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海峡奇譚  作者: 早川隆
14/71

第八章  昭和三年 (1928年) 秋   倫敦 ケンジントン周辺

「単刀直入に言おう、ミスター・アサノ。」

ドイルは、変わらぬ赤ら顔の温顔で、静かに続けた。柔和な表情だが、眼は笑っていなかった。


「あなたを、我が国、ひいては全欧州の心霊界に迎え入れるに当たり、あなたのあまりに風変わりな経歴について、多少の懸念の声が上がっているのだよ。」

ドイルは言った。

「いや・・・かつての同盟国民に対する礼儀を考えてしまうのか、私もまだ歯に衣を着せたような曖昧な言い方をしておる。申し訳ない、要は、君が日本帝国の諜報員(エージェント)ではないかと疑う者がおるのだよ。」


浅野は、呆然とした。

「私が・・・?日本の、スパイですと!」

「さよう。先ほども言ったが、このこと素直に申し上げるのは、君に対する私の好意だと思ってくれ給え。」


ドイルは言うと、威儀をただし、(わし)のように鋭い眼をしてこう言った。

「君は長年、日本海軍に所属する軍人だった。そして、われわれのことばの優秀な読解能力を持っておる。そんな君に対し、ともに心霊研究を行うということは、英国の社会階層上位に属し政治軍事にも影響力のある面々が、もっとも個人的(プライベート)な心の内側を、君に(さら)す場合も出てくるということだ。」


「それは、(いささ)か誤解ですな。私は、たしかに軍属であり、英文学の教員でしたが、正規の海軍士官だったことはない。もちろん翻訳家ですから、難解な英文でもなんとか読解は可能だが、会話能力は、いまお聞きのとおり、ひどいものです。」

「そうかもしれない。しかし、貴国から遠く離れたこの大英帝国の首都からは、そのようなギャップは、あってもなくても同じ、ごく些細(ささい)なことのように見えてしまう。君のその、ちょっとぎこちない英語の発音にしても、もしかしたら相手の警戒を解くための偽装では、と考えることもできる。」


「なるほど。のっぴきならない罪を着せられつつあるのですな私は。事情は理解しました。弁明はあとで行うとして、まずは、私に掛かっているという嫌疑の全容を、もっと仔細(しさい)にお聞きしましょう。」


「そうこなくては。これで、私も大いに話がしやすくなる。」

ドイルは、赤ら顔に(しわ)を寄せて、笑った。こんどは、本心からの笑いのように見えた。




「彼ら・・・大英帝国きっての愛国者たちで、純粋・忠良な者たちだ。君のことをあげつらうのも、英国を想う以外の理由はない。それはこの私が保証する・・・彼らは、あなたが国を()われた一連の出来事を、いわば、大日本帝国当局との談合の末に演じられた、壮大な茶番劇だと考えているのだよ。」


「なるほど。たしかに、私のこれまでの経歴は特異です。いろいろな意味で、私のような人生の有為転変(ういてんぺん)を経験した者は、地上・霊界(・・)ともに広しといえども、他には居ますまい。」


浅野も笑い、ドイルと眼を合わせた。

ふたりは、ふと黙り、一拍おいて声を合わせ大爆笑した。


ひとしきり笑ったあと、息を整え、浅野は気軽な調子で言葉を継いだ。

「どうぞ、ご遠慮なく。それがたとえ仮初(かりそめ)の姿だとしても、私はただの民間人です。言われて不都合なことはありません。お仲間のあいだで(ささや)かれている、この怪しい日本人についてのご懸念を、すべて仰って下さい。私は、私にできる限りの弁明を致します。そのうえで、なおも私が(よこしま)な魔女だと皆さんが判断なさるのであれば、仕方がありません。磔台(はりつけだい)の上に登り、ただ従容(しょうよう)と火刑に処されることと致しましょう。」


なおも笑っていたドイルは、やがて、いかんいかんという調子で咳払いをし、やや威儀を改めて、答えた。

「君のその諧謔(ユーモア)は、大いによろしい。しからば、言おう。貴国は、実に個性的な歴史と文化を持った国だ。そして、過去数十年にわたり、西洋を驚かせ続けている。その実績、その実力を、君たちは誇っていい。しかし、うち続く成功で、君たちは極東で力を持ち過ぎた。そしていま、君たちの存在自体が、亜細亜(アジア)の安定に対する懸念材料となっておる。」


