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海峡奇譚  作者: 早川隆
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第二十章  昭和三年(1928年) 秋   仏国 巴里周辺

巴里(パリ)よ、おお巴里よ!


いつか、どこかで聞いたことのある言葉だ。浅野は思った。いや、なにかで読んだのかもしれない。ともかくも、訪れる者をこうまで魅了し、誘惑する都。遥か彼方の、極東の島国に生まれ育った身でも、その名を聞けば心が浮き立ち、胸がわくわくして、なにかが始まるような気がしたものだ。


そして、たどり着いた巴里は・・・陰鬱に沈み込んだ、灰色の都会だった。薄ら寒い隙間だらけの心に、どこからか渡り来たる寒風が容赦なく吹き付けてくる、あばら家のような場所だった。


この日の気候が小雨まじりの曇り空だったこともあろう。乾いた空気が余計に冷えて、雨粒と一緒になって体温を下げ、浅野の(はだ)と心とを責め立てた。快晴続きであった倫敦(ロンドン)とは、全く逆である。




この二日間、まったく予定を入れていなかった浅野は、トマス・クックの事務所が用意していた既成の巴里市内観光ツアーをキャンセルし、運転手のイヴァンだけを呼び、チップをはずんで、彼の運転であちこちを巡っていた。場所も順路も、すべてイヴァンにお任せである。外国からやって来た異邦人同士の気安さで、どこをどう廻ってもらっても構わないと伝えておいた。


イヴァンは、今日の浅野にとって、まさに最高の運転手であると言えた。


この仕事に就いて明らかにまだ日が浅く、巴里の道路をあまりよく把握していない。ちょっと裏通りに入ったらもうお手上げである。路をあちこち間違え、行ったり来たり、同じところをぐるぐる廻ったりした。普通の運転手と違い、舌打ちしたり毒づいたりせず、その表情は一切の威厳を崩さないのでわかりにくいのだが、彼があまり良い観光運転手でないことだけははっきりしている。無口なので、気の利いたガイドもできない。


しかし、彼のその無口さが、浅野にはとても有り難かった。イヴァンは、まるで、自動車という移動機械の一部品になり切ったかのように、ただ淡々と運転した。非礼な態度は決して取らなかったが、その代り、浅野に一切の気を使わなかった。そしてそれこそが今日、浅野がイヴァンに求めている役割であった。


浅野はただ、後席に座って、ひとりいろいろと考えたかっただけなのだ。




なぜなら、またあの夢を見てしまったから。


昨夜、疲れ切ってそのまま潜り込んだホテル・デュ・ルーヴルの豪奢な天蓋(てんがい)付きのベッドの中で、まず、石笛(いわぶえ)を吹く出口和仁三郎の夢を見た。彼は、言葉も交わさず、浅野のほうを一顧だにするでもなく、ただ一心不乱に石笛を海に向かって吹き鳴らしていた。


朝方、いちど目が覚め、しばし暗闇のなかで凝然(ぎょうぜん)とした。さまざまな、まるでまとまらない想念が次々と現れては消え、やがて、また深い眠りに落ちた。そして今度の夢には、あの二人が出てきた。13世紀の初頭を生きる武士、厚東四郎忠光とその従者、狩音。ふたりは、馬一(ぴき)を曳きながら、まるで仲の良い夫婦者のように幸せそうな顔をして、正体のわからない(あや)かしどもの待つ海峡へ向かい歩いていた。


厚東四郎は、浅野がちょうど彼の夢を見続けていることで悩んでいるように、ずっと継続する不気味な海の夢に悩んでいる。しかし、やっと海が尽き、その終点を見たことで、悩ましい暗黒の世界から解放される予感に浮き立っている。


