なにやら怪しげな雰囲気です。
とりあえず出たのは良いものの、行くあての店がない。というより、冷静になって考えると、別に粉雪さんと一緒でも怒られないような気がしてきた。
馬車の中で怒られたのは、僕がその気もないのに、ごまかすために嫉妬したと言ったからだ。
亜麻猫さんに関しては、一緒に依頼板を見ているくらいならキレなさそうだ。ただ、一緒に娯楽施設に行っていたら、ブチキレるだろう。
ロナさんの方も、冒険者の宿の中にいるかぎりなら大丈夫だろう。
僕はそう思い、粉雪さんの所へ戻ろうとした時だった。宝石店からベイリーさんがジント導師を引っ張って出てきた。
僕はちょうど、彼らと目が合ってしまった。ベイリーさんは苦笑いを浮かべていたが、ジント導師のほうは、僕を見て何やら慌てふためいている。
最初に王宮で喧嘩を売られた時に「宝石店にいました?」とか聞くのではなかった。おそらく、自分の正体がばれていると思っているのだろう。しょうがないが、気が付いていないフリをしよう。その方が、後々面倒なことにならないだろう。
導師に魔法を掛けた時、僕の姿は見られていないはずだ。
僕は神妙な顔を作って彼らに小走りで近づいていく。
ベイリーさんは一瞬驚いたが、すぐにいつもの表情に戻った。しかし導師は、よけいに慌てふためきだした。大声は出していないのだろう。周りの人が、チラッと彼らを見てはいるが、すぐに日常生活に戻っていく。宝石店から出てきた時も、酔っぱらいを保護する警察官といった感じだった。強盗とかではないと分かって安心しているのだろう。
「ベイリーさん、どうされました?」
僕は、彼らのすぐ側まで近寄ってわざとらしく質問する。しかし、僕はベイリーさんに聞いたのに返事をしてきたのは導師だった。
「いや、違うんだ。これは……。その」
「こちらの方はお知り合いですか?」
僕は首を傾げ、ベイリーさんの方を向いて彼に聞く。
彼はすぐに僕の意図を汲んでくれた。
「知り合いではないです。この人が店員さんと揉めていたので、事情聴取をしようと……。あ、いいところに。君、この人を頼む」
誰かが通報したのか、他の騎士隊が僕たちのもとへとやってきた。ベイリーさんはやってきた騎士に導師を引き渡した。
導師は、さっきの僕たちのやり取りで、僕が気付いていないと思ったようだ。しかし、引っ切り無しに、ベイリーさんと僕の顔を交互に見ている。そんな導師を見て、彼は導師に耳打ちをした。すると導師は、おとなしく騎士に連れられて行った。
一旦、ベイリーさんと別れよう。おとなしく連れられては行っているが、まだ導師はこちらをたまに見ている。
僕は小声で「冒険者の宿にいます」と言ったあとに、大きな声で「それじゃあ、業務頑張ってください」と言い、また宿に戻った。こちらに来るタイミングは、彼に任せよう。
僕は振り向かずに、宿に入っていく。すると、戸の近くで粉雪さんが待っていた。
「忘れ物はもういいのか?」
「もともと、部屋に置いてきていたのを思い出しました。ご心配おかけしました。それと、多分ちょっとしたら、ベイリーさんがここに来ます」
「今の、白髪の男と関係がある話か?」
「見ていたんですか?」
彼女の話では、僕が急いで宿を出て行ったあと、少し依頼板を見ようかと思ったが、僕の意見も聞いて決めたほうが良いと思ったため、僕を追いかけようとしたらしい。しかし、なにやら立て込んでいたため、宿の中から様子を見ていたらしい。
僕はベイリーさんが来る前に、彼女に説明をしておいたほうが良いかと思った。しかし、こんな不特定多数がいるところで、ジント導師の名前を出しても良いのだろうか。いや、小声なら別に――。
「お待たせしましたー」
ベイリーさんがちょうど来てくれた。彼が来たということは、ここで喋っても良いと言うことだろう。そう思ったが、彼は違う考えのようだ。
「隠れて読んでください。それでは」
彼は小声でそう言い、僕にメモ書きを渡して、そのまま走り去っていた。
「なにを貰ったんだ?」
粉雪さんは僕の背後から顔をのぞかせる。
「えーと、あ……。はいどうぞ」
「ん? ああ」
僕はメモに書かれた内容を見た。音読しそうになったが、声に出すなと書かれていたため、寸でのところで踏みとどまり、粉雪さんに渡した。
“きょうのろくじ。きみはおんみつがとくいなひとをつれて、とまっているやどのにかいの、いちばんひがしがわのへやであおう”
メモ書きには、なぜか全部ひらがなでそう書かれていた。
「よし、それじゃあ、受付に行くか」
「え、あ、ちょっと」
粉雪さんはメモを持ったまま、反対側の手で僕の手を掴み、無理やり受付へと引っ張って行く。なにを考えているのだろう。
「どうされました」
受付の人が怪訝そうに聞いてくる。
「いや、冒険者カードについてだが……」
粉雪さんはメモ書きを伏せて机の上に置いた。そして、今までとは関係のない話をしだし、それをメモしだした。
「それでしたら、正式に移籍が決まった後に、新しいカードをお渡しします」
「そうか。ありがとう。その時は世話になる」
「いえ、こちらこそお願いしますね」
粉雪さんに合わせ、僕も挨拶をする。そして、彼女に付き従うように、一緒に宿を出た。すると……。
「お前たち、さっきベイリーに何を貰ったんだ?」
宿を出た瞬間、村に来ていたジント導師の部下の、男2人が話しかけてきた。
「ああ、これか」
そう言って粉雪さんは、男たちに自分が書いたメモを渡した。多分本物のベイリーさんのメモは、粉雪さんが持っている。
「なんで、全部ひらがななんだ?」
男たちは、そのメモ用紙をこちらに見せつけてくる。粉雪さんが周りに見えないようにメモを取っていたため、今初めて書いていた内容を見た。そのメモには、ベイリーさんの筆跡に似せて、カードのことなどについて受付の人に聞いてくださいとひらがなで書かれていた。
「こっちが聞きたいんだが」
粉雪さんは面倒くさそうに答える。そしてメモを、ぶっきらぼうに奪い返した。男たちは、その行動に腹を立てたのか、語気を荒げて「他にもらったメモはないか」と聞いてきた。
「それだけだが? もう良いか? 連れがちょうどこっちに来ている」
粉雪さんは、男たちの遠く後ろを指差した。確かに凛姉たちがこちらに向かって歩いてきている。凛姉はこちらが気づいたと分かったらしく、手を振っている。とてもかわいらしい。
「チッ。もう行っていいぞ」
男の1人が感じ悪くそう言う。粉雪さんは不機嫌そうに、何も言わず、わざとらしく男の横を大きく避けて凛姉たちの方へと歩いて行く。
僕は、そんなあからさまな態度を取ることができず、会釈をしてから彼女たちのもとへと駆け足で向かった。




