれたのは、守護代お一人にあらず。このあたり一円、ほぼ人が居らず、ひどい有様になっておりまする。」
「そうか。ただちに・・・ただちに巡察し、皆を落ち着かせよう・・・誰か、誰か、馬を引け!」
挙動の落ち着かぬ光兼は、今度はそう言って、やにわに立ち上がろうとした。
四郎は、ふたたび光兼を押しとどめ、とにかく落ち着くように命じた。もはや、立場の高下にこだわっている場合ではなかった。声を一段と低く、大きくし、言葉をはっきりと変えた。
「いい加減になされよ!この長門を預かり、その安寧を保つのがそなたの役目。この状態では、役儀怠慢どころか、場当たりの拙劣なる対応で、国の平穏を乱せし罪は免れぬぞ!」
光兼の両の肩をぐいと押し、床にその身体を押し付けた。光兼は、四郎のなすがままになり、そのままぐにゃりと座った。
「まずは、落ち着かれよ。我ら、物見ではあれど、平穏を取り戻すため何かやれることはないか、それを知りとう御座る。これまでに在りしことは分かり申した。では次に、なぜ斯様な仕儀と相成ったか、その理由についてなにか心当たりが無いか、守護代のお考えを聞きとう御座る。」
「すでに・・・すでに話した。」
光兼は言ったが、大きく息を吐きながら、目をあちこちに泳がせ、なにか他にないか思案するような素振りを始めた。どうやら、徐々に平静を取り戻し、事態を冷静に受け止め始めている。
四郎はそう思った。そこで、こう続けた。
「そは上辺だけの出来事。拙者が知りたきは、その裏に在る背景や、理由と思われることで御座る。なにか怪しき動きや、常ならぬ出来事など、在りはしませぬか?何でも良う御座る、どんなに細きことでも。どうか思い出して頂きたい。長年この国府に座し、この周囲の民情や人の行き来に詳しい守護代でなければ、わからぬことを。」
光兼は、ひとつ、深い溜め息をついた。
速かった呼吸の回数が減り、流れ落ちんばかりであった額の汗も引いて、この長門国守護代は、やっとのこと、責務にふさわしい落ち着きを取り戻してきつつあった。おそらく、耳元で次々と吹き込まれた四郎の力強く低い声音が、光兼の腹の底に多少の土性骨を据えたに違いない。彼は、言った。
「寂しかったのじゃ。」
「なに!まだ申すか!」
四郎は気色ばんだが、光兼は手でそれを制した。
「忠光殿。そなたは儂を買いかぶりすぎておるようじゃ・・・儂は、名こそ長門国守護代ではあるが、その実、なんの権限も、力もない。名目は京におわす守護に属し、実質は霜降におわす武光殿に在る。」
確かに、それは事実である。四郎はまず自らが落ち着かねばと思い直し、その場に座った。光兼は続けた。
「儂には、なんの力もない。だが、そんな儂がなぜ守護代として長年ここに在るか・・・それは、無用な揉め事を起こさず、ただ民に税を恙無く収めさせ、国の富強の基を淡々と積み上げ続けてきたからじゃ。実質的な国主であるそなたの父御から信任を得ておるは、ひとえに、わがその徴税と収公の能のみ。」
意味するところを測りかね、四郎がなにか言おうとすると、先に光兼が言葉を重ねた。
「かかる非常の折には、わが能まるで役に立たず、醜態をお見せした。この光兼、重々お詫び申し上げる。」
そう言って両手をつき、頭を下げたあと、
「されど・・・常なる時には、儂は、誰よりもこの長門の民情に明るく、能く人の流れと物の流れとを把握しておる。日頃ただ国府に居るばかりでなく、毎年なんども馬を駆り、みずから遠近の村々の物成を確かめ、泊を訪れ多くの商人どもと親しく言葉を交わして参った。」
背を伸ばし、まっすぐ四郎を見て、はっきりと言った。
どうやら、見かけほどの阿呆ではないようである。
光兼は、続けた。
「そんな儂が、以前より僅かに・・・ごく僅かに気づき居りたる不審な点、これあり。いま思うと、おそらくは、何らかの関わりがあるやもしれぬ。」
四郎は思わず、聞き返した。
