なぜか僕が悪者みたいになりました。
「ヒルデさんですよね。入ってください。ほら、溝田さん……。溝田も」
「ああ。すまない」
粉雪さんが溝田さんから手を離したのを見てから僕は、ヴァルキリーのような女性に声をかけた。ヒルデさんと呼んでも、訂正してこなかったので間違いはないだろう。
そのヒルデさんは、自身の素性を説明している溝田さんとそれを聞いている粉雪さんのほうを見ていた。このまま廊下で下手な話をされたらマズイと思い、溝田さんを名指しで呼んだ。
「溝田……。さん?「黙って入れ!」
溝田さんは自分がさんづけで呼ばれたことを理解できなかったようだ。聞き返してきた。僕はそれを無視する。
さっきは、“さん”づけで呼べなくなるのは、なんとなく嫌だと思っていた僕だが、いざ面と向かってみて言うのは、なんとも気恥ずかしいものが……。
いや、違う。もともと、溝田がこちらの世界にやってきたら呼び捨てで呼んでやると意気込んでいたではないか。だから、今の気恥ずかしいと思う感情は間違いだ。誰がなんと言おうともだ。
「どうした。入らないのか?」
そんなことを考えていたら、粉雪さんの声が耳に入ってきた。僕はそんなに長い時間惚けていたのかと思い、慌てて粉雪さんのほうを見た。
「あ、いや。えーとっ」
どうやら粉雪さんは僕に言ったのではなく、溝田に言ったようだ。その溝田は、なにやらマゴマゴといている。
よく考えるそれはそうだ。いつもの調子で「入れ」と言ってしまったが、溝田は入りづらいだろう。それと同じように、この騒ぎが聞こえているはずなのに一向に出てこないのをみると、凜姉も気まずいのだろう。
だから僕は、彼女の腕を掴んだ。
「お前らしくないぞ。ほら」
「え、ちょっと、ツヨシ君!?」
元いた世界では、溝田のことを敬意を払うべき人物とは死んでも認める気はなかった。けれど1つだけ褒めるべき点がある。
それは積極性だ。
ふざけたことから言えば、凜姉にコスプレをしないかと持ちかけるところだろうか。気の置けない友達同士なら難なく言えるだろうが、意中の相手に対しては普通ならドン引きされるのを恐れて言わないだろう。
真面目な話だと、やはり凜姉の自殺を体を張って止めてくれたことだ。
溝田の積極性のせいで、凜姉や僕が何かしらのとばっちりを受けたことは何度もある。けれどなんだかんだ言っても、それと同等以上に凜姉や僕の為になることもあった。
だから悔しいけれど、その部分だけは認めざろうえない。
それなのに今の彼女の姿はなんだ。今までの積極性の欠片もないウジウジとした姿を見せられるこちらの身になって欲しい。このままでは、良いところ無しのただの淫獣だ。
先に、認めざろうえない、と言ったが全部を認めているわけではない。未だに腹に据えかねていることがいくつもある。その1つを溝田の腕を掴んだ時に思い出した。
あの時もこいつの腕を掴んでから問い詰めた。そう、あれは僕が高校2年生で、凜姉たちが大学1年生の時のことだ。
なんでも、独り暮らしを始めたので泥棒対策に、男物の下着を貸して欲しいと頼まれた。その時は凜姉が二つ返事で僕の下着を持って帰っても良いと言ったので、僕からは後日取りに来いとだけ後から電話で伝えた。
その電話をした次の日の朝、奴は来た。
寝ていたところを無理に起こされた僕は、頭が回らないまま溝田の対応をしてしまった。だから本来なら見逃さなかったであろうことに気がつかなかった。
それは溝田が凜姉の下着を僕のと一緒に持って帰ったことだ。次の日になって「ごめん。凜ちゃんのも持って帰ってた」と謝りに来た。
あれは絶対にわざとだ。こいつのことだ。僕がやろうと思っても、すんでのところで手が止まることを平然とやってのける。これに関しては憧れたりはしないし軽蔑する。
そんなことを溝田の腕を掴んだ時に思い出してしまった。本当ならこいつを凛姉に会わせる前に、1呼吸する時間を与えてるつもりだった。けれど腹が立つことを思い出してしまったからその時間は無しだ。
僕はそのまま無理やり溝田を部屋に連れ込むことにした。だが……。
「ちょっと、ツヨシ君待って――。「知るか。黙って入れ――。「まぁ、落ち着け。ツヨシ」
粉雪さんが止めに入ってきた。
「ツヨシは先に中で今の状況の説明をしてきてくれ。こっちはこっちで落ち着いたら入る」
そう言って溝田から、僕の握っていた手を力ずくで外し、無理やり僕を部屋に押し込んできた。
僕が粉雪さんに単純な力比べで勝てるはずもなく、そのまま押し込まれた。
「べー」
途中後ろを振り向いたら、溝田がこちらに向かって舌をべー、としていた。
僕は何でこいつをさん付けで呼ぶことができなくなることを恐れていたのか分からなくなった。それとは別に、後で一発殴ってやろうと思った。
次回更新は11/25になります。