浅野は(うなず)いた。しかし、その一方的な言い分に対し、頷いたままで良いのか、ふと、首をかしげるような仕草をした。




ドイルは、浅野の気持ちを、わかっている、という風にその大きな手で抑えると、続けて言った。


「要は、我々大英帝国にとって、やや(うるさ)い存在になったということだ。もちろん、私の個人的な意見は違う。わが国が、欧州でカイゼルに勝利することができたのは、大いに君たちの海軍力に(たす)けられたからでもある。わが大英帝国艦隊が、全艦艇を集めドッカー・バンクやジャットランドで独逸(ドイツ)の大海艦隊と決戦することができたのは、ひとえに貴国海軍が人知れず駆け回り、全世界に広がるわが大英帝国の植民地領群を安定させてくれたお陰だ。」


「その10年前、貴国が我が国にしてくれたことと同じです。同盟国に対する、当然の恩返しですよ。」

「さよう。たとえ政治的理由によりそのあと同盟が解消されたとて、両国軍のあいだに長年醸成された信頼関係は、すぐと揺らぐものではない。しかし・・・これは主として、我々西洋人側の心情の問題なのだが、我々同様の軍事的成功を収め、大いに国運を隆盛させておるアジア人の新興国に対する、心の深いところにある本音は、少しばかり微妙なものだ。」


「わかります・・・それは、我々側が心の奥底で感じていても、なかなか口には出せない微妙な領域の話です。お話下すって、ありがとうございます。」

「わかってもらえて、嬉しいよ。よって、我々の仲間内での会話において、君たちの成功に対する評価は、時として、やや峻烈(しゅんれつ)なものになることもある。」

「なるほど。」




「彼らいわく・・・いや、もっと正直に言うと、私自身がその論陣に加わったこともあるが・・・要は、君たち日本人は、模倣の天才だ。真に独自のものを産み出す才はなく、古くは偉大だった頃の中国、最近では西洋に(なら)い、その知識や技術を無償で吸収し、それをうまく使う。」

「半分当たって、半分外れておりますな・・・構いません、先をどうぞ。」


「真実はともかく、要は君たちを『合法的な泥棒』と見なす、根強い見方、ないし偏見が存在するのだよ。我々のあいだでは有名な話だが、たとえば、日露戦争で君たちを勝利に導いたとされる、下瀬(しもせ)火薬の一件がある。」

「聞いたことくらいはありますが・・・私は、その件については、よくは知りません。どうかご教示ください。」


「なに、どこまでが本当のことなのかは、誰も知らんさ。ただ、伝えられているところによれば、こうだ。かつてフランスに、強烈な爆発力を持つピクリン酸による火薬があることを、君たちの駐在海軍士官が聞きつけた。かれは口実を設けて研究所を視察し、おそらくは売込みの期待を込めつつその火薬の威力を嬉々として自慢する研究者の眼を盗んで微量を爪のあいだに擦り込み、これを持ち帰って分析し、忠実に複製(コピー)した。」


「なるほど。」




「こうして君たちは、本来、欧州人に支払うべき膨大な額のライセンス料を全く支払うことなく、その技術を盗んで、強力な無煙火薬を手にした。そしてそれを、その欧州人の艦隊に対して使用した。すなわち、一斉射ごと盛大に煙を発して視界を(ふさ)ぎ、戦闘の円滑な継続を困難にしてしまう、旧式な黒色火薬しか使えぬロシア艦隊を、悠々と対馬(ツシマ)で圧倒したのだ。」


「初耳ですな。私がかつて勤務していた海軍機関学校では、そうした火薬についての実験や講義などもなされていたが・・・まあ、自国に都合の悪いことは、自国では語られないのかもしれませんね。」


「いや君、この話については、私にでもわかる、おかしなところが多々ある。」

「えっ・・・それは、どのような?」




「私は海軍のことについては(うと)いが、かつて前線で医療に当たっていた経験がある。近代戦において、戦闘の帰趨(きすう)に決定的な影響を及ぼすのが大砲の威力であることは、身にしみてわかっておる。野戦病院に担ぎ込まれてくる負傷者の半数以上は、いまや銃創(じゅうそう)ではなく、どこの戦場においても砲撃による犠牲者なのだよ。」