「不審?それは、どのような?」
「これは、まこと密やかなる動きで、確たる形跡はない。しかし、この儂の目は誤魔化せぬ。ここ数年来、東のほうより、人知れず物が動いておる気配があった。」
「人知れず、とは?」
「東より山中をなにかが運ばれ、この長府を通らず、山陰側の泊からどこかへ積み出されておる形跡があったのだ。」
「長府を通らず?」
「そのとおりじゃ。そなたも知ってのとおり、この長門の物の流れは、大半がまずいったんこの長府の泊を経て、東か、西へと船にて運ばれる。」
四郎は、頷いた。たしかに、そのとおりである。
その昔、平清盛が大輪田泊を開き、宋国との巨大規模の交易を瀬戸内経由で行うようになって以降、それまで長く主流だった山陰側の交易路はうら寂れ、多くの湊や泊は死に体となってしまっている。それらは、今ではただ細々と相互の行き来や、わずかな物資のやり取りにだけ使われ、大きな船が行き交うことはまず、ない。
平家の凋落とその後の合戦で大輪田泊が荒れて以降、宋国や高麗国との大々的な交易は再開されていないが、それでも、利得を求める相互の商人が非公式に船を派し、博多を経由した私貿易は活発に行われていた。
それらの物資は、瀬戸内を介して東へ、そして西へと動く。そして長府は、その中継点として機能し、厚東氏の富強を支えている。長門を動く物と富のすべては、この、長門国府を戴く大きな湊町を経由すると称して差し支えない。
この経世の才に優れた守護代は、彼だけが持つ鋭敏な嗅覚で、こういう表立った物流とは違った、未知の流路で移動する荷の存在を察知していた。それらは、人知れずどこかから発してどこかへと消え、中途一切の記録に残らない。優れた徴税官吏として、これは、そのまま放置しておける問題ではなかった。
四郎は、身を乗り出して聞いた。
「して。その、なにか、とは?」
「おそらくは・・・銅鉱石じゃ。」
光兼は、即座に答えた。
「先に言うたとおり、確たる根拠はない。しかし、山中よりひそかに運び出され、泊よりどこぞに・・・おそらくは、高麗あたりに・・・売られて大いに益になるもの。それは、この長門では、ただ銅があるばかりじゃ。」
「されど、この長門で銅が掘り出されていたは、遠く天平の昔。」
四郎は、訝しんで言った。
「こちらに参る途次、古の銅山の麓も通り申したが。はて・・・いや!」
こう言って、後ろにいる狩音のほうを振り返った。
「狩音、覚えておろう!あの、犲が哭いておった山じゃ!」
狩音は、はげしく頷いた。そして言った。
「覚えてございます!四郎様が、誰かの気配を感じると仰せられました。実は・・・そのとき、妾も。」
「そうか、誰よりも周りの気配に聡いおぬしが、気づかぬ筈はないと思っておった。」
「申し訳ありませぬ。あの折は、あの不気味な夢の話などもあり、これ以上、四郎様のお心にご負担を掛けるわけにいかずと、黙っておりました。しかし確かに、付近半里内になにか人の営みが在ると、妾も感知は、致しておりました。」
「そは、何処じゃ?」
こんどは、守護代のほうが身を乗り出し、目をぎらぎらと輝かせて聞いた。
「秋吉台の外れ、榧ヶ葉山の麓でござる。」
「まさに・・・儂の思うていたとおりじゃ。その昔、長登の銅鉱が在ったところではないか!かつて多くの人が集まり、官衙も在り、国家鎮護のため奈良大仏の造営に使われた銅は、すべて此処より産し、都に運ばれたものじゃ。」
四郎は、しばし目を瞑って考えていたが、
「そのこと、拙者も承知してござる。しかし、解せぬことが。」
「如何なることじゃ?」
「いちど閉じた銅山をまた動かし、坑より運び出した砕石を溶かして精錬し、これを他所へと運ぶ・・・大いに人手と資力の要る大仕事で御座います。まず、斯様な人手を誰が、何処から調達したか。次に、我ら厚東にも国府の光兼殿にも偵知されず、どのように銅山を開いたのか。そして。」
