計画が崩れました③
僕たちは今、宿の食事スペースで朝ご飯を食べている。
昨日の夜のベイリーさんとの話し合いは、7時で終わった。とりあえず、今日はミュージカルホールに連れて行ってくれるらしい。それも引き抜きの一貫として、主都側からお金を出してもらえるようだ。
「11時にこちらに来てくれるんでしたね」
ロナさんが僕と亜麻猫さんに確認してきた。
昨日ベイリーさんが帰ったあと、5人で集まって今後の話をした。とりあえず、目立った行動はせず、ベイリーさんの指示に従うということになった。
「そうですね。ってあれ?」
そんな話をしていたら、宿にベイリーさんが入ってきた。
今日は遅めの朝ご飯だったので、時間は9時だ。2時間も早い。僕たちの別の要件で来たのかなと思ったが、こちらに気が付くと、駆け寄って来た。
「おはようございます。申し訳ないのですが、今日のミュージカルはなかったことにしていただいても……」
「なにかあったんですか?」
急用でも入ったのだろうか。彼は申し訳なさそうにそう言った。
「あのー。ジント導師があなたがたをお呼びなんです。ああ、そんな顔をしなくても大丈夫です。転移魔法のことを色々聞きたいようで、王様も立ち会うことになっています」
僕たちがそれぞれ種類は違うが、負の感情の顔をしたからか、彼は慌てて説明しだした。
それなら他のみんなは大丈夫だろう。しかし僕は困る。聞かれても、答えることができない。
「あの。その場で聞かれたことに答えなくちゃいけませんかね?」
「できる限りそうしてください」
そりゃそうか。とりあえず王宮に向かう間、ロナさんにどう答えれば良いか聞いておこう。というより、転移魔法のことを聞きたいのなら僕だけ呼べば良いのではないか。
「さきほどは、ミュージカルに行けないようなことを言いましたが、もしかしたら午前中だけで済むかもしれませんので、席の予約だけはしてあります」
それなら、午前中に終わるように頑張ろう。そうでなくても、導師と顔を合わせておきたくない。
「今回も私は帯刀していても良いのか。他の者……。ツヨシは聖水を飲んだ状態でも?」
粉雪さんが真剣な顔で彼に聞く。確かに、こないだは王が僕たちをテストするために武器の所持が認められていた。本来なら帯刀などさせてくれないだろう。それだと、ある意味敵地に丸腰で飛び込むことになる。
「大丈夫です。それは許可を取りました。あとこれ、ミュージカルのチケットです」
そう言いながら、彼はチケットと一緒にメモを机に出した。そのメモには“王もジント導師の事を怪しんでいますので許可がおりました”と書いてあった。
「ああ、ありがとう。私が全部預かっておく。亜麻猫は無くしそうだからな」
「はは、さすがにそれは……。いえ、なんでもないです」
おそらく演技をしているのだろう。しかし、亜麻猫さんに演技を振るのは……。いや、本当になにか無くしたことがあるのだろうか。彼女の演技にしては上手すぎるような気がする。
「それでは準備をしていただけますか。昨日みたいに11時から玉座の間で勉強会をする予定です。宮殿までは馬車を用意します」
そう言って彼は宿の外に出て行った。
なんとなく僕たちは辺りを見廻してから食器を下げ、自分たちの部屋に帰って行った。
◇◇◇
王宮に着いたのは10時30分過ぎだった。
宿から王宮まで、馬車で、30分程度で着いた。その30分の間にロナさんと話し合った。とりあえず、まずいことを言いそうになったらフォローしてくれるそうだ。
王宮に入ると、すぐにメイドのエクスさんが駆け寄って来た。なんでも、王の準備ができているので、もう入ってくれとのことだった。
「失礼します」
「おお、来たか。さぁ、こっちに」
入るなり、王がこっちに来いと言ってきた。玉座の近くには、ジント導師が控えていた。今日は自身と一緒ぐらいの大きさの杖を携えている。
「転移術式を完成させたいのだが……。力を貸してくれ」
ジント導師が真顔でそう言いながら、聖水を飲んだ。そして、杖の先端を地面に付けると瞬時に魔法陣が現れた。昨日僕が見たものと同じ術式みたいだ。
「と言われても……。僕のやりかたとは違うので……」
僕の転移魔法は術式を使わない。ただ念じているだけだ。一応、ワープするイメージみたいなものはするが、ただそれだけだ。
「それは聞いている。ただ、この術式を見てどう思う」
そう言われても、魔法の術式なんてそもそも詳しく知らない。五芒星と六芒星の違いとかルーン文字とか名前は知っていても意味を答えろと言われても答えられない。それに書けと言われてもきちんとしたものを書ける自信がない。書き順とかにも意味がありそうだ。
それぐらい全然魔法知識がない僕が見て分かるはずがない。とりあえずそれっぽいことを言っておこう。
「移動距離は確か20mくらいでしたよね」
「ああ、お前がいなければこれでも破格の物なのだがな」
彼の顔を見ずに聞いて正解だった。おそらく忌々しげにこちらを見ているだろう。
「ハハハ、でもいいんですか。これ結構高価な術式では?」
確か僕1人雇うぐらいのコストと言っていたはずだ。これが1カ月分か1年分かで話が変わってくる。そもそも1カ月の給料が分からない。20万くらい……。いやもっと上か。