「なるほど。日露戦争でも、砲撃力は大きな勝敗の要因になったと聞きました。」


「そして、大砲の威力とは、その射程距離の長さと、爆発力のことだ。しかし。」

「しかし?」

「下瀬火薬は、その爆発力のみを担保する、炸薬(さくやく)としてしか使えない。君、艦艇の主砲の発射の様子を、内側から見たことはあるかね?」

「まさか。最上級の国家機密でしょう。見せる国など、ありませんよ。」


「私は、ある。地上に()え付けた重砲だがね。艦艇に搭載されている主砲と遜色ないものだ。まず大砲の尾栓を()け、装填手が、数名がかりで先の尖った弾頭を込め、そのあとすぐに、布で覆われた丸いものを突っ込む。そして、長い金属棒で両者を押し込むのだ。」

「なるほど。」


「弾頭には、その堅い外殻の中に、大量の炸薬が詰まっている。これは、目標に着弾した際の爆発力を発揮するものだ。そして、次に込められた丸いものの中には・・・。」

「発射薬、ですな。」

「そのとおり。しかし、もし語られるとおり対馬の海戦で下瀬火薬が使われたのなら、それは、炸薬としてしかあり得ない。」


「なぜですか?」

「ピクリン酸は、鋭敏すぎて発射には使えないためだ・・・もし使ったら、瞬時に砲身を(いた)め、せっかくのその重砲は、その後一切、戦闘を継続できなくなってしまう。事実、君の国の海軍は、あのとき発射薬には我が国から全面的に輸入したコルダイトを使っていた。」

「なるほど・・・調査が行き届いておられますな。」


「元軍医のようなものだからね。このような技術的、化学的な事実(ファクト)は、仲間内に照会すれば、すぐに判る。ともかく、あのとき下瀬火薬は、発射薬としてではなく、堅い弾殻に充填された、炸薬としてのみ使われたのだ。よって、『盗んだ無煙火薬の効果で視界を失わなかった』という私の仲間による告発は、おそらく誤解、ないし無知による誤りだ。おそらくは、白色人種の艦隊を海戦において圧倒した黄色人種の技術的優位性を(おとし)めるための作為が入った話だ。」




「われわれのために弁じていただき、感謝いたします。」

「本題に入る前に、いちおう、私自身の偏見の無さと公正さを主張してみただけだよ。肝心なのは、ここからだ。すなわち、ここ数年の君の祖国の動きは、我々にとってひどく不気味で、不愉快だ。欧州大戦で疲弊した我々を横目に、遠く離れた極東で力を蓄え、戦時景気の恩恵を受けてその経済を飛躍的に発展させ、軍事的余力の無くなった欧州の眼を盗んで、ひとり中国大陸にて着々と勢力を伸ばしている。」


「まあ、そうも、見えるでしょうね。」

「その野心はとどまるところを知らず、ロシアを乗っ取った無産主義者たちからチェコ軍団を救出すると称してシベリアに大軍を派し、バイカル湖畔にまで進出する。今はいったん撤兵したが、このままでは、あの広大な未開拓地(フロンティア)、シベリア全域が大日本帝国に併合されてしまうかもしれない。」


「シベリアへの干渉戦争については、貴国の軍もご一緒だった筈です。」

「そのとおりだ。だがその規模、徹底の度合いにおいて、大いに違っていただろう・・・まァ聞き給え。いっぽう、海軍も装備を一新し、わが国の超弩級戦艦(ドレッドノート)の技術をふんだんに盛り込んだ新戦艦を、ヴィッカースの造船所で建造し、それをまた忠実に複製(コピー)して同型艦三隻を、自国の造船所で製造する。」


「戦艦『金剛』の話ですね。そのあと確かに我々は、自国の造船所で同型艦三隻を建造し、それらは有力な主力艦として、現在、全国民の誇りになっています。しかしそれは、もともとの契約どおりです。」

「全くだよ。だが、君たちをよく思わぬ者たちの眼には、そうは映らない。君たちが、一隻分の代金で、技術を合法的に盗み、次なる三隻を複製したと映る。そして、その過程で習得した技術を、次なるまた別の型に。」