「・・・それを、どのようにして運び出し、何処から何処に売り捌いておるか、であろう?」
今や精神的にすっかり立ち直り、再び、怜悧で優秀な徴税官吏の顔に戻った光兼が、その先を正確に補った。
「ある程度までは、答えられる。」
光兼は、言った。
「まず、荷の売り先は、唐じゃ。おそらくは高麗。もしくは宋国。あちらでも、公の交易ではあるまい。おそらくは沖合の海賊や私掠船等を介した、秘められたものであろう。」
そして、続けて言った。
「誰が、についてじゃが、儂ははじめ、多々良の者どもかと思っておった。彼奴らが長門側の山合に入り込み、周辺の民草どもを焚き付けて再び坑に人を入れ、我らから貴重な鉱産を盗みおるとな。しかし、どうやら違うようじゃ。」
「違う、とは?拙者も多々良に違いないと思いましたが。ここ数年、多々良の草の者どもが多数長門に入って来ておるは、既に厚東では偵知して御座った。ここに参るまでは、単に厚東の悪い噂を流し、民心を動揺させるばかりが目的と思っておりましたが、銅山が目当てとすれば、話の辻褄はすべて合い申す。」
四郎は言った。
だが、光兼ははっきりと頭を振った。
「それが・・・違うのじゃ。これは、あちこちの泊で言い交わされていた噂じゃが、山陰側の海岸数箇所の隠し泊より、周防のほうからも直接、荷が運び出され、我らの銅と同様、何処かへ売り払われていると。」
「周防からも・・・?すると、多々良もこの密貿易の被害者という訳でござるか。」
四郎は思わず唸り、そう聞いた。
「そういうことじゃ。但し、周防からの物品は、銅ではなく鉄じゃ。おそらく玉鋼にする前の、ごく粗い銑かなにかであろう。これなら、鞴を具えた野鑪をしつらえ、砂鉄を拾って、樹々を燃やしながら山中をあちこち移動すれば良い。玉鋼にまですればより容易に多量を運び出せるが、そのためには固定の高殿などを造らねばならぬ。あまり大掛かりに致すと噂が廻り、必ず我らや多々良に気取られる。」
「なるほど。とにかく密やかに厚東や多々良の領域の土中から鉱産を奪い、人知れず売り払って益を得ている不埒者が居るという訳ですな。そして唐のどこかに設えた大鍛冶場などで手を加え、堂々と売り物にする、と。」
光兼は、少し得意気な表情すら浮かべて、答えた。
「そういうことじゃ。」
「誰なのでござる・・・その、巧妙かつ精緻に隠匿されし国富の盗産行為を為せし奴原は。守護代、そこまでご存知であれば、すでに、それを為すは誰か、当たりぐらいはつけておられよう?」
四郎は、すばりと聞いた。
「落人どもじゃ。だが確証は、まだ無い。」
光兼は、即座に答えた。
「壇之浦で滅せし、平家の落人どもよ。戦場から消え、山中に逃げ散った者どもが、あちこちにひっそりと小さな落人部落を作り、また、もとよりあった集落を乗っ取るなどして、山中ひそかに威を張っておる。その人数は、おそらく、我らが把握しているよりも、はるかに多い。」
「なるほど・・・噂は、聞いたことがございます。」
「連中、長らく息を潜め、目立つことはなにもして居らなんだ。まだ厳しく厚東から軍勢など差し向けられ、折々詮議されておった時分はな。その後、長門国の統治はすっかり安定した。そちの父御の力よ。だが、ここ数年の打ち続く天災で民心が動揺するのに乗じ、あちこちに散れし平家の残党ども、なにやら相互に結託し、よからぬ企てを成し居るのだ。おそらく・・・恨み重なる仇に対して、な。」
「かつて味方でありながら平氏を裏切り、背後からこれを襲った卑劣極まりなき厚東一族に対し、ということですな。」
四郎が、抑揚の全くない口調で、事務的に言った。
光兼がつりこまれて頷いた。そして、しまった、という顔をした。
四郎は、乾いた笑いとともにこれを黙殺し、こう続けた。