「1回30万だ。こないだ言ったのは、騎士の初任給だった。すまない」
初任給で30万って高くていいなと思った。しかし、命がけの仕事なわけだからそれぐらい貰わないとわりに合わないとは思う。ちなみに僕が専属の術師になっていたらどれくらいもらえたのだろう。あとで聞いてみよう。
「それで、500mまで伸ばすには何が必要と思いますか?」
「それは……。エメ――「失礼します」
導師の言葉を遮るように後方の扉が開けられる。そして焦った顔をした男と一緒に、あの態度の悪い騎士隊2人が入ってきた。
焦った顔をした男は多分、宝石店で見た店員だ。制服もあの店のものみたいだ。
「ああ、入って来てくれ。すまない、公務が優先だ。ちょっと端の方で話しておいてくれ」
王はそう言って入ってきた男の話を聞き始めた。そして男はこう言った。
「私の店のエメラルドが全部盗まれました」
僕は思わず、導師の顔色を伺った。彼の顔は見る見る青くなっていく。
ベイリーさんの話では導師は、下の者から慕われているらしいので、盗みなどはしないと思う。しかし、最近少し様子がおかしいそうだ。もしかしたらと思ってしまうのも仕方がない。それにこの顔を見せられたら、少なくとも何か知っていると思ってしまう。ただ、それはどうやら違うようだ。
「それは、どういうことです。全部、誰が、どうやって」
彼は、王に端で控えていろと言われたのを無視して宝石店の店長(?)に詰め寄る。多分、私の店と言っていたのでこの男の人は店長だろう。
「それが分からないのです。騎士隊の人が、エメラルドを見せて欲しいと言ってきたので金庫から出そうと思ったら、エメラルドだけごっそりと無くなっていたのです。朝、店を開ける前の在庫確認時にはありましたので、8時30分から10時までの間に盗られたのだと思います」
店長は導師に首根っこを掴まれ、揺さぶられながら答えた。とりあえず止めに入ろう。
「導師、落ち着いてください」
「ええい、離せ。落ち着いていられるか」
僕は魔法で導師を落ち着かせようと酒瓶に手をかけた、その時だった。
「そうだ。導師を離せこの盗人」
騎士隊の2人が僕を指差してそう言った。僕は、瞬時に思った、これはお芝居だと。
しかし導師が迫真の演技過ぎる。この人は亜麻猫さんと一緒で演技などできないタイプだ。導師は知らされておらず、完全にこの2人の独断なのだろう。
「なんで僕が盗人なんですか」
僕は今にも飛び出しそうだった凛姉を手で制した。亜麻猫さんは、粉雪さんが押さえつけてくれている。
「そりゃ、転移魔法なんて使える奴しか盗みに入れないだろう。それにお前が1度エメラルドを買いに来たと店員が証言をしていたぞ。おおかた高くて買えなかったので盗んだんだろう」
いや、その理屈はおかしい。僕の今の立場を使えば、盗まなくても王にエメラルドをねだることができる。それをしないのも、他人に買ってもらった物を凛姉に渡したくないからだ。まして、盗んだものなどもってのほかだ。
カジノで稼ぐ算段をしてしまったのは、あれは心が少し荒んでいたのだ。言い訳をするようだが、魔法を使うのも実力の内だ。だから、魔法使用がありのカジノなら、稼いだお金も実力で勝ち取ったものだから、凛姉のプレゼントの為の資金にしても良いと思った。ただ、ここのカジノは魔法の使用禁止だ。だから踏みとどまる事ができた。
ただ彼らは僕の考えなど知らず、ただお金がもったいないから盗んだのだと思っている。
僕が彼らに反論しようとした時だった。ロナさんが代わりに割って入ってくれた。
「証拠がありませんね。それに転移魔法なら導師もできますよね」
「なぁっ。私はそんなことしていない」
この反応を見るに、やっぱり導師は関わっていないようだ。そこは少し安心した。王様が怪しんでいるとはいえ、導師となるとある程度発言権があるだろう。導師までこの僕たちをハメる計画に関わっていたら、少し面倒になりそうだった。
そして、ベイリーさんが僕たちに助け舟を出してくれた。
「王よ。私はこの5人の監視をしておりましたが、そんな気配は全然ありませんでした。それにもしツヨシさんが、宝石が欲しいと言えば、王は買っていましたよね」
「まぁ。全部は無理だが、それなりのものは買っていただろう」
「「なにぃ」」
王の言葉に騎士隊員たちが驚いていた。いや、僕が500mの転移魔法を使ったことを知らないのだろうか。それならその反応も分かる。
「むう……。そうだ、ツヨシたちよ。今回のこの事件解決してはくれないか。それなら、お主たちの疑いは晴れるぞ」
王は面倒なことを言い出した。どうしたものか。ここで断ると何となくバツが悪い。しかし受けたら受けたで、このパーティで解決できるのだろうか。とりあえず、ベイリーさんの協力は取付けよう。そう進言しようとした時だった。
「頼む。私からもお願いだ」
意外なことに、ジント導師が僕にすがるように言ってきた。どういうことだろう。部下が勝手に動いたと感づいたのだろうか。
「ベイリーと他の騎士隊員も下につけるが、それでどうだ?」
王が少し困惑気味にそう言う。王もジント導師がこんなことをすると思っていなかったのだろうか。
「分かりました。お受けいたしましょう」
困惑している僕の代わりにロナさんが答えてくれた。




