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ヒルデという女②

「それに『いっそ殺してくれ』と泣きながら言っていましたよね。あれが、神様が良しとする行動なんですか」

「うぐっ」


 溝田の問いにヒルデさんは言葉を詰まらせる。それに僕は目を丸くした。

 それはそうだろう。あの場で命乞いはしないと言い切ったヒルデさんが、溝田相手に醜態をさらしたようなのだ。ヒルデさんの様子からも溝田が嘘を言っているようには感じない。


「どうなんですか。きちんと言葉で肯定か否定か答えてください」

 溝田はヒルデさんの様子を気に掛ける気もないようだ。容赦なく答えを急かす。

「あー、もう勘弁してくれないか」

「勘弁しません」

 溝田は真面目な口調でそう言った。


 それを見ていて僕は、ヒルデさんがかわいそうに思えてきた。そもそも何でここまで話がこじれてしまったのだろうか。

 ヒルデさんからしたら、軽い気持ちで粉雪さんの手合せの持ちかけを受けただけだっただろうに。それなのに自身の考えを否定され、そのうえ一方的に拒絶された。


 溝田も今、彼女を責めている。2人は一体、ヒルデさんをどうしたいのだろうか。いや2人だけではない。ロナさんも僕に彼女を頼むと言ってきた。


 僕は溝田と亜麻猫さんにこの場を完全に任せ、自身の考えをまとめることにした。


 まずはヒルデさんの考えについてだ。

 彼女は粉雪さんに嘘をついた。それは僕でも分かる。ヒルデさんは女神様の為に自死を選ぶ性格ではない。

 だからといって、女神様に忠誠を誓っていないというわけではない。それは言葉の節々から分かる。


 ロナさんはなぜ僕にヒルデさんを頼むと言ってきたのだろうか。

 ヒルデさんが僕を気に入っているからだろうか。いやそれだけでは頼まないだろう。ロナさんは僕の何を信用して任せようと思ったのだろうか。

 ロナさんは彼女の話を聞くだけでも良いと言っていた。けれど、反論もしてほしいと言われた。


「強君はどう思う」

 不意にヒルデさんに声を掛けられた。

 僕は反応に困ってしまい「えっと」と口にしてしまった。これでは話を聞いていなかったことが丸わかりだ。けれどヒルデさんが言葉を続けてくれた。

「君なら分かるんじゃないか。君は姉を助けるために死にかけたじゃないか。誰かの為に自分の命を懸けるのは悪いことじゃないだろ」


 体が一気に冷たくなっていくのが分かった。それはヒルデさんの言葉によってだけではなく、彼女の顔を見てしまったからだ。

 顔はにっこりと笑っているが、眼が笑っていない。声色の必死さも痛々しさを増長させている。


 あの時の僕は周りから見たらこんな感じだったのだろうか。僕は造り笑顔を浮かべる余裕なんてなかったが……。

 ロナさんが僕にヒルデさんを任せると言った理由が分かった。それならヒルデさんの問いに言うことは1つだ。


「わかりません」

「そうだろう……。え?」

 ヒルデさんは僕が同調してくれると思っていたのだろう。返事を聞いて呆然としている。


「僕は二度とあんなことをする気はありません。それにヒルデさんは誰かの為にと言いますが、自分の為ですよね。女神様はそんなことを本当に望んでいるんですか」

 僕はあえて厳しめの口調でそう言った。

「そ、それは……」

 もしかしたら意地を張って「そうだ」と即得してくるかも知れないと思ったが、そこまでの気力は残っていないようだ。

 

 そういえば、前にロナさんがこんなことを言っていた。

 天使見習いの間では、女神様の言うことに従うのが最高の幸せだと。

 ヒルデさんにとっての女神様は、僕にとっての凛姉のような存在なのだろう。

 そして彼女にとっての不幸は、女神様が全知全能を謳っているから、他の天使も女神様を崇拝しきってしまっていることだ。それはロナさんも言っていた。


 先の溝田の、ロナさんに嫉妬しているのか、という質問の答えはそういうことだろう。

 おそらく彼女も神様が間違いを犯しているのはわかっているはずだ。それなのに気に入られたくて、優等生の仮面を被り、口を閉ざす。

 それだけ自分を押し殺しても、自由人のロナさんが女神様の評価を勝ちとる。


 だから粉雪さんにあんな嘘をついたのだ。


 それなら1つ強烈なことを言って反応を見よう。その結果如何によって今後の対応を考えようと僕は思った。

「もしそうなら、僕は女神様を軽蔑しま――。「違う! 女神様はそんなことを望んでいない」

 僕が思い切って否定の言葉を述べようとしたら、ヒルデさんが遮ってきた。

 おそらくだが、溝田も亜麻猫さんもその反応を見て、一安心できただろう。僕もそのうちの1人だ。


「どういうことですか」

 今度は優しい口調で、僕はヒルデさんに語りかけた。

次回更新は12/30になります。

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