「確かに、平氏の落人どもにしてみれば、我ら厚東は、源氏以上に憎い、屍肉を喰らっても飽きたらぬ、まさに不倶戴天の仇でございましょう。それは、よく分かります。彼らが、勝手知ったる山中よりこっそり銅を盗み、何処かへ横流しするのも、我ら厚東や多々良に対する意趣返しとして至極妥当な事とも見えまする。ただ・・・。」
「ただ、何じゃな?」
守護代が聞いた。
四郎は、背後の、荒れ果てた街のほうを指さして言った。
「解せぬのは、いくら民心動揺せし当節とはいえ、怪異がどうのと、斯様にあからさまな煽動行為を為せば、とうぜんのこと、正体が露見致しましょう。また、長年の密やかな盗産行為も同様に。せっかく、山中に逃げ散って数十年も露命を繋いでいた彼らが、なぜ今さら、有りもせぬ怪異や妖魔の噂など撒いて長門国を撹乱し、わざわざ厚東からの討伐軍を呼び寄せるようなことを為すのか?そうなれば、自らがすべてを喪ってしまうことぐらいのことは、考える筈。」
「うむ。そこは、儂にもまだ、わからぬ。」
守護代は、素直に言った。
「今のいままで、妖魔の噂に踊らされておった。彼奴ら落人どもの奸策に嵌ってしまっておったのじゃ・・・じゃが、四郎殿のごとき、冷静なる武人が来れば、儂のようには誤魔化されるまい。そうなると、確かに、彼奴らにとっても今後、益になることは、なにもない。」
「そこで御座る。それが分かっていて、なぜ彼奴らは・・・?自ら破滅覚悟の、決死の意趣返しであったのか、それとも、なにか今後につながる成算があるのか。もし後者であった場合、単独でこの国を盗るほどの力を持たぬ彼奴らは、おそらく、外に結ぶ何者かが居るということになり申す。だとすれば、これは、ゆゆしき大事。」
「うむ、確かに。」
ふたりとも考え込み、しばらく沈黙が流れたが、ふと、四郎が守護代の背後に差し渡してある棚の上に置いてあるものに目を留めた。
「光兼殿。そは、詑粉で御座るか?」
四郎の指差す先には、丸い餅のようなものが、高坏の上一杯に盛ってあった。
「いや。これは詑粉とは呼ばぬ。しばらく前に近在の民が献じて参った、団子なる菓子じゃ。すでに日が経ち、食すには適さぬ。もとは神に捧げるものとして、また魔除けの効能もあると聞く故、ここにこうして置いておる。」
「なるほど。拙者の任地では、赤米から作り、柘榴で味付するが故に赤うござる。それは白いまま。すなわち普通の米を搗き、捏ねて丸めたもので御座ろうな。」
「いかにも、そうじゃ。名も似ておる。おそらくは同じ由来のものが土地毎に変化したものであろうの。聞けば、最近は都あたりにまで伝わり、やんごとなき公家が歌に詠んだりも、するようじゃ。」
「団子・・・なるほど。」
「それが、どうかしたのか?」
光兼が、訝しんで聞いた。
「いや、どこかで覚えのある名だと思い・・・よくは思い出せませぬ。失礼致した、忘れられよ。」
「ふむ。詑粉と、団子では、似ているようで、違う気もするの。覚えがあると言うは、もしかすると、四郎殿の任地にも、実は団子があるのかも知れぬ。それを聞き、覚えていたのではないか?」
「さて。わかり申さぬ。」
「団子は、海を背にし、山の方角に向けて据えるのじゃ。それが習わしでの。さすれば、山から降りて参る天狗や妖魔を除けることができるそうじゃ。儂は先ほどまで、海より亡霊が揚がって参ると勘違いしておったが、実は落人どもが敵であるならば、こうして団子を山に向かい具えて置くは、正しきことであったことになるのう。」
今や、完全に落ち着きを取り戻した光兼は、そう言って苦笑した。
しかし四郎は、やや驚いて言った。
「はて、それは面妖な。我が任地では、逆に、民は海に向かいて詑粉を具え申す。そして、一心不乱になにやら唱え、ひと晩中でも繰り返しておりまする。古よりの習俗とのことで。」
「なんと、そは初耳じゃ。色の違いといい、興味深いことだの。」
「ともかくも、状況、よくわかり申した。御礼申す。」
