第九章 安貞二年(1228年) 秋 長門国 霜降城
厚東四郎忠光は、せめて泊まって行けという父の勧めを断って、急ぎ夜のうちに出立することにした。事態への対処が急を要すると思われたこともあるが、おそらくはこの城の出入りを山麓で見張っているであろう、多々良の草者の監視を躱すためでもある。
彼は、まるで巨大な蛇が山を芯にしてとぐろを巻いているかのように付けられた、長い長い下り道を歩いている。前と後には、足元を照らす松明を持った警固の兵が付いていた。三名とも、交わす言葉もなくただ無言で、あたりにはそよとも風が吹かず、暗い山道に、柔らかい落ち葉を踏む六つの足音が、ただぐしゃぐしゃと響くばかりである。
四郎は、先ほどの父との会話を思い起こしていた。
招ばれた時には思いもよらなかった、ひどく奇妙な状況だ。原因不明の流行病、さまざまに伝えられる怪異、背後にちらつく多々良の影。あの怜悧で沈着な父が、前に見た時とは打って変わって弱り果て、周囲に助くる者とてなく、この、長らく疎んじ、遠ざけ続けた息子の力だけを頼みとしている。
そして、四郎にとってこの城でなによりも大切な母は、ひどく不気味な症状を呈すという疾病で、地下の座敷に隔離されているという。
まえに自分がこの城に母と共に住まっていたとき、毎日毎日、様々な手を使って迫害を加えてきた憎々しい兄たちは、その影もかたちも見えない。従者や下人たちにも元気がなく、あれだけ偉だったこの厚東の城域そのものが、かつてのような猥雑な活気を喪っている。そして今はただ打ち沈んだような重い気が、夜の闇にじっとりと纏わりついているようにすら思える。
「変われば、変わるものだ。」
四郎は、そうひとりごちた。前を行く警固の兵が訝み、敏捷な動きで松明を持ったまま振り返ったが、四郎はそれを無視した。
四郎が、手勢も連れずに御裳裾の宿へ物見に行くことを承知したあと、武光は、その前にまず、近在の阿弥陀寺を訪うことを勧めた。実はそこでも、近頃、思いもよらぬ怪異が起こっているという。
「お主は、聞いたことがあるか?」
武光は尋ねた。
「あの話を。壇之浦の海の底より平家の亡霊が彷徨い出て、阿弥陀寺の盲の寺僧に取り憑き、その両の耳を千切り取ったという話を。」
「はて・・・そういえば幼きみぎり、そのような話を、庭師の爺やら、侍女たちなどから幾度となく聞かされたことがござったが。無論のこと、下々が幼兒を怖がらせ、面白がるための作り話であるとしか思い申さなんだ。」
四郎は、遠い記憶を辿って答えた。
「お主らしいの・・・全くもって可愛気の無い童であることよ。しかしまさに、その話じゃ。あれは、今からもう三十年も昔、壇之浦合戦からまだ十歳と経っていない頃の話じゃった。あの怪異のことは、儂もよう覚えておる。」
「たしか、墨もて全身に経文を書き、諸肌脱いで待ち構えたとのことでございましたな・・・亡霊は、その姿が見えずにおろおろし、惑乱して、なんとか見える耳だけを千切り取り、持ち去ったと。これでは、どちらが盲かわからぬ。なんとも間の抜けた妖かしであると、幼な心に嘲笑ったものでござる。しかも、その経を書いた和尚は、都合よろしくどこぞへ出かけ、自分の両の耳が千切り取られているというに、声すら上げぬその者の、とても人間とは思えぬ我慢強さも・・・なんとも、人を小馬鹿にした他愛もない虚事でござる。」
「細かなことは、あるいは人の噂にのぼるうち、面白おかしく付け加えられた話であるかもしれぬ。だが、あのとき、あそこで何らかの怪異があったことだけは確かじゃ。お主は信じないであろうがの。」