夢のなかで浅野は、完全にその四郎に同化している。なので、四郎の抱く解放感、期待感などは、そっくりそのまま、浅野が自分のこととして体感したものである。


起き出すのが遅い宿泊客を(いぶかし)み、朝食のワゴンを押してきたルームサービス係に起こされるまで、浅野の四肢五体は、その厚東四郎の幸せにまるごとどっぷりと(つか)り、四郎が胸に抱く狩音への思慕と、幾許(いくばく)かの肉欲までをもそのまま共有し、不覚にも寝具のなかで勃起していた。


50過ぎの、地球を半周する長旅とその途次に起こる続けざまの怪異とに疲れ切ったよれよれの初老の身体が、まるでその欲望や快楽の中枢だけ20歳の頃に戻ってしまったかのような、不思議な感覚である。




いったい、連鎖するこの夢のつながりは何なのか?自分が、この紛れもない現実世界で直面している一連の訳のわからない怪異と、何らかのつながりがあるのであろうか。それとも、なにか特異な精神状態に()る自分が、旅先の孤独のうち、ただ心のうちにさまざまな幻をつむぎ出しているだけなのであろうか。


考えれば考えるほど、わからなくなるのであった。




黙々と運転していたイヴァンが、ふと窓外に目をやり、珍しく浅野に話しかけた。

「ミスター・アサノ。今日は小雨交じりの曇り空です。だから、エッフェル塔に登るのはお()しなさい。どうせ何も見えやしません。明日は晴れだそうですから、ぜひ明日になさい。」

まるで、浅野のような観光客が、塔に必ず登ろうとするかのようにひとり決めして、言った。


実のところ、浅野にとって、塔などどうでも良かった。しかし、せっかく口を開いた老イヴァンの機嫌を損ねるつもりもなかったので、

「ああ、そうですか。では明日にしましょう。ご忠告どうも有難う。」

とだけ言っておいた。


そして、ふと気づいて、イヴァンにこう聞いた。

「ええと、今日は、どこと、どこを走っていただいたんでしたっけ?」




イヴァンは、ふと笑顔を浮かべ、興味深そうに浅野のほうに首を傾けた。

「やはりだ。特にお話もしなかったので最初はわからなかったのですが、貴方は先ほどから、周囲のなにものにも興味を示さない。朝から、凱旋門、シャンゼリゼ、廃兵院(アンヴァリッド)、ペール・ラシェーズ、トロカデロ、そしてエッフェル塔・・・巴里市内の、ありとあらゆる観光名所を通り過ぎているのに、窓の外に目をやろうともしない。いくら生憎のお天気だとはいえ、まことに、お珍しい観光客です。」


「いや、これは失礼。おっしゃる通り、せっかく花の都に(もう)でた訳ですからな、たしかに車の外に出ようともしないのは、(いささ)か奇異だったかも知れませんね。」

浅野が応えると、イヴァンは笑いながら詫びた。

「いえ、ご事情は詮索いたしません。ただ、同じ異邦人同士、わたしもこの都に抱く思いはなにかと複雑でしてね。ちょっと、お気持ちがわかるような気がしたのですよ。いや余計なことを申しました、失礼しました。運転に集中いたします。ご用があれば、何くれとなくお申し付けください。」

そう言って、また前を向いた。




またしばらく、ふたりとも何も言わず、それぞれの方向の窓外を見やっていたが、浅野は、ふと、運転席の脇に掛けられた、額縁入りの小さな絵に目を止めた。それは、自動車の振動に従ってかすかにぶらぶらと揺れ、イヴァンが道路の大きな(うね)や溝を踏んだりしたとき、ふわりと空中に浮き上がって、紐ごと外れて落ちてしまいそうになっていた。


それは、掌ふたつ程度の大きさの線描画だった。どうやら、南仏かどこか、明るい海辺に教会の尖塔と城壁の家々が建ち並び、燦々(さんさん)と陽光に照らされている感じがよく表現されていた。簡素だが、実に巧みな絵である。興味を覚えた浅野は、それはどこの風景なのかイヴァンに聞いた。


