凛姉の決断③
やっぱり凛姉が口を挟んできた。ただ意外なことに、きっぱりと強めの否定の言葉を溝田へと投げた。
それに溝田が反論する。
「何でそんなこと言うの。どこで暮らそうと私の勝手でしょ」
溝田さんの言うとおりだ。けれど凛姉も覚悟を決めたのか、怯まず溝田と対峙する。
「こっちの世界はモンスターが出るんだよ。それでも良いの?」
「別に大丈夫だよ。私、強いみたいだし。天使のヒルデさんの動きを魔法で止められたし」
僕は表情には出さなかったが、内心驚いた。
僕に対して魔法を放とうとしていたので、ある程度は実力があるのだと思っていた。ただヒルデさんを止めることができたとなると、停止魔法が使えるということだろうか。
僕は台所にいるヒルデさんの方に顔を向けた。すると彼女がこちらに向かって来ていた。
「あ、おい。それは内緒に――。「すみません。戸、閉めておいてくださいね」
その彼女を、からかうネタが出来たからか満面の笑みを浮かべたロナさんが、後ろから首根っこを掴んで、台所へと連れ戻して行った。
ロナさんに言われた通り、僕は戸を閉めた。その戸はスライド形式の物で、戸の面積の大半がすりガラスでできているため、台所の様子をこちら側からある程度推測できてしまう。ヒルデさんが身振り手振りロナさんに弁明しているようだ。
なんとなくいたたまれなくなった僕は、意識を凛姉たちに戻す。凛姉たちも今の今まで、ヒルデさんたちの方へ意識が向いていたようで、話は進んでいなかった。
「だから、自分の身は自分で守れるよ」
「さっき粉雪さんに押さえつけられていたけど?」
溝田さんは自信満々に言ったが、それに凛姉は辛辣に返事をした。
確かに溝田さんは粉雪さんに押さえつけられえた。しかしそれを言うのは酷だ。
パーティの中で1対1の勝負をして1番強いのは粉雪さんで間違いない。その彼女と比較するのは違うと思う。
「あれはあの人が強いからでしょ。ヒルデさんから聞いているよ」
それでも溝田さんはへこたれず、凛姉に食らいついていく。
「そうだね。けどね――」
凛姉は“バレたか”といった顔をした。ここで初めて僕は、凛姉の手に聖水のビンが握られていることに気が付いた。あれは枕元に常備しているものだ。おそらくヒルデさんがこちらの部屋に入ろうとした時に、凛姉だけは彼女を見ずにビンの方へ意識を向けたのだろう。
僕は、凛姉がそのビンを口に持っていくのに反応はできたが、止めることはできなかった。
「停止」
「え、あれ」
あれは僕がいつも使っている魔法の劣化版のようなものだ。凛姉が使うあの魔法は体の一部しか止めることができない。だから今溝田さんは腕は動いているが、どうやら足だけ動けなくなっているようだ。
「私が一番弱いんだけど、その私の魔法をまともに食らっていたら、こっちの世界では話にならないよ」
「そんなこと――。「黙って」
溝田さんは反論しようとした。だが凛姉はビンの聖水を全部飲み干し、今度は溝田さんの口を塞いだ。
こうなったら、そろそろ僕も口を出すことにしよう。今までは話し合いのていをなしていたので黙っていたが、こうなってしまってはしょうがない。
僕は腰に携えている聖水のビンを手に取り、少し口に含んだ。
「解除。もう動けるだろ」
「あ、うん。ありがと」
僕の行動を凛姉は邪魔してこなかった。無駄なことをしたくなかったのか、邪魔をしたら僕が今以上に聖水を飲んでしまうから心配したのか、どちらだろう。
「凛姉。さっき寂しそうにしていたでしょ」
溝田さんたちから電話が来る直前の事だ。凛姉が『お泊り会みたいだね』と言った時、すごく寂しそうな顔をしていた。あれは溝田さんの事を考えていたに違いない。
「なんのこと?」
凛姉はすっとぼけた。そんな態度を取るのなら、もっと直接的な言葉を投げかけよう。
「凛姉は溝田さんの事を思ってそんな態度を取ってるんでしょ。前に言っていたよね。『私がいなかったら溝田さんはもっと上にいけるって』」
溝田さんもこの言葉を聞いたら言いたいことができたであろう。だから言葉を急かすために僕は彼女の方へと顔を向けた。
「私達友だちでしょ。そんなこと気にしないでよ」
溝田さんは少し泣きそうになりながらそう言った。それに対して凛姉は何やら口をモゴモゴとさせている。
それを見て溝田さんは回答を急かす。
「何とか言ってよ。凛ちゃん」
「……じゃないよ」
「え、聞こえないよ」
凛姉は顔をうつむけ、小声で言った。溝田さんには聞こえなかったようだが、僕は聞こえてしまった。
凛姉は意を決したのか大きな声で先の言葉を言おうとする。
「私とあなたは友達じゃ――。「凛姉!!」
僕はそれをたしなめるために凛姉の名前を呼ぶ。自分が思っていた以上に大声が出てしまった。けれどそれで良かった。そうでもしないと凛姉は言い切ってしまっただろう。
凛姉は僕がこんな大声を出すとは思っていなかったのか、目を見開いてこちらを見てきた。
「嘘でもそれは駄目だよ」
「……。ごめん。もう寝るよ」
僕は凛姉の目を真っ直ぐ見て、諭すようにそう言った。凛姉も理解してくれたのか、溝田さんに一度頭を下げ、ベッドに寝転がった。そして体を僕たちの反対側に向けてしまった。
「溝田さん。悪かったな」
「ううん。大丈夫だよ」
とりあえず話し合いは終わったということにして、僕たちは台所にいるロナさんたちの方へと足を向けた。
次回更新は11/30になります。