「言えていなくもないが、かなりの言いがかりですな・・・しかし、そう考える人も居るのでしょう。」

「そのとおりだ。『合法的な泥棒』とは、君たちにとってはただの言いがかりだろうが、白人を有色人種の上位に置いておきたい彼らにとっては、真実に他ならないのだよ。」




「なるほど。よく分かりました。しかし、そうなると、いくら私が自分で弁明したとて、ご理解いただくことは非常に難しそうですな。私が、横須賀の海軍機関学校で17年に亘り英文学の教鞭(きょうべん)()っていたことは、紛れもない事実です。ディケンズなどの英文学書を、はじめて日本語で全訳し、出版したことも。そのあと心霊研究の道に入り、大本(おおもと)という宗教団体に入信し、当局からの弾圧を受けたことも。すべてが、おそらくあなたのお調べのとおりです、そのことに、付け加えることも、訂正することもない。」


浅野は、困ったような顔で続けた。

「いや、この濡れ衣については、自分でも大いに弁じて嫌疑を解きたいのだが、過去の事実については、すべてあなたがたはご存知のようだ。そして、その裏に陰謀があり、私が諜報員(エージェント)だと仰るのであれば、もうその嫌疑は、解きようがない。かつて私は、大本の幹部ということで官憲に逮捕され、長期に(わた)って尋問されたことがあります。あのときに悟ったのだが、いちど疑われた人間は、たとえその嫌疑が合理的に解消されたとしても、容易に許されることはない。その底に悪意がある、陰謀がある。そのように疑われたら、もう逃れようがないのです。なぜならそれは、嫌疑をかける者の、心情の問題だからです。」


「では、どうするね?」

ドイルは、にっこり笑って、浅野に問うた。

「あなたは、遥かユーラシア大陸を横断して、数ヶ月もかけてここにやって来た。世界スピリチュアリスト会議の、栄えある初の日本代表としてだ。なのに、その会議に出られず、英国にも(とど)まれずに、すごすごと故国に戻らねばならないのだとしたら。」


「さて・・・困りましたな。」

浅野は、素直に困惑を表情に出した。

「今回の渡欧については、すべてが自費ではない。多数の心霊研究家や有志からのカンパに()っている。彼らに、なんと言い訳したら良いのか・・・まあ、英国の心霊界の状況については、いろいろと見聞は深めました。ライト誌のガウ氏のご紹介で、あちこちに市井の知己も得た。あと、帰路にアメリカに渡り、ボストン周辺の心霊研究の事情なども伺えそうだ。なので、そのあたりの報告で胡麻化すか。会議には、福来(ふくらい)教授は出られるのですな?だとしたら、大使館の誰かに頼んで、氏の日本語を同時通訳してもらえば、なんとか格好はつくか・・・。」


ドイルは、なおもニコニコしている。浅野は続けた。

「まあ、この経歴ですからな。いわば前科者です。日本に居ても、信用がないのですよ。大本への弾圧については、当局は本気でした。我らが信者をかどわかし、集団で武装蜂起すると思い込んでいたらしい。検挙の日、教団の敷地内で、もし何らかの武器でも見つかっていたとしたら、今ごろ私は、ここで貴方とお話などしておれなかった。ぶらりと、ぶら下がっていたことでしょうよ。」


「ぶら下がっていた?」

ドイルは、不思議そうに問うた。

「絞首刑ですよ。」

浅野は、顔色を変えずに答えた。

「それ以前に、日本の無産主義者が、天皇に対する爆弾テロを計画したことがありました。その一党はことごとく捕縛され、処刑されてしまいました。ひとつ間違うと、私もそんな目に遭っていたかもしれないのです。大日本帝国は、秩序に対する反逆者は容赦しません。」


「それは・・・災難でしたな。大掛かりな宗教弾圧に遭われたことは知っていたが、その詳細までは、我々の仲間には伝わっておらぬようだ。いつ釈放されたのです?」

「なあに、拘束されていたのは大した期間ではありませんよ。なにしろ全くの無実だったのですから。ただ、教団施設は徹底的に壊され、教団はその後、組織としても、ばらばらになりました。」

「なるほど。」


「その後、私は居場所を無くしましてね。当然、こんな前科者が海軍になど戻れない。文学界も、霊界の実在を説く怪しい学者を受け入れるような度量はありません。もちろん、今さら教団に戻るわけにもね。なので、自分で心霊研究の会を作り、活動の拠点としました。」


「それが、あなたの経歴にある心霊研究会のことだね。」

「そのとおり。幸いにも、わたしたちを支援してくれる同志は多くいるのですよ。皆々、心のうちには心霊との交流を望んでいるもののようですな。こうした救けによって今日、私はここに居るのです。なので、彼らに対し、申し訳がたたぬようなことにだけは、ならないようにしたいのです。」