「これは・・・黒海沿岸の風景なのです。セヴァストポリのね。下手な絵ですが、私が想い出しながら描きました。あの土地を愛していましたから。」

「とんでもない、とてもお上手ですよ。あなたの故郷ですか?」

「いえ、生まれはサンクトペテルブルグです。ずっと、ずっと北の方で、こんなに気持ちの良い暖かさはありません。セヴァストポリに住んでいた時期は(わず)かなのですが、まさに私の人生最良の時でしてね、その頃の楽しい思い出とともに、いささか、風景の記憶も美化されているかもしれません。」

老イヴァンは、少し恥ずかしそうに笑った。


「失礼ですが、以前のお仕事は何を?」

「船乗りをしていました・・・いや、正確に言うと軍人です。軍艦に乗って、それこそ世界中を旅しましたよ。実は、あなたのお国に行ったこともあります。」


浅野は、驚いて思わず大きな声で聞いた。

「なんですって!では、あなたはロシア海軍の士官か水兵だったのですか?」

「ええ、まあ。そんなところです。セヴァストポリの黒海艦隊に居りました。」


「これは奇遇だ。おそらく同じ頃、私も日本海軍に関わっていました。正式の軍人ではなく軍属としてですが・・・下手をすると、私の教え子たちと、あなたの乗る艦が、どこかで一戦交えるような事態になっていたかもしれませんな。いや、貴方が黒海艦隊の所属で、本当に良かった。極東の戦場には、たしか黒海からはほとんど参戦されなかった筈ですな、英国の妨害で。」


「実は・・・。」

イヴァンは、やや言いにくそうに、言った。

「あの戦争が始まったときには、私の艦は、旅順港(ポート・アーサー)に居りました。」

「え、なんですって!」

「チェザレヴィッチです。戦艦ですな。開戦当時、旅順艦隊の旗艦でした。」


「よく・・・ようく覚えておりますよ、その名前。忘れるものですか!当時の日本全国民にとって、まさに恐怖の象徴とも言うべき恐るべき最新鋭艦でした。こう言っては誠に失礼だが、やや言いにくいその艦名が、まさに日本の国全体にかけられた呪いの呪文のように感じたものですよ。」


「それは、誠に申し訳ない次第です。戦争でしたからな、何卒(なにとぞ)お許し願いたい。」

「許すも何も・・・もう、びっくりですよ!それで、あなたの艦内配置は、どこだったのです?」




老イヴァンは、ここで、ますます言いにくそうに口ごもった。浅野がなにかまずいことを聞いたかと思って心配になるほど躊躇(ためら)った。


そして意を決してこう言ったから、今度こそ、浅野は後席でしばらく動けなくなるくらいに驚いた。

「実は、その・・・私は、チェザレヴィッチの初代艦長だったのです。」




あまりの衝撃に、浅野は脳裏を悩まし続けていた夢や怪異のことを、しばし、綺麗に忘れてしまったほどだった。


当時、日本列島の目と鼻の先といってもいい要塞港の奥深くに立てこもる旅順艦隊は、大国ロシアの南下政策、すなわちアジア侵略の堅固な前哨基地として、まさに日本帝国の喉元に突きつけられた匕首(あいくち)にも等しかった。その旗艦として新造された最新鋭艦チェザレヴィッチは、まさしく皇国の存亡を左右する最強の敵であり、もっとも忌むべき仇というべき存在であった。


イヴァン・コンスタンティノヴィッチ・グリゴローヴィッチは、はじめ建造監督官として任につき、竣工後は初代艦長としてチェザレヴィッチに乗り込んだ。そして、この世界最新鋭艦が建造されたフランスのトゥーロンから初任務地の旅順まで回航し、そのまま実戦準備をしているうち日露開戦となったのである。開戦劈頭(へきとう)、日本海軍の執拗な港への強襲で数本の魚雷を受けたが、沈着な指揮と優れた損害極限ダメージ・コントロールの腕前で喪失を免れ、艦は港内の補修施設で迅速に戦闘力を回復した。