「ふむ・・・たしか亡者どもが、我ら厚東に対する怨みを呑んで海底から・・・などというような話もございましたな。」
「それはおそらく、後から付いた尾鰭であろう。お主の申した通り、厚東は平氏にとって、怨み重なる裏切者であるからの。しかしあのときは、ただ亡霊が、阿弥陀寺の芳一なる盲に取り憑いたというだけの話であった。」
「名まで伝わっておるのですか。実に細やかな、まことしやかなる作り話でございますな。」
四郎は、笑いながら言った。
「その盲、たしか巧みに琵琶を奏で、その音に聞き惚れた亡者が取り憑いたと。」
父は頷き、少し黙った。
なにごとか、思い返しているようであった。
「お主は、あれが作り話だと思うのか?」
不意に、武光が問うた。
「何を言われる。父上も拙者同様、怪力乱神は信ぜず、ただ己の力によってのみ生きて来られた武人の筈。」
四郎は、鼻で笑った。そうだ、生き方こそ違うが、この父も我と同じ、現世の現実しか信じない男だ。眼で見え、手で触れられるものしか認めない人間だ。
怪異など、ない。神も居ないし仏も居ない。天罰など下らない。もちろん極楽浄土など、どこにも在りはしない。敢えて言うならば、この地上こそが、いわゆる地獄では、あるのかもしれない。とにかく在るものは、ただひとつ。この下らない、糞溜のような現世ばかりである。
それが、父と我とが心のうちで分かち合える、たったひとつの真実だ。
かつては自身が、禍々しき地上の悪鬼のようだった男なのに。それが今さら、この世に有りもしない怪異やら、亡霊の祟やらが怖いのか?四郎は、なぜか、この父の気の弱りようが気になった。
四郎は、なおも激しく、言いつのった。
「それが作り話でなくて、何でござる!おそらく、厚東の裏切りを快く思わぬ者どもが流した噂か、未だ終わらぬ平家の祟を言い立て、なにがしかまとまった寄進などさせようと図った阿弥陀寺の坊主ともの策謀でありましょう。あるいは・・・山に散りし平家の落武者どもが、それ以上の追求や詮議を遁れるために言いつのった、身を護るための手立てだったかもしれませぬ。」
ひとしきり言い終わると、四郎はなぜか激しく喉が乾いて、脇に置かれた椀を手に取り、中に入った白湯をごくりと飲み込んだ。
父は、この四郎の主張を、少し哀しげな眼をして聞いていた。しばらく黙り、うつむいて、やがて眼を上げると、言った。
「ならば、会うて来るとよい。」
四郎は、驚いて父を見た。
父は続けた。
「その芳一なる僧、今でも阿弥陀寺にて健在じゃ。眼は見えず、耳も聞こえず、よって対話はできぬ。しかし、口だけならば、達者にきける。その口から、かつてあった怪異のこと、事細かに聞いて参るとよい。」
「健在と!その者、齢は幾つでございます?」
「詳しくは、儂も知らぬ。相当な老齢のはずじゃ。身体が不自由ゆえ、まともに寺の勤行はできぬ。だが、琵琶の腕はいまだ衰えず、凄まじき限り。阿弥陀寺の奥に結んだ小さな庵で、今でもまだ矍鑠としておると聞いた。」
「父上は、ご存知だったのでございますか?その者を。」
「たしかに、名は芳一じゃ。昔、その怪異の噂が流れた時、儂みずからが阿弥陀寺に乗り込み、あれこれ言い立てる僧どもごと、皆々ふん縛って厳しく詮議した。」
「その、芳一とやらも。」
「当たり前だ。あやつには、この儂みずからが鞭を振るい、ほぼ三日三晩、厳しく責問した。目も耳も不自由な者ゆえ、具合を加減せよと進言する者もいたが、情け容赦なく、やった。芳一は足も不自由な筈じゃが、それは、そのときの、この儂の責が故じゃ。」
「なるほど・・・厚東の評判が悪くなるわけでございますな。」
四郎は、少し皮肉をこめて言った。
しかし、父はただ真面目に、こう答えた。