「それは、あなたが、故国にて待つ同志たちに、何らかの成果を持って帰らなければならぬ・・・そういうことですな。」

ドイルは言った。


「そのとおりです。浅野を欧州に()って良かった、日本の心霊学会の存在を存分にアピールしてきた、それだけの成果を持ち帰った・・・そうした、胸を張って主張できるなにかが無ければね。ただ、錚々(そうそう)たる英国の重鎮(じゅうちん)方にスパイと思われているのなら、仕方がありません。なにか別の、次善の策を講じないと。」




「イヤ分かった、悪かった。」

ドイルは、急に打ち解けた様子で大仰に手を振った。


「君は、試験(テスト)に合格したよ。わたしは、敢えて直接的な言葉で疑惑のことをそのまま教え、君の反応を試した。私はもと眼科医だ。また推理小説なども書いて、人間の心理分析にも()けている積りだ。私は、君の仕草や目の動きを観察した。嘘をつく人間、あるいは偽りの自分を装う人間は、必ず目もとに何らかの不自然な反応が出るものだ。しかし君は素朴かつ自然で、ただ同志たちの期待に応えられない状況に困惑しているだけだ。君は、諜報員などではない。」


浅野は、まだ困惑している目でドイルを見た。ドイルは続けた。

「ここで、これまであなたに色々失礼なことを(しつ)したのは、いわば、私の側でも、私の同志たちに対する義務を負っているからだ。そう理解してもらえると嬉しい。すなわち、我々の新たな友人が、本当に友人たるべき、信を置くべき人物なのかどうか。それを見極め、心霊研究の徒であり同時によき愛国者である彼らを安心させることは、私の義務なのだ。」


「ということは・・・私は、無罪放免ですかな?」

浅野は聞いた。

「その通り。火刑に処されることなどない、もちろん絞首刑にも。私達の側での疑惑については、顔役である私が、きちんとケリをつける。心配しなくていい。今後、あなたは、ただ堂々と振舞い、したいことをし、会いたい者に会い、心霊研究界の日本代表として対等に我々と接してくれ給え。イヤ悪かった。友人に対して、失礼なことを申したよ・・・顔役の、つらいところだ。」


血色のよい赤ら顔を皺だらけにして、破顔した。なんら邪心のない笑顔だった。

浅野も、笑った。

一対一フェイス・トゥ・フェイスとは、こういう理由ですか。」

「そのとおりだ。集団であなた一人を吊るし上げるのは、礼を失している以前に、全くもってフェアではない。また、一対一では話せることも、その状況だと、お互いなにも話せなくなってしまう。医師の仕事は、治療すること以前に、まず一対一で相手と対面して、相手を理解することだ。」


「なるほど。診断にあたってくれたのが名医で、助かりましたよ。」

浅野は、ほっとして言った。


ドイルは、また笑って、

「君のその諧謔(ユーモア)の精神は、素晴らしいよ。ひどい目に遭わされたのに、その相手に怒りをぶつけることなく、どこ吹く風と冗談にして、双方の感情を和らげ、許す。素晴らしい資質だ。たぶん、君の周囲に人が集まるのも、その人柄と、諧謔があるからこそだろう。」

そう、感じ入ったように言った。


「その点、私は強面(こわもて)でね。そのせいか、この国における心霊現象に関する議論は、あからさまな人格攻撃と中傷、冷笑と不寛容とに満ち、常にぎすぎす(・・・・)している。あなたが心に持つおおらかさと余裕を、我々も見習うべきだと思うよ。」


「あまりにも、身に余るお言葉で。」

浅野は肩をすくめ、やや恐縮しながら言った。

「いろいろと、経験をしましたから。現世(うつしよ)におけるわが人生など、なにか(たち)の悪い冗談だとでも思わないと、やってられないことが多かったのです。」




「|汝の光、いまいずこにやあらん《Where is thy lustre now》?」

ドイルが、荘重な口調で浅野に問いかけた。

「・・・もしかしたら、我らの光は、もはや霊界にしか無いのかも知れないね。」


浅野は、ちょっと考えて、答えた。


「|生きるか死ぬか、それが問題だ《To be, or not to be: that is the question》。」

そして、悪戯っぽく肩をすくめ、にっこり笑って、こう付け加えた。

「|ところが、呑気者は、長生きしてしまう《But,an easy person lives long》。」




二人はまた顔を見合わせ、大いに笑った。


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