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嫌々、模擬戦闘をします。

 宿の裏はちょっとした運動場みたいなところになっていた。50mや100mと言われてもあまりピンとこない僕はたぶん半径100mくらいはあるかなと思った。ところどころに雑草が少し生えていたりしているが手入れは行き届いているほうだと思う。

 何やら射撃の的みたいなものが置かれていたり、剣を打ち込むためのような人形などもボロボロではあるが整理はされている。

 ここで、さっきの男たちは鍛錬をしているのだろう。


「とりあえず、相手に参ったと言わせるか、周りが戦闘続行不能と思うまで続けようか」


 侍の人が宿を出るなり、ルールを提案してくる。


「あの、僕、死にたくはないんですが」


「ははは、大丈夫さ。殺しはしないさ」


 侍の人が、訓練場(?)の中心まで走る。


「この訓練場全部を使ってなんでもありのルールでどうだ。何本聖水を飲んでも構わない。一対一のルールだけ守ってくれればな」


 そう言って侍の人は、ひょうたんを口に持って行く。

 そして――。


「ブゥーーー」


 彼女は刀を抜きそれに、口に含んだ液体を吹きかけた。 


「おお、粉雪こなゆきさん、本気を出すのか」


 男たちがざわめき立っている。それとあの人は粉雪と言うのか。それにしても……。


「綺麗だ」


 僕は歩いて粉雪さんの前まで行き、そう言った。


「驚かないんだな」


 粉雪さんは、お酒の影響か顔を真っ赤にしていた。


「呑兵衛の侍って、そういうことするイメージがありましたから」


「私の国、ホンシューを知っているのか?」


 粉雪さんは意外そうに聞いてきた。


「いえ、知りませんが、侍は見たことがあります」


 と言っても本物ではなく、時代劇とかの偽物だ。そもそもこちらの世界の侍が、自分がいた世界の侍と一緒とは限らない。

 なので、見たことがあるとだけ言っておこう。


「そうか、それでどうだ。こうしていたら私が呑兵衛の侍に見えるか?」


 粉雪さんは胸を張って聞いてくる。その格好で胸を張るのは正直、目の保養にはなるが目のやり場に困ってしまう。ちゃんと袴を着てほしい。


「見えますけど……。そういうことはオヤジがするイメージで、あなたみたいな綺麗な人がするイメージは無かったです」


「なぁー」


 粉雪さんはさらに顔を真っ赤にする。あれ、お酒の影響じゃなくて照れているのかなと僕は思った。

 

 少し褒めただけですぐに顔を真っ赤にするのは、凛姉を思い出す。あれは――。と昔の凛姉との思い出に耽りそうになってしまった。するとそれを遮るように一度聞いたことのある声の怒声が近くから聞こえた。


「さっさと始めなさいよ」


 いつのまにか、くノ一の人が僕たちの間まで来ていた。さすがくノ一だ。気配を隠すのがうまい。ただその目は隠しておいた方が良いのではないかと思った。

 

 それは、あの女と同じ目だ。凛姉を性的な目で見ていたあの女の目と……。ただあの女と比べるのは、いくらなんでもこの人に失礼かもしれない。ただこんなことを考えていたら、姉のことが心配になってきた。この勝負が終わったらロナさんに頼んで今の姉の様子を見せてもらおうと彼女の方を僕は見た。


「ふふふ」


 ロナさんは黒い笑顔を浮かべていた。


 あっ。もしかして粉雪さんを褒めたのを怒っているのか。このままではこの後頼んでも断られそうな雰囲気だ。僕は取り繕った方が良いのかと二人から目線を完全に切ってしまった。


「それでは、勝負開始よ」

 

 くノ一の人が勝手に仕切りだした。その合図と同時に、粉雪さんが間合いを詰めてきたようだ。


「え、あ」

 

 粉雪さんの刀の剣先が、僕の首に突きつけられる。


「あ、悪い。今のは不意打ちになってしまった。次は当てるぞ」

 

