交渉が長引きそうです。それなのに……
「もう少しどうにかなるんじゃないかい」
「こちらとしても精一杯です」
ここはメリー村の食堂。僕たちが主都から帰って来てからだいぶ時間が経っている。
その食堂で二人の女性がテーブルを挟んで僕たちの待遇や村の事で折衝していた。それは宿の女将さんと主都から来たメイドのエクスさんだ。
僕は、これは長引きそうだなと思いながら、その様子を隣のテーブルから眺めていた。
「回復術師1人と、新人騎士ではなくある程度実績のある騎士が来てくれるのはありがたいんだけど……。その騎士ってこないだの2人だろ」
女将さんは辺りを見ながらエクスさんに言う。周りで聞き耳を立てている野次馬たちも渋い顔をしていた。
その反応に近くのテーブルに座っていた男二人が申し訳なさそうに反応する。
「えー。この間は大変ご迷惑をおかけしました。私達個人の気持ちの問題であのような態度を取ってしまい、まことに申し訳なく思います」
宝石を盗もうとしたあの騎士2人だ。彼らは僕たちを呼びに村に来た時にかなり態度が荒れていた。なので今も村の人から冷ややかな眼を向けられている。
それを見かねてか、エクスさんがフォローにまわった。
「この2人は魔法で精神に異常をきたしていました。これがその証拠です」
彼女はテーブルに1枚の紙を置いた。それは新聞の1面だった。彼らが起こした事件と、導師たちのことが書かれていた。
「それに彼らもこの通り、自身の行いを反省しております。それに本来なら1か月の減給処分ですんでいたものを、自分たちから王に直訴してこの村で働きたいと言っております」
「ふーん」
女将さんは新聞の記事を一通り見て、後ろのテーブルにいた村人にそれを渡した。
「それなら私からは言うことはないよ。それに移籍の補償金も問題ない。けどねそれは4人だけなら納得できるってことさね」
やっぱりその問題に話が戻ってしまった。
2人が先ほどから揉めているのは、僕が主都へ移籍することについてだ。
女将さんも僕を出すことについては反対していない。ただ補償の事で意見が食い違っている。
「と言われましても、彼がこの宿所属になったのは2週間くらい前のことで、そのうち1週間は気を失っていたり、主都に来たりしていましたよね」
エクスさんは先の条件に2人までなら新人騎士をつけても良いと渋々言っていた。それには理由がある。
もともと冒険者の移籍に伴う補償制度は、その宿が冒険者を育てたことに対しての報奨の意味合いもある。
だが粉雪さんたちは宿に登録してから2か月たっていないし、僕たちはさらに短い。この宿が僕たちを育てたとは、エクスさんとしては言い難いのだろう。
僕は、そろそろこちらに意見を求められるかとヒヤヒヤしながら、女将さんの代わりに給仕をしている凛姉を眺めていた。すると、この間からずっと凛姉にちょっかいを掛けている男がまた凛姉に話しかけている。
「あ、あの野郎。また凛姉にちょっかい掛けやがって」
僕が席を立とうとすると亜麻猫さんが止めに入ってきた。
「一応話を聞いていなさい。凛にはロナが付いてるから大丈夫でしょ。ズルズル」
僕の斜め前の席で亜麻猫さんは、蕎麦を啜りながらそう言った。確かにロナさんが止めに入ってくれた。そしてその男は連れの彼女(?)に頭を叩かれていた。それを見て意外にも粉雪さんが言葉を発した。
「あいつ。幼馴染がいるんだからもっと落ち着けば良いのにな」
そういえば、僕がこの宿で粉雪さんと手合せをした時も、あの男が叩かれていたことを思い出した。粉雪さんから凛姉に乗り換えたのだろうか。まぁ、この際どうでも良い事だ。
ちなみ粉雪さんは僕の目の前の席に座っている。
彼女は茶碗1杯分の白米にお茶を掛けて、漬物をおかずに晩御飯をさっと終えて、女将さんとエクスさんの話を聞いていた。
「今日のところは、これくらいにしておこうかね」
「そうですね。このままでは埒が明きませんし。妹と相談します」
そんな僕たちを余所に、2人は話を、今日のところは一旦終わるようだ。エクスさんは食堂の端で本を読んでいたズィーさんを連れて宿の二階へと上がって行った。その後を騎士の2人がついて行く。
そして女将さんは僕たちの方へと来て、軽く謝罪をした後凛姉たちの方へと駆けて行った。僕たちは、女将さんも村の為にできるだけ良い条件で契約をしたいというのは分かっているので「気にしないでください」とだけ返した。
「今日は決まらなかったみたいだね」
凛姉がロナさんと一緒に僕たちの所へと来た。女将さんは凛姉たちと少し話して、すぐに厨房へと入って行った。
「二人とも晩御飯はどうするの?」
亜麻猫さんは今食べ終わったところだ。だから食器を厨房に返しに行くついでに2人の代わりに注文をしてきてくれるそうだ。
「今日は私も蕎麦にします」
「私は――。♪~♪~♪
凛姉が注文を頼もうとしたその時に、この世界には似つかわしくない電子音が凛姉のポケットから食堂に流れた。そこまで音量自体は大きくはなかったのだが聞きなれない音ということもあり、食堂の中の視線を一気に集めた。
鳴りだしてから20秒くらいたった。しかし凛姉はポケットから出したスマホの画面とにらめっこをしたままだ。
「凛姉どうしたの? というより何でアラームなんてセットしてたの?」
この世界では電話は使えない。なのであの音はアラームをセットしていたからなったとしか考えられなかった。しかしそれは違った。
「いや、アラームじゃないの。これ見て」
「ん? えっ!?」
僕たちは凛姉のスマホを覗き込んだ。粉雪さんと亜麻猫さんは首を傾げている。
しかし僕とロナさんは驚愕した。
スマホの画面には『着信 溝田さん』と表示されていた。
次回更新は11/14になります。