その後、チェザレヴィッチは、ウィトゲフト提督直率(じきそつ)の旗艦となって黄海海戦を戦い、後任艦長を乗せたまま撃破され無力化されてしまうが、その指揮力を買われたグリゴローヴィッチは、旅順港の港湾司令官に任ぜられて手腕を発揮した。


日露戦役後、敗戦にも関わらずロシア海軍部内で高い評価を得たグリゴローヴィッチは、そのまま累進(るいしん)し、遂に黒海艦隊の司令長官に任ぜられた。付随して最高勲章を含む数多くの叙勲を受け、最終的には崩壊寸前のロシア帝国において海軍大臣に就任し、軍人としての栄誉を極めたのである。




しかしながら・・・直後に発生した1917年の赤色革命が、すべてを変えた。解任され、ただの市井の人となったグリゴローヴィッチは、周囲の海軍関係者や高官が次々と赤色テロの犠牲となっていくなかでしばらく無事に生き残ったが、結局、身の危険を感じて4年前に亡命し、ほぼ着の身着のままでこのフランスへとやって来たのだった。


自らも数百万の壮丁を喪い、大いに国力を減じていたフランスは、この、今はなきロシア帝国の残滓(ざんさい)のような男には支援も、同情もしなかった。剛直な武人で、身辺清廉そのものだった彼にはなんらの隠し資産もなく、以降、ほそぼそと描き溜めた海浜の風景画などを売って暮らしていたが、それだけでは足りず、生活に支障が出てきたため、いわば糊口(ここう)をしのぐアルバイトとして、トマス・クックの臨時運転士などを務めているのであった。


「本当に、落ちぶれたものですよ・・・まあ、これが人生(セ・ラ・ヴィ)ですけれどもね。」

老イヴァン、もとは帝政ロシアの偉大な海軍提督だったコンスタンティノヴィッチ・グリゴローヴィッチは、そう言ってしばしハンドルから両手を離し、まるでフランス人のように肩をすくめて広げてみせた。




「わたしも人生いろいろあったクチだが・・・あなたの人生は、まさに破格のものと言わざるを得ないですな。」

浅野は、思わず言った。

「でも、あの革命を生き残り、今もこうして元気に生きておられる。これは、おそらくまだあなたの神が、貴方になんらかの使命を与え給うているからなのではないでしょうか?」


イヴァンは、やや自虐的ともとれる口調で、こう答えた。

「それは、私がまだ貴方くらいに若かったら、の話です。私は、もう老いた。老いさらばえて、あとはなんとか穏やかに生きていければ、それでいいと思っています。フランスにはわずかに親族も逃れて来ておりますしね。あの革命のおそるべき暴力から逃れて、なんとか生きている。もうそれだけで充分です。」


「しかし、持って生まれたその才能と威厳は、隠せませんよ。実は、巴里(パリ)駅頭でお会いしたときから、私には、あなたがなにか尋常ならざる雰囲気をまとっている方のようにお見受けしていたのです。だから・・・。」


「だから・・・そうですね。少なくとも、未来に希望は持っておりますよ。近いうち、あの狂った無産主義者どもの政権がひっくり返って、また故郷に戻れる日が来るんじゃないかとね。」


イヴァンは、浅野の言葉をそう引き取って、少し寂しそうに笑った。




巴里よ、おお巴里よ!


