勇気を出そうとしましたが、やっぱり僕には無理でした。
「とりあえず、揉めそうにない話から始めますか」
ロナさんは僕に笑いかけながらそう言う。いや、揉めそうも何も、反論する勇気は今の僕にはない。
ここはボケて、「話なんか揉みませんよ。おっぱい揉ませてください」と言ってみるか。
「お願いします」
そんなことを思いながら、口には死んでも出せない僕だった。
怒られるのならまだマシだ。逆に受け入れられた時の事を思うと身が震える。
「あなたの世界で言うお酒は、この世界では聖水と言われています。一般的にこれを飲むことで魔法を使うことができるようになると言われています」
「だから、酒瓶を僕に突っ込んだんですね」
「はい。それでこの聖水なのですが……。この地方では、別に飲めなくても邪悪認定されません。一般人はあなたが飲んだ聖水3本飲めればいい方です。冒険者はそれ以上飲みますが……」
一般人が日常で用いる魔法を使う分にはこれ1本で十分らしい。僕は今後の生活が不安になってきた。
「あの、日常生活を送るのに酒飲まなくちゃいけないんですか?」
僕は胃がキュッとしてきた。
「この部屋の台所を見ましたよね。一応私の力で精霊を常駐させています。なので水道やトイレ、コンロや冷蔵庫は大丈夫です。あとはお風呂ですが……」
ロナさんは少し顔を赤らめる。僕は嫌な予感がした。
「この宿の近くの銭湯は混浴もあるそうですよ」
ああやっぱりだ。「私がお背中を流します」と言うやつだ。なにが揉めそうにない話からだ。揉めるに決まっているだろう。
ただ僕の口は真横に線を引いたままだ。言えるわけがない。今の彼女に口答えをできる者は粉雪さんだけだろう。
僕はできるだけ嫌そうな表情を出さないように努めた。しかしそれは裏目に出た。
「照れたりしないのですね」
ロナさんは僕が反応しないことにがっかりした様子だ。
とりあえず、なにか取り繕ったことを言わなくては。
「ロナさんの裸を他の人に見せたくないです」
とりあえずそれっぽいことは言えた。後はロナさんの反応を伺うだけだ。
「そうなんですよね。私もツヨシさん以外の人に見られたくないので数日は一人でお酒を飲んでから入ってください」
前の世界では絶対してはいけないことを、ロナさんは笑顔で言う。
下戸でない人間でもしないことだ。そんなことするのはアルコール中毒の人間くらいだろう。だからこの世界では普通でも僕にとっては拒否感が強かった。
「酒飲んでお風呂に入るのはちょっと……」
「ツヨシさんの場合、一舐めで大丈夫だと思いますよ」
「どういうことです?」
「ツヨシさんの体はお酒に弱いみたいですが、少し飲むだけで普通の人の3000倍くらい効果があるみたいです」
確かに、市販の酒でワイバーンを止めたことにあの男の人は驚いていた。ロナさんが言っていることは本当なのだろう。
「それはわかったんですけど。数日というのは?」
「この部屋に魔法を使わなくてもいいお風呂を造ります。あの台所みたいに……」
ああ、だから台所だけ雰囲気が違ったのか。それなら安心だ。
たぶん天使の不思議な力を使って造るのだろう。
ただ、お酒が飲めないであろう子供はどうしているのだろうとふと、気になった。
「この世界の子供が力を貰っている精霊さんに協力してもらうのに少し時間がかかりますからね。お風呂自体はすぐにでも造れるのですが……」
ちょうどいいタイミングでロナさんがその話をしてくれた。おそらく僕が頭にハテナを浮かべているのを感じ取ってくれたのだろう。なのでここは詳しく聞いてみようと僕は思った。
「こっちの世界でも子供は飲んじゃだめなんですね」
「ええ。ただこっちの世界は16歳から飲めます。16歳の誕生日に精霊さんがその子から離れるので、そこからは日常生活で魔法を使うには通常、お酒が必要になります」
お酒が弱い僕にとって地獄のような世界だと改めて思った。ただ、自分の体質(?)を知った今、まだマシと思えるようになった。
「それで通常ということは裏ワザ的なものが?」
好奇心で僕はロナさんに聞いてみた。僕の場合はお酒を舐めるだけで日常生活は大丈夫なようだ。ただ、粉雪さんが一滴も飲めないと言っていたのにあの人間離れした身体能力だ。何か魔法を使ってはいるのだろう。どうやっていたのか知りたかった。
「精霊さんに気に入られてそのままというのが一番多いですね。あとは、あの女性みたいに大気中から独特の呼吸を通して体内で魔力を生成しているパターンですかね……。他にもあるみたいですが、私はあまり詳しくないので……」
あの女性とは粉雪さんのことであろう。あの人はそんなやり方をしていたのか。
