溝田と言う女②
「本当に記憶が完全に消去できていないのだな……」
「誰ですか!?」
第一印象は綺麗なかっこいい人だなと思った。もし街中で見かけたら、女性の私でも見とれてしまうほどだ。
けれど、いくらそんな綺麗な人だからといっても、急に自分の部屋に現れたのなら話は別だ。愛玩の対象から不審者になる。
彼女の服装は、背中に天使の羽が生えた戦士(?)風の……。おそらくヴァルキリーのコスプレをしている。そんな痛い恰好をしているにも関わらす、私は彼女に見とれてしまった。もしかしたら本物なのかもしれないという、神々しい雰囲気を纏っているからだ。
しかし頭の中のそんな思いはすぐに消えた。常識的に考えてありえないことだからだ。それよりも彼女は、体格的には私より少し大きいくらいだが、ちらりと見えるお腹は、うっすらと割れていた。腕も少し筋肉質で、力で私は敵わないだろうと思った。
目の前の、何故かこちらに対して敵意のようなものを向けてくる彼女から、どうにかして逃げなくてはと思いベランダの方を向いた。その時だった。
「もしもし、溝田さん!? 凛だけど!?」
やっと電話がつながったようだ。手に持っていたスマホから女性の声が聞こえてきた。私の名前を知っているようだ。それに相手はおそらく自身の下の名前を出してきた。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。
この電話の相手に今の状況を伝えて、警察を――。
そう思い私は助けを求めようと、耳にスマホを当てようとした。しかしそれはできなかった。
「すまない。詳しいことはロナを通して報告する。ロナ。夜になったら連絡する」
私の手にあったはずのスマホが目の前の不審者の手に渡っていた。なにやら電話の向こうの相手と親しげに話をしている。ロナとは先の凛と言った人とは別の人の名前だろうか。
私はゆっくりと不審者を観察しながらベランダの方へと足を向ける。ここは二階だ。それに自転車置き場の屋根が近くにある。最悪飛び降りられる。
だが、あと少しでベランダというところで不審者に気付かれてしまった。
「すまない。別に君に危害を加える気は……。いや記憶を消させてもらいたいんだ」
気が付かれただけならまだ良かったのかもしれない。もしかしたら物取りだけして部屋を出て行ってくれる可能性が残るからだ。しかし彼女は意味の分からないことを言い出した。
「それ以外、君に危害を加える気は無い。だからこっちに――。「信用できません」
私は彼女の言葉を遮るようにそう言った。
彼女からは最初感じた敵意を感じなくなっている。それは恐らく、彼女が最初に見せていたしかめっ面ではなく、優しげなバレバレの造り笑顔で危害を加える気はないと言ってきたからだろう。
けれどそれが原因で、逆に怖くなってしまった。
筋肉質の何を考えているかわからない不審者が自分の部屋にいるのだ。無理もない。
だから思わず反射的に、彼女の言葉を遮るように否定してしまった。今になって失敗だったかなと思い始めた。
「そうかならしかたがないな……。すまない」
彼女は造り笑顔を崩し、もとのしかめっ面……。ではなく本当に悲しげな様子の顔をした。私はそちらにも気を取られたが、それよりも彼女が自身の腰あたりに下した右手に目がいっていた。
どこから取り出したのかその右手には、彼女の体格より大きい槍が握られていた。
「え、いや、ちょっと」
「安心してくれ。この槍で突いても死にはしない。記憶が飛ぶだけだ」
いや、それこそ信用できない。だから私はベランダの方へと一目散に逃げ出そうとした。しかし何故か足が動かない。それどころか体全体が重い。腰が抜けたわけでもなさそうなのにおかしい。
「え、なんで、このっ」
「無駄だ。私が魔法で君の動きを封じたからな」
彼女はそう言って槍を私の頭に突きつける。まだ刺さってはいない。寸でのところで止められている。
「君のこれからの人生が良きものであることを願うよ」
「や、やめてー、止まってーー!」
私は思わず目をつぶった。見れていないので確かなことは分からないが、彼女は私の言葉を無視して槍を突き立てる力を貯めるために、後ろに引いただろう。
“溝田さん……。今までありがとう”
今のは走馬灯だろうか。コンビニで頭の中に浮かんできた女の子が、どこかの屋上のフェンスの外側から私にお礼を言ってきた。
その走馬灯が終わると同時に、私の顔に何か生暖かいものが流れている感覚が伝わってきた。恐らく額を刺されて血が垂れてきているのだろう。
刺された痛みを感じなかったのは良かった。死に顔は痛々しいものではなく、おだやかなものにしたい。
“うわーーー。つぅーーくぅーんーー”
またあの女の子が頭の中に出てきた。今度は葬式の最中のようだ。この名前の分からない女の子と一緒の葬式に参加しているということは、親戚の子なのだろうか。そう思い、誰の葬式なのか式場に立てられた遺影を見た。
そこに映っていたのは、観覧車で喧嘩をしていた男の子だった。
「な、なにをしたんだ君は――」
長い走馬灯をかき消すように、あの不審者の声が私の耳に入ってきた。それに伴い意識が現実へと戻っていくのを感じた。そして自然な流れで目をひらいた。
目の前に槍が突きつけられている現実は変わっていなかった。しかし先ほどより後ろに穂先が引いている。
目の前の不審者は後ろに槍を引いたままの状態で体を止めていた。
次回更新は11/18の予定です。