 そう言って粉雪さんは最初の位置に戻る。僕は少し安心した。

 今度も今みたいに止めてくれる気なのだろう。次は当てると言っていたが嘘に決まっている。

 そんなお気楽なことを考えていた。だが――。


「始め」


 くノ一の人の合図と同時にまたしても粉雪さんが姿を消す。そして……。


「今のは不意打ちでもなかったと思うが……。次は本当に当てるぞ」


 またしても粉雪さんの剣先が僕の首に突きつけられていた。そしてそれに気付いた時、僕は尻もちをついてしまった。

 粉雪さんの目を見て僕は寒気を感じた。ロナさんに感じたものとは違う。

 ロナさんの黒いモヤモヤは、寒気を感じて汗をかいたりはしない。ただ、粉雪さんのあの目は寒気を感じ、全身から冷たい汗が流れ出てくる。今まさにそうなっている。

 

 あれが殺気というものなのだろう。初めてあんな雰囲気を感じた。


「あ、あれ足に力が……」

 

 僕は立とうとしたが足に力が入らない。それでも立っておかないと、よけいに彼女を怒らせるような気がして、無理をして足に力を入れて立つ。


「へえ。根性はあるわね」


 くノ一の人が多分わざとこちらに聞こえるように言う。バカにするためだろう。ただ、粉雪さんのほうからは、先程の殺気は無くなっていた。この行動は正解だったようだ。

 ただ足はまだビクビクしている。これでは、使い物にはならない。


「ツヨシさん、飲んでください」


 足の震えをどうにかしなくてはと思っていたところに、ロナさんの声が聞こえてきた。彼女はさすがに心配してくれたのか黒いモヤモヤは無くなっていた。

 

 そういえばロナさんは、僕が止まれと言ったからワイバーンが止まったと言っていた。それに、あの時の僕に酒を進めたのはロナさんだ。


「そういえば、聖水を飲んでいないじゃないか。飲んでくれ」


 粉雪さんは剣先をこちらに向けてそう言う。


「そうですね」


 どうせ足も動かない。それならロナさんの言葉を信じてワイバーンの時と同じようにしてみよう。というより、それしか道がない。


 僕はビンの蓋を取り、中を一気に飲み干す。味なんて気にしていられない。だが、やっぱり苦い。そして体が熱くなっていくのを感じる。この感じは好きなのだが、あとの吐き気だけがなければといつも思う。


「それでは、はじ――。「止まってください」

 

 くノ一の人の言葉を待たずに、僕は右手を突き出す。今回はワイバーンの時みたいな、なさけない言い方ではない。ただ、自信満々にと言うわけではなく、弱々しい言い方だったと思う。


 ピキーン


「なぁっ」


 粉雪さんが短く声を上げる。


「良かった。効いたみたいだ」

 

 粉雪さんは突きこむために、身体を前のめりに、低くして構えていた。右手も刀の柄を握ったまま動けないようだった。


 先ほどまで黙って見ていた男たちがざわめきだした。


「マジか」「嘘だろ」「前かがみの谷間ってなんていうか、そそるものが……。イテッ」


 最後の奴は、隣にいた女性から頭を思いっきり叩かれていた。こっちまでパシーンという良い音が聞こえてきた。

 今までの僕なら、こういった雑音は聞こえなかっただろう。ということは少し心に余裕ができたということだ。さっきは弱々しい言い方と思ったが、もしかしたら、それなりに威厳のある言い方ができていたかもしれない。

 

 そんなことを考えていた僕だったが、先ほどの情けない尻もちを思い出した。あれでは威厳もクソもない。それに動けないままの相手をそのままにしておくのは失礼だ。意識を二人に戻そう。


「えっ、ちょっと待ちなさい。私はまだ開始していないのに、攻撃するなんてどういうことよ」


 くノ一の人が僕に詰め寄ってくる。向こうからすればその不満も分かる。だがこちらとしては、開始されたらとらえることができない。それなら卑怯だとしても開始前を狙うしかない。


「ごめんなさい。僕の負けです」


 これでとりあえず、男たちの方の問題は解決しただろう。あとはこっちの二人に説明するだけだ。


「とりあえず、なぜ開始前に攻撃したのか聞かせてもらおうか」


 粉雪さんが顔だけこちらに向けて聞いてくる。その顔に怒りなどは見えなかったので僕は安心した。


「開始してからでは、攻撃を当てられないからです」


「あなた、ふざけてるの?」

「控えろ、亜麻猫(あまねこ)