「では次は決め事ですね。私たちの関係ですが……」
ロナさんがにっこりとこちらを見てくる。ここは怖い顔をされても恋人なんて絶対言わないようにしなければ……。
「幼馴染ですね。僕の年は二十歳ですけど、ロナさんは何歳にします? さっきみたいに二十二歳にしますか? それとも僕と合わせますか? そもそも本当は何歳なんですか? 天使見習いということは人間みたいな年の取り方はしませんよね」
とりあえず矢継ぎ早に質問を重ねてみた。これならロナさんも黒い顔はできまい。だが一応身構えておこう。
しかしそれは杞憂に終わった。
「わかりました。幼馴染でいきましょう。それと私は二十二歳ですよ。あと人間界でいる間は、私もツヨシさんみたいに年を取って死にます」
そこは嘘をついていなかったのか。それに幼馴染で納得してくれた。
僕はホッとした。それと同時に、なぜここまでロナさんの答えに一喜一憂しなければならないのだと思った。
なぜ彼女は僕に気のあるような素振りをするのだろうか。これから一緒に暮らすのだ。そこのところはきちんとしておかなくてはいけないと僕は思った。
「あの。もしかして天使見習いって対象者と恋愛関係にならなくてはいけないんですか?」
聞きにくく怖いことをロナさんに聞く。だけどこれを聞いておかなくては僕の精神衛生上よろしくない。
「そんなことはありませんよ。まぁ、そう言う話も無いわけではないですが……」
ロナさんは少し顔を赤らめて言う。僕は聞くんじゃなかったと思った。
もうロナさんの態度的にそう言うことだろう。こんな綺麗な人に想われるのは男として大変うれしい。だがヤンデレ成分が多すぎる。
ゲームならOKだが、現実ではNGだ。百年の恋も冷めてしまう。
そうだ。今気づいたことは忘れよう。ロナさんが周りに対して攻撃的になるのは、僕に悪い虫がつかないようにするためだ。そうだ姉が弟を守るような……。
「すみません。姉が心配なので現在の姿を見せてもらっても……」
そんなことを思っていたら、姉を心配していたことを思いだした。僕のことを振り切っていてもらいたいが、まだ難しいかもしれない。
別に時間が経てば、凛姉は立ち直ってくれるだろ。ただ、弱っているところに付け込んであの女がちょっかいを出しているのではと心配なのだ。
「……。えーと」
ロナさんは珍しく何か迷っている様子だ。
「地球の様子をこっちの世界で見せるのはまずいんですか」
さっき見せてくれたのは僕を納得させるために仕方なくだったのかもしれない。
凛姉のことは心配だが、凛姉なら大丈夫だろう。それにあの女もこの状況に付け込むほど悪い奴では……。
あの女と初めて会ったのは凛姉の部屋だ。あいつが凛姉のパンツを持って、興奮しているのを見ていなければすんなり納得できたのに……。やっぱり心配だ。
そんな心配事をよそにロナさんは何か決心したようだ。
「……。そうなんですよ。だから代償が必要です」
「代償とは?」
「服、脱いでください」
ロナさんはどこからか折り畳み式の携帯電話を出してこちらに向けてくる。
「どういうことですか?」
このままでは、ロナさんもあの女と一緒の目で見てしまうことになりそうだ。
「神様でもなければ、人を違う世界に飛ばすことはできないんです。他の世界を見るというのは、それよりかはとっても簡単ですがそれでもかなりの力が必要なんです。そこであなたの裸です。知り合いの天使見習いにあなたの世界で言うショタコンがいるのです。その子に協力させます。あなたなら守備範囲でしょう。ええ、きっと、絶対」
ロナさんは顔を真っ赤にして早口でそう言った。
いや、その天使見習い絶対ロナさんだろ。まだ開き直らず、見え見えでも嘘を取り繕うとするだけあの女よりはマシか。
それに、自分の裸くらいで凛姉の様子を見られるなら喜んで裸になろう。
「わかりました。とりあえず今日は上だけでいいですか?」
「いいんですか?」
ロナさんがかなり嬉しそうに言う。隠す気は無いのかというほどだ。
「一枚だけですよ」
「ええ。喜ん……。あのショタコンも喜ぶと思いますよ」
僕は、ワイシャツを脱ぐ。そしてその下に着ていた肌着も脱いだ。
「ほほぁー」
ロナさんが奇声を上げる。聞こえなかったことにしよう。
「それでは。はい、チーズ」
パシャシャシャシャシャ。
「あ、連射モードになっていました。ごめんなさい」
「まぁ、いいですよ」
絶対わざとだ。わざとに決まっている。
「それでは、繋ぎますね」
ロナさんは丸机の上に、前みたいに白い雲みたいなものを出した。
ショタコンの天使見習いに力を借りるといった設定は忘れているのかすぐに出してきた。