導師を探ります①
写真を撮った後、すぐに馬車に乗り、劇場に向かった。予定通り、馬車は30分で着いた。ただ、中を見て廻ることはしなかった。
時間が無かったわけではない。あったとは言えないが、開演まで45分はあった。15分前に席に着いたとしても30分は廻れる。
見る物が無かったわけでもない。廊下には、絵画や彫刻が飾られていたし、売店もあった。僕が飲み物を買いに行けばよかったと、今、買いに行ってもらっている亜麻猫さんのことを思う。
なら、なぜ廻らなかったのかと言うと“目の前の人”が原因だ。
「楽しみですね」「ああ、そうだな」
“目の前の人”とはジント導師だ。横にはおそらく奥さんと思わしき女性を連れている。
僕たちがホールの中に入った時に、ちょうど導師たちが劇場に入るところだった。だから僕たちは、足を慌てて止めた。そして一旦外に出て、簡単な話し合いした。
ここでの話し合いとは、導師の動向を探るかというものだった。
先の宝石盗みの件で、亜麻猫さんは導師も疑っている。粉雪さんもその可能性を、頭の片隅に置いている。なので、2人は導師たちの近くで様子を探りたいようだった。
それとは逆に、ロナさんと凛姉は反対した。
ロナさんは、宝石盗みに導師は関わっていないと思っている。だから、気に食わない人ではあるが、そこまでする必要は無いと考えていた。そして凛姉は、導師が関わっているかは分からないが、奥さん(?)は関係ないので、今は止めておいた方が良いと思っていた。
僕は、奥さん(?)には悪いが、一応導師の様子を確認しておきたいと思った。だからベイリーさんに僕たちの席はどこか確認した。もしかしたら、導師たちの席と近いかもしれないと思ったからだ。
僕の問いにベイリーさんは劇場の中を覗いて、導師の席を確認してから「2席だけ導師の後ろの席ですね」と答えた。
だから、その2席は僕と……。
「はい。オレンジジュースで良かったのよね」
亜麻猫さんが座ることになった。
元々、このミュージカルは人気の物で、席をまとめて取るのが困難な物だった。ベイリーさんも、何とかホール側に騎士隊の権限を使って、席を獲得してくれたそうだ。たから、2席続きと3席続きで別れることになった。
ちなみに僕たちの席は、右側の前から5列目で、凛姉たちは左側の前から6列目だ。だいたい、横一列に50近く席がありそうなくらい広い。なので、僕たちはかなり離れてしまった。
「ありがとうございます」
僕は、亜麻猫さんにお礼を言って、ジュースの入った、僕の顔より少し小さいくらいの木製のコップを受け取り、席の横に着いた小さな机に置いた。
「ねえ、あんたもこれちょっとでいいから飲まない?」
彼女は、普段と同じくらいの声量でそう言った。だけど、導師たちは何も気が付かない。一応、亜麻猫さんの変装術とロナさんの認識阻害の魔法で、導師たちは僕たちを僕たちと認識できていないだろう。うるさくしなければ問題ない。
そして、彼女が見せてきたのは一升瓶だった。
「故郷のですか?」
「ええ、芋の聖水なんだけど、独特の味はするけど甘いわよ」
そう言って、彼女は僕に、グラスを渡してきた。
「まぁ、1杯だけなら……」
芋焼酎は、独特の味がすると聞いていたので、飲んだことが無かった。会社でも飲む人はいなかったように思う。というより、一升瓶ごと売店で売っているのか。
「不味かったら無理しなくてもいいわよ。私が飲むから」
亜麻猫さんは、一升瓶の口をこちらに向けてきた。いや、ちょっと待ってくれ。水が見当たらない。まさか原酒のまま飲ませる気なのだろうか。僕は持ったグラスを出すことを躊躇った。
「そのままはちょっと……」
「大丈夫よ。ちゃんと水で割るから」
どこにも水は見当たらないが、亜麻猫さんがそう言うのなら大丈夫だろう。僕をわざと酔わして、どうこうする気は無いだろう。
僕は亜麻猫さんの言葉を信じて、グラスを彼女に突き出した。彼女はそれの半分くらいまで酒を注いだ。そして、自分のグラスには8分目くらいまで注ぐ。彼女はストレートでいくようだ。
「それじゃ、ただの水割りで良いわよね――。はいどうぞ」
亜麻猫さんが僕のグラスの飲み口を手で覆う。そして何か呟いたあと、彼女は手を退けた。すると、グラスいっぱいに液体が入っていた。
「魔法ですか?」
「ええ。5:5で割ってるから」
僕は芋焼酎の度数を知らない。ワインが10パーセントくらいと聞いたことがあったので、多分それくらいにしてくれているだろうと勝手に思った。それに20パーセントくらいあっても、一口なら大丈夫だろう。
僕は意を決して、グラスに口を付ける。すると、飲む前に芋の香りが鼻を通っていった。
「あ、割とこの香り好きかも」
「あら、それなら大丈夫そうね」
亜麻猫さんは機嫌良さそうに言ってきた。それなら、ちょっと多めに飲んでみよう。
僕は再びグラスに口を付ける。おいしかってもこれ1杯にしておこう。導師の動向を探らなければならないのに、ベロンベロンに酔っ払っていたらマズイ。ただ、その心配はなさそうだ。
「あ、イケますねこれ」
「でしょ! それならもう1杯いきなさいよ」
いや、それは無理だ。いくらおいしくてもこれは僕にとっては度数が高い部類に入る。これ1杯でもゆっくり飲まなければ吐くかもしれない。
「度数が高いので、ゆっくり飲みます。今日は調査もしなくちゃいけないので、また今度ゆっくり飲みましょう」
僕は途中から、導師に聞こえないように小声で亜麻猫さんにそう言った。
「え。ええそうね」
亜麻猫さんは、少し顔を赤くして返事をしてきた。僕が気が付かない間に、1杯目を飲み干して、2杯目を自分で注いだのだろうか。顔が赤い割にグラスは全然減っていない。
「それで、導師たち全然喋りませんね――。え」
導師たちの様子を、小声で亜麻猫さんと確認を取ろうとしたら、何故か身体が震えた。
僕はこの震えかたに身覚えがあった。ただ、震えなければならないことをした覚えはない。しかし、その原因のほうへ目をやることは、怖くてできなかった。