四郎は、こう言って小田村光兼に感謝した。本心からだった。さすが能吏ならではの、平時における的確な情報収集と分析の能力である。
「うむ。こちらこそ、見苦しき様をお見せしてしもうた。そなたが来てくれたお陰で、儂も正気を取り戻せた。申す通り、これは、から騒ぎじゃ。敵など居らぬ。妖かしも居らぬ。もう一度、逃げ散った者共を呼び戻し、国府の護りを厳に致そう。」
「それが、よう御座います。」
「このこと・・・武光殿には。」
光兼がやや心配そうに聞いたが、四郎は、その目を見て即座に言い切った。
「申しませぬ。守護代の行状報告は、我が任に非ず。」
ほっとしたように笑みをこぼす光兼に、四郎は、さらに言った。
「ただひとえに、この長門を侵し来たる脅威の正体を見極め、これを排除するがわが役目。ご案じあるな。寧ろ、平時の敵情に関する見極め、お見事でござる。感服仕った。」
「まこと嬉しき言葉かな・・・四郎殿、これから、いかがなさる?」
「我が父からの指示は、ひとまず当地にて守護代にお会いしたあと、御裳裾方面へと至り、さらにその先の阿弥陀寺へ参ること。」
「海沿いを行くのだな・・・。」
光兼は、ややおっかなびっくりな様子で、言った。
「さようで御座る。」
「まさか、海底の妖魔は出まいが・・・しかし、なにか、良からぬ者共があのあたりで蠢動している。それだけは確かじゃ。道中、重々気をつけられよ。」
「畏まった。帰路、また立ち寄るかも知れず。なにぶん宜しくお願い申す。」
四郎は、一礼し、脇に置いた木刀を掴んで立ち上がった。そして大股で軒下に降り、狩音とともに歩み去ろうとしたが、ふと振り返って守護代に尋ねた。
「平氏の落人どもで御座るが。」
かなたで、光兼が目を上げた。
「山中にて部落を成しおるとのこと。何処と、何処かお分かりになりまするか?」
「詳しくは、わからぬ。」
光兼は、やや大きな声を出して、答えた。
「この先すぐの火の山の背にも斯様な集落が在ると聞く。高畑のあたりじゃ。かつて壇之浦から逃げ、すぐとそこに潜伏したのじゃな。だが多くは、より遠方に逃げ、そこで山に籠もった。この長府の後ろは、遥か彼方の周防国まで、山また山ばかり。あちこちに平家の残党どもが散り、相互に連絡し合い、山の民を装って暮らしておる。儂が掴んでおる限りでは、佐々実、伊輪、猿海といった集落は、おそらく今や、平氏の村じゃ。」
「なるほど・・・おそらく、銅石はそれらを伝って、山から山へと。」
「そうに違いない。」
「その終点については、なにかご存知で?すなわち、唐へと積み出す隠し泊の位置でござる。」
光兼は、ため息をついた。遠くからでも、それはわかった。そして、言った。
「それが分かれば、苦労はせぬ。なにぶん、周囲には今や、全く近寄れない状態でな。だが、当たりは付けておる。」
四郎は数歩戻り、次の言葉を待った。光兼は言った。
「もしそち等がそこまで行ければ、の話じゃが・・・壇之浦を廻り、筑紫洲 (九州)を望みながら海沿いに参れ。さすれば、すぐと山陰側の海に突き当たろう。そして北へ二刻ほど。そこに、眼前に海中よりそそり立つ、刃物のような、大きな崖がある。」
「粢島のことで御座いますね?」
狩音が、四郎に代わって聞いた。
「そうじゃ。よく知っておるの。」
「しかし守護代様。粢島は、島全体が、ひとつの大きな崖のようなもの。平らな所は寸土もなく、どこにも泊など、作れそうにはありませぬが。」
「いや、隠し泊は、粢島の、おそらくは手前のどこかの岸に在る。儂はそうと当たりを付けておる。粢島の大きな影に隠れ、まずは真暗な闇の中を、沖に向け漕ぎ出すのだ。岸辺からいくら監視しておっても、あの島影に隠れ居る限り、見つけられぬ。そして、島影を抜ける頃には、沖合の疾い潮流に乗って、あっという間に見えなくなってしまうのだ。」
「なるほど・・・。」
四郎は、唸った。