「儂も、若かったからの。源氏の勝利の為あれほど貢献したに、与えられたはこの長門一国だけじゃ。その前に持っていた領地の、せいぜい倍くらいのもの。何もしておらん東国の武家だの御家人だの、ただ鎌倉殿と近いというだけで、ここいら西国のあちこちを領地として掠め取っていってしまう。本来は、あれは皆、儂が貰うて然るべきものじゃ。そうしているうちに、あの忌々しき多々良どもが、いつの間にかどんどんと勢力を伸ばして来てしまう・・・儂は、若かった。焦っておった。そして、苛々しておった。」
「八つ当たりでございますか。」
「違う。芳一は、おそらく多々良と通じて、わが厚東の評判を落とすべく、虚言を弄して民心を動揺させようとしておる・・・そう思った。おそらくは、お主が儂であっても、そうと考えたであろう。」
四郎は、黙った。
たしかに、そうだ。
この儂でも、まず、そのことを疑うであろう。そしておそらく、 (なんの抗いもできぬ盲目の僧を打ち据えることに、多少の良心の呵責は感じるであろうが)結局は、父と同じことをしたであろう。何しろ、相手は、有りもしない怪異を言い立て、厚東の悪評を振り撒こうと図る、邪な多々良の手の者なのだ。いままさに、この目に見える敵なのだ。
もしかしたら、父と儂との間にある距離は、儂が自分で思うほど遠くは無いのかも知れぬ。四郎は、そのことに気づいた。
「芳一の、口は固かった。」
厚東武光は言った。
「それはもう、海の栄螺がその口をぴたりと閉ざすかのように。いくら打たれても、いくら撲られても蹴られても、なにも言わぬ。今にも死んでしまいそうなくらいに、ひ弱で小さな身体であったにの。そのうち、責問に疲れ、儂のほうがその場で座り込むほどじゃった。」
父は、ここで言葉を切った。その時の疲れを、まるで今に至るまで引きずっているかのように。しばらく凝然と宙を眺め、やがて気を取り直して、続けた。
「なにしろ、奴は耳が聞こえぬ。両の耳は、たしかに誰かにもぎ取られたかのように根本から欠け、顔の横にただ赤黒く孔だけが空いておった。責め、問うと言うても、問うたところで、聞こえておらぬ。そして奴はじっと痛みに耐え、ただ黙っておる。響くのは、ただぜえぜえという儂の吐く息と、鞭の音ばかりじゃ。疲れた。どこまでも、疲れた。まるで、海の底にて鞭を振るい、延々と栄螺を叩いているかのようであった。」
「そして、どうなされた?」
「諦めた。そのまま、腹立ち紛れに、斬ってしまおうと考えた。」
「いくらなんでも、無茶苦茶ですな。」
「あのときの儂は、平静を喪っておった。なにしろ、相手は栄螺じゃ。人ではない。鞭で駄目なら、刀に物を言わせるまでのことじゃ。しかしそのとき、ただ俯向いていたあ奴が、儂を見上げ、見えぬ筈の眼を開けて、ぎろりと睨んだのじゃ。瞳に光は無かった、だが、なにやら、眼の玉そのものが妖しき光を放ち、ぎらぎらと輝いておった・・・儂はいまでも、あの輝きをはっきりと覚えておる・・・そしてやにわに口を開き、なにやら、訳のわからないことを言うた。」
「何と、言うたのです?」
「なにかわからぬ言葉じゃ。全くわからぬ言葉じゃ。なにやら早口で、滔々と流れて行くような言葉じゃ。そして、なにか裏に恐ろしいほどの力があり、こちらをぐいと深淵に向け引き込んで行くような・・・意味はわからぬ。しかし、とにかくあれは、人の言葉ではなかった。」
「いま父上の言われることが、儂にはなんのことだか、まるでわからぬ!」
つい、四郎は大声を出した。