 くノ一の人がさらに詰め寄ってきた。ただそれを粉雪さんが言葉だけで制す。亜麻猫とはおそらくこのくノ一の人のコードネーム的なものなのだろう。


「どうやって翼をもいだんだ?」


「僕は宿の窓から止まれって言っただけで、その後は他の方々が攻撃してくれたんです」


「そうか。悪いが、これ解いてくれないか。さっきからどうにかして解こうとしているんだが私には解けそうにない」


 粉雪さんは納得したようだった。苦笑いで僕に助けを求めてくる。しかし、止めた時と同じように解除とでも言えばよいのだろうか。一応嫌だが、もう一本飲んでから言うことにしよう。

 

「分かりました。そのまえに……」


 僕は粉雪さんに断りを入れてから酒ビンを開ける。さっきとは違う何か甘いリンゴのような香りがビンから漂ってきた。ロナさんが気を利かせて違う味を持たしてくれてのだろうか。だが違うお酒を飲むのは、チャンポンになるからダメなような……。いやあれは、違う味だと飽きがこないから余計に飲みすぎるので体に悪かったんだっけなどと現実逃避を仕掛けていた。

 

 ただ、前を向くと亜麻猫さんが鬼の形相でこちらをにらんでいたため、意を決して一気にそれを飲み干し右手を前に突き出す。


「解除」


 味は匂い通りリンゴだった。ただ、それなら普通のリンゴジュースにした方がおいしいだろうと思った。

 

 とりあえず、僕ができることはやったつもりだ。しかしこれで解除できるのかは不安だった。ただ、解けないと言うことはないだろう。それならロナさんがこの酒を渡してはこないはずだ。


「すまない。それとこの勝負私の負けだ」


 どうやら成功したようだ。粉雪さんは背筋を正した後、腕をゆっくり回し始めた。

 そんなのんびりとした雰囲気の中、一人困惑している人がいた。


「なぜです!?」


 動けるようになった粉雪さんの言葉に、亜麻猫さんがひどく反応する。


「私はこの子の魔法で動けない。そもそも、この子は、一対一向きの子じゃないのに、そんな子に勝負を挑んでしまったということもある。お前は、不意打ちだったとか言うかもしれないが、最初私は一対一を守るなら何でもありと言った。不意打ちどうのこうのは、私が勝手に言っていたことだ」

 

 粉雪さんは矢継ぎ早に亜麻猫さんに答える。亜麻猫さんは何も言えないと言った表情だった。


「それでは、僕はこれで」


 粉雪さんに対しての足の震えは消えていた。ただ酒の震えが襲ってきていた。それは足どころか身体全体を駆け巡っていた。


「いや、君に興味がわいた。ちょっと私の家に……」


 粉雪さんが僕の腕を掴む。いや、一刻も早く僕は、どこか人がいないところに行きたいのだ。


「ごめんなさい。吐きそ――」


 あ、駄目だこれ。頭がぐるぐるしてきた。それに、もう喉の奥が熱い。吐いてしまう。


「ん? どうした?」


 粉雪さんは僕が小声で言った為聞こえていないようだ。僕の腕を力任せに自分の方へ引き込む。


 身体が傾いているのがわかる。僕の目の前に粉雪さんの胸が広がる。


 駄目だ。こうなったら――。

 

 このままでは粉雪さんに向かって吐いてしまう。できるかわからないが吐瀉物を吐く前にどこか遠くへ移動させよう。

 ワイバーンとかを止めることができたのだ。これくらいならできるだろう。


 僕は口の中、特に喉当たりますに気を集中させた。胃の方から何かが込み上げてくるのを感じる。


「おえーーー」

 

 喉をゲロが通る感覚を感じる。しかし、それは舌などには伝わってこない。

 

 どうやら成功したようだ。僕は吐ききるまで自身の口の中に意識を集中させ、吐瀉物が粉雪さんにかからないように頑張った。

 これだけ広い訓練場だ。彼女の後方の壁際に頑張って吐瀉物を移動させた。ほとんど液体みたいだったようで、小さな水たまりみたいになっていた。

 

 そうだ、僕は頑張ったのだ。だから、もう倒れてもいいよね。


「あ」


 そういえば、目の前には粉雪さんの胸が……。


「ふふふ」「殺す」


 僕は気を失う寸前に柔らかな二つの丸い感触と、粉雪さんのとは違う二つの殺気を感じた。

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