知名度を上げようとしていたら、引き抜きの話が来ました。
凛姉の周りにうるさい虫が飛び交っている。
僕が凛姉を転移させてから1週間がたった。
そのうち僕が気を失っていた、最初の三日間で色々話が進んでいたようだ。
1つが、凛姉が宿でお昼時だけウェイトレスのバイトを始めたことだ。聞いたところによると、この宿は基本、女将さんが一人で切り盛りしているらしい。たまに人を雇い、仕事を手伝ってもらったり、長期休暇をとったりしているらしい。
今回は村の畑作業が一段落ついたと言うのもあり、冒険者以外の人も、昼間から宿にお酒を飲みに来たりしている。だから1か月の間、昼間だけでも凛姉に働いてほしいとのことだった。
凛姉は二つ返事で了承したそうだ。なんでも、僕が飲んだ500万G分の酒の借金の利子を無しにしてくれるからだそうだ。
ただその影響で最近、凛姉の周りに虫が飛び交っている。
「凛さん。一緒に夕ご飯でもどうですか?」
「せっかくですが、遠慮しておきます」
虫と言っても蚊などではなく、男どもだ。今もこのありさまだ。
凛姉が中2までは僕が、中3からは溝田さんも、凛姉に悪い虫がつかないように戦ってきた。この際、溝田さん自身が悪い虫かどうかは言わないでおく。
確かに、あれだけの美少女が給仕をしていたら声をかけたくなるだろう。
ロナさんのメイド服とは真逆の、いやらしさのかけらもない、確か、ヴィクトリアンメイド(?)型の給仕服で接客をしていた。
「そんなに睨まなくてもいいんじゃない?」
僕の目の前に座っている亜麻猫さんが、酒を飲みながらそう言ってきた。
「逆に聞きますけど、粉雪さんが――。「ごめん。殺すわ」
彼女はお酒を机に置いて謝ってきた。
今、僕は亜麻猫さんと2人で作戦会議を開いていた。ロナさんと粉雪さんは村の図書館に行って、このシャーパン地方の資料を探している。
「話を戻しますけど、次はどの依頼を受けますか?」
僕が勝手に思っていたことだが、粉雪さんと亜麻猫さんはこの地方に来て長いものだと思っていた。しかし、意外にもこの宿に登録したのが1か月前とのことで、この地方の事もあまり詳しくはないそうだ。
「うーん。知名度を上げるには、森の奥のドラゴン退治とか遺跡探索なんだけど……」
「やっぱり厳しいですよね」
僕たちのパーティでは、この際、ドラゴンが倒せるか倒せないかは置いておくとしても、森の奥に行くまでに遭難してしまいそうだ。同じ理由で遺跡探索も駄目だ。
「だけど、他のはね……」
他にあるのは、薬草採集や羊の毛刈りの手伝いなどの日常生活の補助的なものしかない。
「少し言いにくいことなんですけど、僕たちなら道場破りみたいに、主都の冒険者の宿に殴り込みに行けば登録してもらえるのでは?」
僕は小声で亜麻猫さんに聞いてみた。7割方冗談のつもりだが、3割は彼女も乗って来るのではと思っていた。しかし彼女は渋い顔をしていた。
「それはお勧めしないわ。あんただけならそれでも入れてくれると思うけど、私達はそんなことしても騎士隊から目を付けられるだけだわ。それなら、コツコツ名声を稼いだほうがマシよ。この前みたいにモンスターが村の近くに来るかもしれないし、あとは、もう少しすれば、羊の毛を買いに商人が来るから、それの護衛に名乗りをあげるなりすれば……」
亜麻猫さんは、僕の場合は停止魔法があるから特別に認められると思うが、自分たちはただ強いだけで制度を崩してまで迎え入れてはくれないと考えているそうだ。それに……。
「この宿にも迷惑がかかるから……。移籍金も貰えなくなっちゃいそうだし」
引き抜きが行われた際、その冒険者が在籍していた宿に主都の方から移籍金が贈られる。そして、新任の騎士が数年間護衛として村を護ってくれるそうだ。
「それなら、僕も止めておきます」
まだこの宿に来て日が浅いが、女将さんは良い人そうなので迷惑はかけたくない。それに依頼が無いわけではないのだ。
亜麻猫さんたちの見立てでは、2年くらいで1億稼ぐことが可能なのだ。いざとなるまでは、ゆったりしておこう。
