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跡継

作者: 新月

ぼくが小さい時、森では年に数回豊作や厄除けを願う儀式が行われていた。


執り行うのは一人で森の中の神殿に住んでいる若い神官。儀式の日には誰も森に入れなかった。神官の家族でさえも。



禁止されると見たくなるもの。


残暑も過ぎたある晩、近所の子供と家を抜け出し森へ入った。その日は厄除けの儀式が行われるはずで、森は朝から立入禁止になっていた。



儀式を見た奴には神罰が下るらしい。どんな罰が当たるのか見てやろうじゃないか。




ぼくらはそんな風に笑い合い、森の中へ入っていった。



夜の森へ入るのは初めてだった。


夜は昼の森とは全く違う。昼間は遊び道具になっている木や岩が、急に冷たい顔になってしらんぷりしている。まるで彼らでさえも侵入者を嫌っているように。


さっきまで笑っていたのに、みんなどことなく重い気分になり、黙々と進んでいった。



ぼくは最後尾を歩いていたが、突然後ろから服を引っ張られ、悲鳴をあげそうになった。


恐る恐る振り返ると枝が引っ掛かっている。


ぼくは安堵と呆れの溜め息を吐き、枝を外した。しかしその僅かな間に、一緒にきた子供達はいつの間にか姿が見えなくなっていた。



夜の森に一人取り残されたのに気付くと、ぼくは途端に不安になった。


森には儀式の邪魔者を罰する木のお化けがいるらしい。徐々に漂い始めた霧の中からお化けの手が伸びてきそうで、ぼくは泣きそうになりながら元来た道を引き返した。



どのくらい歩いたのか。


いつまで経っても出口に辿り着かず、道を間違えたかと思い始めた頃、霧の奥に光が見えた。家の明かりとは違う、もっとぼんやりしたもの。


ぼくは叢の陰に隠れて、正体を見極めようと目を凝らした。



光の正体は蛍のような小さい炎だった。


それがいくつも飛び回っている。炎に照らされて、手足の異様に長い、枯木のような青年が立っているのが見えた。


青年は低い声で何か歌っているようだが、声が小さくて聞き取れない。炎はその声に合わせて踊っているようだ。




ぼくが思わず見とれていると、不意に全ての炎がぴたりと動きを止めた。ついで青年がこちらを振り返る。大きくて光る、蛇のような瞳と目が合った。ぼくは反射的に立ち上がり、方角も何も分からないまま、青年に背を向けて逃げ出した。今にも後ろからお化けの手が伸びてくるのではないかと怯えながら。転ばなかったのは奇跡だろう。随分走ってから振り返ると、炎も青年も、既に霧に隠れて見えなかった。



ようやく森から出ると、そこには一緒に来た子供達がいた。彼らは結局神殿まで辿り着けずに引き返してきたが、ぼくの姿がないので随分焦ったらしい。



あの日からしばらく後、森に落雷があり、神殿をはじめ幾つかの建物が焼けた。


しかし中に住んでいた神官は見つかっていない。



ぼくはあの日見た青年が神官だったのではないかと思い始めた。


あれからよく夢を見る。大きな実をつけた細い木の下に立つ、枯木のような青年の夢。


古代には神官が交代する際、神殿の前の大きな木の下で前の神官が殺され、宣託によって新たな神官が選ばれたという。


夢の中に出てくる青年は、見開かれたままの蛇のような瞳で、じっとぼくを見つめている。

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