「どこか異国の言葉では?唐人かなにかの。あるいは、仏典にある天竺の言葉ではないのですか?父上は、ただそれを聞いたことがなかっただけでございます。言の葉は、ただ人のみが、口にするもの。人の言葉でなければ、それはただ、禽獸が、吼えたり唸ったりしただけのこと。おそらく芳一は、あまりの苦痛に我を忘れ、ただ吼え、唸っただけなのでしょう!」
父は、ゆっくりと言った。
「儂は、そうは思わなかった。あれは、確かに、何かの言葉じゃ。あとで、震えながら脇に控えておった寺の和尚に問うてみた。奴も、首をかしげておった。どこの言葉か、まったくわからぬ。唐天竺の言葉でもない。とても人の言葉とは思えぬ・・・儂が思ったのとおなじことを、和尚も言うたのじゃ・・・なにか、地獄の鬼でも取り憑いたのではないかと。」
四郎は、大きく溜息をついた。
「芳一に取り憑いたは、平家の亡霊なのですか?それとも地獄の鬼なのですか?何からなにまで、わからぬ話じゃ。とにかく、父上は、斬るのをやめたのですな。それで芳一は未だに健在と。」
父のこの馬鹿馬鹿しい昔話を打ち切ろうとして、言った。
父は黙って、頷いた。そして、ぽつりと付け加えた。
「ひとしきり、わからぬ言葉で何か言い終わると、奴はがくりと崩折れ、そのまま気を喪った。まるで、取り憑いていたものが離れていったかのように。儂もへたり込み、もはや、何をする気力も無くなった。」
「斬らずに、よう御座った。ただ錯乱しただけの罪なき僧侶を斬っておれば、厚東の評判はますます地に堕ち、東のかなたで多々良どものみ手を打って大喜びしておったことでありましょう。」
「奴に害はないと、儂にもわかったからの。そのまま捨て置くこととした。寺の側でも、芳一本人に申し聞かせ、今後一切、平家の亡霊のこと、あたりの噂にならぬよう、手を尽くすと言うてきた。」
「なるほど。それで、あまり話は大っぴらなものとはならず、ただ下々が面白げな怪異譚に仕立て、お互いこそっと言い交わす程度のものになったのですな。」
四郎は、思い出して、聞いた。
「して、先ほど、また怪異が起こっていると仰いましたな?」
「うむ。その後数十年のあいだ大人しくしていた芳一が、また近頃、あれやこれやと怪異譚を触れ回っておるそうじゃ。またも亡霊が海より現れ出て、毎夜のように阿弥陀寺までやって来ると。近在の民百姓どもが、それを聞いておそれおののき、近頃、御裳裾の宿のあたりでは、夜は誰も出歩かないそうじゃ。」
「今ごろ・・・何で?」
「いくら数十年の時を隔てているとて、国主は、あのときのまま儂じゃ。昔、その儂にあやうく斬られかかった男が、今さら敢えて危険を冒すとも思えぬ。もしかしたら本当に、海の底より亡霊が現れ、民が直接それを見て、立ち騒いでおるのかも知れぬ。」
「馬鹿馬鹿しい・・・気をしっかと持たれよ!されど、たしかに御裳裾は、壇之浦のすぐ近くでございます。平家の怨霊を装う者どもが、人目につくよう、わざとふらふら彷徨うとするならば、まさに格好の場所。拙者が多々良ならば、領内動揺せしこの折、厚東へさらに揺さぶりをかけるべく、そのくらいのこと、企むやも知れませぬな。」
「それを、確かめてほしい。」
武光は、言った。
「おそらくは、山中の村々に起こる怪異と、なんらかの関係がある話じゃ。もちろん、打ち続く災害や流行病で民心の落ち着かぬ昨今、不安になった者どもが昔話を思い出し、何やら言い交わしているだけのことなのかもしれぬ。しかし、もしかしたら、同じ根があり、同じ者どもが企てし、なんらかの策謀なのかもしれぬ。」
「わかり申した。なにはともあれ阿弥陀寺を訪い、その芳一とやらに、会ってみることと致しましょう。」