「あ、凛姉が仕事終わったみたいなんで、昼食買ってきます」
「私のも頼むわ。ざるそばにしてね」
僕は亜麻猫さんからカードを受け取り、凛姉の所へ向かう。
凛姉は、着替えを済ませていた。白のワンピースを着ている。
「お疲れ様。凛姉」
「つーくんの方もお疲れさま。うどんで良かったんだよね。女将さんうどん二つお願いします」
「はいよー。それとざるそばもかい?」
「はい。お願いします」
亜麻猫さんは、基本お昼はざるそばを食べる。それなので、女将さんも覚えてしまったようだ。僕は、凛姉が目配せをしてきたので、女将さんに返事をする。
「はい、おまち。カードを貸してくれるかい?」
「はい」「これは、亜麻猫さんの分です」
宿の女将と言うだけあって、女将さんはテキパキと精算していく。
「まいどあり。それと凛ちゃんお疲れ様。明日も頼むよ」
「いえ、こちらこそお疲れ様でした」
凛姉がお辞儀をしたので、僕も合わせてお辞儀をした。その後、四角のお盆に乗せられたざるそばとうどんを持って、凛姉と一緒に亜麻猫さんの所へ戻った。
「はい。ざるそばです」
「ありがと。私も人の事言えないけど、あんたたち、またうどんなのね」
「まだ、聖水になれていないので……」
僕も凛姉も酒に慣れていない。なのに魔法の練習で結構な量を飲んでしまった。だから、胃にやさしいものを食べるように、ここ数日心がけている。
別に治そうと思えば、ロナさんの魔法で綺麗に治すことができる。しかし、あまり連続で使ったりすると、体がその魔法に慣れてしまって耐性ができ、魔法が効かなくなる。
できる限り回復魔法は使わない方向でいこうと、パーティ内で話し合った。
「あんたたち本当に弱いのよね。それなのにツヨシは転移魔法を成功させるし、凛は常時展開の維持時間が長いし……。ズルズル」
亜麻猫さんは蕎麦をすすりながら、話を続ける。
亜麻猫さんと粉雪さんは2人とも20歳だそうだ。最初、亜麻猫さんは凛姉の事を“さん”付けで呼んでいたが、凛姉がパーティに入ることになった時から呼び捨てになった。
ロナさんには最初から砕けた口調で話していたが、あれは僕に対しての敵対心があったから、僕の仲間であろうロナさんに敬意を払う気が無かったらしい。けれど凛姉は、僕と仲良くなった後に出会ったので、年上への敬意を込めていた。
しかし、パーティ入りが決定になったので、対等な関係にしたいと言うことで、呼び捨てになった。
そんな話をしながら、遅めの昼食を食べていた時だった。村人が3人宿に駆けこんできた。
「女将さん。騎士隊の人たちが、話があるそうです。村長は今他の者が呼んできていますので、大きめの部屋貸してください」
村人の1人が息を切らしながら、そう言った。かなり緊張していたようだ。今。水の入ったコップを受け取って、それを一気に飲み干した。
僕はその様子を見て、森の奥のドラゴンがこっちに向かっているのかと心配になってきた。
それと同時に、そうなのであればチャンスだと思った。しかし、そうではないみたいだ。食堂の隅で本を読んでいた女性が声を発した。
「ここで問題ない。私が呼んだから、別に緊急性や秘匿性があるものではない」
その女性は本を閉じ、まるで機械音声みたいな抑揚のない喋り方で村人に告げる。
「となると……」
宿中の視線が僕たちの方へと集まる。
どうしたのだろうと思っていたらロナさんたちも帰って来た。
「おい、騎士隊が来ているんだが何かあったのか?」「誰も怪我とかしていませんか?」
宿の扉を開けるや否や、2人が僕たちに詰め寄ってきた。
「いや、僕たちも何が何だか」
僕も凛姉も、それに亜麻猫さんも今の状況を理解できていなかった。
「揃ったのならそこに座って待っていて。騎士隊に入って来てもらうから」
その女性は、僕たちの方を向いてそう言ってきた。
「どういうことですか?」
僕はその女性に質問する。いくらなんでも説明がなさすぎだ。
「引き抜きの話」
女性は一言そう言って外に出て行った。