この()()なき異邦の地で、思わぬ縁からお互いにまたとなき友人を得、浅野とイヴァン老提督は、その後の数時間をこの上なく愉快に過ごした。どちらも、この花の都の片隅で、さまざまな想念に責め立てられ、息苦しいほど窮屈な時間を送り、明日とも知れぬうたかたのように、ただ消えて無くなりかけていたのだ。


彼らは、車中で大いに語り合い、深く互いを知り合うことで、ふたたび、闘う力をわずかに取り戻した。なにと闘うのだろう?浅野は、前途に待ち受けるあの不気味な運命のようなものと。イヴァンは、この世界を覆いつくさんとしている巨大な赤色の暴力と。いや、そうではない。イヴァンの場合、残された時間で、これまで喪ったものを取り戻すことこそが闘いなのだ。数奇な運命の悪戯で喪われた、皇帝(ツァーリ)を護る戦士としての名誉と誇りとを。


前を向き、勝利への前進を始めたこの老人二名だけの一列横隊は、目に見えぬ、意志の力からなる燧石銃(マスケット)を肩に担ぎ、筒先に付けた銃剣で、襲い来る邪魔者どもを残らず(ほふ)る覚悟だった。もはや、やるべきことは唯一つ。敵陣に向かって、まっしぐらに進むだけだ。


どちらかが(たお)れようと。両方が粉々になってしまおうと。

前へ、前へ!




生きる力を取り戻した彼らの目に、再び映ずる巴里の都は、ざわめきと喧騒に満ち、期待と彩りに溢れた素敵(カラフル)な大都会だった。さきほどまでの、灰色にうち沈んだ憂鬱な街路には、ほのかな灯りと温もりが戻り、街を濡らす冷たい秋の雨は、彼らの火照る身体を具合良く冷やす天然のシャワーだった。


行き交う人々は、先ほどまで彼らにはまるで無関心な通行人に過ぎなかったが、今や、同じ大地を踏みしめ、ともに闘う心強い同志たちだった。もちろん、闘う相手は、それぞれまるで、違うけれど。


イヴァンは、ハンドルを握り直し、浅野を引っ張り廻して、巴里の街区を、目を輝かせながら案内した。凱旋門、シャンゼリゼ、廃兵院(アンヴァリッド)、ペール・ラシェーズ・・・いまや、さらに彼らは足を伸ばし、ノートルダムへ、そしてヴェルサイユへ。美しく紅葉したブローニュの森をかすめ、澄み切ったセーヌ河の水面が、わずかに顔を覗かせた陽の光をきらきらと跳ね返すさまを楽しみ、どこまでも続く、平坦な幅の広い舗装道路を快適にドライヴした。


夜は、イヴァンがトマス・クックの事務所から都合してきたチケット二枚で、オペラ座のワーグナー物に潜り込んだ。かつてロシア帝国の高官としてときに巴里の社交界にも出入りしていたイヴァンは、当然、その内容に精通しているが、浅野には、まるでわからない。老イヴァンは、やや得意気に自分の知識と見識をいっぱいこの極東から来た親友へと注ぎ込んだ。


また、イヴァンはかつて、ホテル・デュ・ルーヴルの上客であったことも白状した。今や、その同じホテルの車寄せで、秋雨に震えながら、ひっそりと我儘な客が出てくるのを待つ運転手の身の上である。


しかし、だから何だ?そんなこと、今さら、どうでもいいことじゃないか!俺たちは、ふたたび闘う。前を向く。運命とがっぷり四つに組んで、これをみごと、打ち倒してやる。巴里で結成された、新たな日露連合戦線だ。さあ、どこのどいつでも、まとめて、かかってこい!


その日の最後の締めは、トロカデロの立ち飲みのバーで、一杯きこしめすことだった。いや、一杯どころではない。もはや運転の責任を放擲(ほうてき)した老提督は、大いに酔い、シャンペンだかワインだか、なにかわからぬいろいろなものを注文しては、一気にかっ喰らい、顔を真赤にして陽気に騒いだ。さほど飲めない浅野も、浮き立つ気分のままに、イヴァンに唱和した。あたりに居た誰もが、この異様な外国の老人二人組を避け、遠巻きにして面白そうに眺めた。




巴里よ、おお巴里よ!


その夜、浅野は、ホテルのベッドにたどり着いて、ただぐっすりと寝た。四郎のことを、和仁三郎のことを、すべての夢のことを忘れ、ひたすらこんこんと、眠り続けた。

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