「うむ。今や、老いたる儂がこの長門国にて頼りとできるは、四郎、お主だけじゃ。お主ならば、必ずや怪異の裏にある真相を探り当て、我ら厚東一族に降りかかる災いの素を断ってくれようぞ。」
そして、身じろぎし、前へと進み、四郎の両手を握って、こう言った。
「もちろん、お主が必要と思わば、お主自身の判断で、何をしてもよい。頼む。ただひたすらに頼む。儂は苦しゅうて、不安で、夜も眠れないのじゃ。お主が戻ってくる頃には、母の病もいったんは癒えていよう。この妖しき病、命に危険だけは、無いそうじゃ。さすれば・・・小康を得てさえすれば、もちろん、すぐと対面させよう。」
「畏まって候。留守中、母の身の回りの世話を、しかとお頼み申します。」
霜降城の暗い下り道は延々と続き、三人の男たちは、落ち葉を踏みしめ、ただ黙々と歩いた。
この、警固と称した二名の武士たちが、最近雇い入れられた新参の者であることに、すでに四郎は気づいていた。すなわち、まだ四郎が城に居た頃の顔なじみではない。彼ら二人の眼は鋭く、動きは機敏で一切の無駄がない。
おそらく彼らは、本丸を出たあとの四郎の動きを監視し、確実に城を出たことを確かめ、それを山上に報ずるために付けられたのであろうと、四郎は推察した。
父は、頭の回転が速く、冷酷で、どこまでも透徹した洞察力を持つ恐るべき人物だが、こうしたところに抜けがある。人の身になり、ちょっとした違和感をもとに人がなんと思うか、慮ることができないのだ。
その欠点は、おそらく父の生まれつきのものだ。生まれつきだから、これから変わりようもない。そして、それが情操豊かな母の血をも引く自分との違いである。だから父は不用意にも、新参の、おそらくはよく訓練された配下を自分の脇に付けた。
そして、おそらくその理由は、ただひとつだ。
やがて、遠くに、かすかな灯りが二つばかり見えてきた。大手門の篝火である。男たちの足は早まり、ほどなく門脇に侍立する番兵のもとへたどり着いた。四郎の先に立って歩いていた武士が、手にした松明を篝の中に入れ、番兵に脇の潜戸を開けるように命じた。
城門の外へ出て、数丁ほど歩くと、四郎はふと人の気配を感じた。
「狩音。そこに居るのか?」
夜道の脇の闇がむくりと動いて、女が現れた。
「邑にて宿を取れと、申したに。馬は、どこに繋いでおる?」
狩音は、黙ってかなたを指さした。どこか、誰にも気取られぬところに隠してあるのであろう。
「四郎さまこそ、城に泊まられればよろしいのに。まさか、こんな夜中にのっそり出てこられるとは。」
狩音は言った。ここに着くまでのどこか脅えた、頼りなさげな風情は消え、目に凛とした光が戻っている。これから、生業へと向かう草者のそれであった。
「事情はあとで話す。これから、御裳裾へ向かうこととなった。そこで起こっておることの、理由を探る。おそらくは難儀するぞ。心してかからねばならぬ。」
「手の者は?」
「呼び寄せる暇は無い。儂と、そなただけじゃ。」
狩音は、頷いた。そして無駄なく、必要なことだけを言った。
「あたりに、多々良の監視はございませぬ。それでは、これからすぐと西に向かわれますか?」
「いや。」
四郎は言った。
「発つ前に、少し寄るところがある。お主も儂とともに参れ。」
「畏まりました・・・いずこに?」
「城の中じゃ。」
狩音は、ふと首を傾げた。
四郎の真意を探るように、ただじっとその眼を見つめた。
「実はまだ、母上と対面しておらぬ。」
四郎は言った。
「お暇を乞いに参らねば。今度の旅路は、いささか難儀しそうであるからの。門に控えし者どもに気取られぬよう、まずは城中にそっと戻る。なに、案ずるな。搦手の谷底に、お主の知らぬ入り口がある。ついて参れ。」