互角の勝負です。
結局僕たちは女将さんたちの話し合いを聞かず、2人の模擬試合を見学することにした。それというのも……。
「よーし。お姉ちゃん頑張るからな」
「うん。頑張って!」
からあげを食べさせてもらったからだろうか、ジーク君がヒルデさんになついてしまい、2人の試合を見たいと言い出したからだ。本当なら回復要員としてロナさんだけ裏庭に行ってもらおうと思っていたが、色々と心配になり僕も行くことにした。そして凛姉と溝田を2人きりには、まだできないので食堂に残すことはできない。だから全員裏庭に行くことになった。
「思ったより早かったな」
「全員来たのね」
裏庭ではすでに準備を終えている粉雪さんと亜麻猫さんが待っていた。軽く手合せをしていたのだろう。2人とも衣服が少し乱れ、砂埃を被っていた。
「ええ、色々ありまして、話し合いは完全にエクスさんたち任せです。それと……」
僕は亜麻猫さんの問いに、後ろの野次馬たちを示しながら「こっちに何人かついて来ていますが、4~5人くらいは残っていますから、変な話になったら止めてくれるでしょう」と答えた。彼女はしぶしぶだが納得してくれたようだ。
「まぁ、それならいいわ。それよりヒルデさんは聖水飲まなくてもいいの?」
「さっき1本だけ飲ましてもらった。ちょっと待ってくれ」
ヒルデさんはそう言って呪文を唱える。するといつのまにか右手に自身の身長より少し長い、穂先の下あたりに斧みたいなのがついた槍を持っていた。それを見て準備が出来たと思ったのだろう。粉雪さんが口を開いた。
「怪我はしても恨みっこなしで良いな」
「ああ、死ななければロナが治してくれる」
2人とも当たり前だが、物騒なことを言っている。
やっぱり真剣を使っての勝負になるのかと、僕は不安に思った。
それに血飛沫はジーク君の教育に悪いような気がする。こちらの世界ではもしかしたら当たり前かもしれない。鶏を絞めたり、猪の血抜きを経験はしていないだろうが、大人がしているのを見てはいるだろう。しかし心配なので一応聞いておこう。
「ジーク君って、血が流れたりするのは大丈夫なの」
声に出してから思ったが、とんでもないことを聞いているなと思った。凛姉と溝田は驚いた顔をして僕を見ていた。けれどジーク君は平然としている。
「うん。鶏さんを絞めるのを手伝ったり、血抜きとかもしているから。それに粉雪お姉ちゃんなら、大丈夫でしょ」
凛姉たちはジーク君の言葉を聞いて、さらに驚いている。僕もその1人だ。
元いた世界で、もう定年退職したが、からあげが食べられないという上司がいた。最初アレルギーかなと思ってその人に理由を聞いたら、子供の頃家の手伝いで何羽も鶏を絞めたから、それを思い出して食べられないと答えてくれた。その時は、やっぱり子供の頃の経験は後を引くのだなと思った。
けれどジーク君はトラウマにはなっていないようだ。さっきも普通にからあげを食べていた。
この子が特殊なのだろうか、それともこの世界では普通の事なのだろうか。
まぁ、この世界では血を見るのは普通のことなのだろう。もし常軌を逸しているのなら周りにいる冒険者が止めているだろう。
それにジーク君が言ったように粉雪さんは配慮ができる人だ。あとヒルデさんも腐っても天使だ。ある程度は考えて行動してくれるだろう。
「魔法とかなんでもありで良いな」
「ああ」
こっちでごたごたしている間に、2人の間でルールが決まったようだ。審判は僕の時みたいに、亜麻猫さんが務めるみたいだ。
「それでは勝負――。「ちょっと待ってくれ」
ヒルデさんは亜麻猫さんの言葉を遮り、こちらへ、ニヤケ面を浮かべながら振り返った。そして――。
「ジーク君。お姉ちゃん頑張るからな」
そう言ってジーク君相手に手を振っている。あれはジーク君が心配で様子を見る為とかではない。あきらかに“お姉ちゃん頑張って”と言ってもらいたい者の顔だ。それはロナさんも理解しているようだ。
「はい。ヨーイ、スタート」「え、あ、試合開始」
「へ、うお」
ロナさんは呆れたようで、勝手に試合を開始してしまった。それにつられ、亜麻猫さんも開始の宣言をする。そして、粉雪さんは亜麻猫さんの宣言を聞いてから動き出していた。僕の時みたいに、首に刃を当てに行こうとしていたのだろう。ただ、ヒルデさんも反応が早かった。槍を薙ぎ払うようにして、粉雪さんを自身の射程範囲から退避させた。
「当てたと思ったんだが……。って、おい」
ヒルデさんの言葉のように粉雪さんは、寸でのところで避けていた。
ただこれは粉雪さんにとって、ギリギリ避けられたということではない。その証拠に、ヒルデさんに一息つかせる間も与えず、次の攻撃に移っていた。
「クソ」
だがその攻撃も槍で薙ぎ払われる。今度はヒルデさんの攻撃が粉雪さんを捉えた。だが粉雪さんは刀の鞘で攻撃を吸収して、その後槍の動きに合わせて、体を転がした。手が痺れるといったダメージはなさそうだ。ただ、袴はさっきより砂まみれになっていた。
「やるじゃないか」
「有効打を与えられていないのに褒めないでくれ」
ヒルデさんはやっと一息つくことができたようだ。相手を褒める余裕ができている。けれどその賛辞を粉雪さんは快く思っていないようだ。少しムスッとしながらそう言った。
だがそれにヒルデさんは反論する。
「3倍の技量が必要なはずなのに、それだけ喰らい付いてこられれば十分だ」
次回更新は12/15になります。




