凛姉も仲間になりました。
「つーくん、入るよ」
凛姉が僕の返事を聞く前に、部屋に入ってきた。
「あ、うん」
僕はとりあえず返事をした。ただ、何か話す余裕はまだない。
凛姉は僕の隣には座らず、机の向かい側に正座で座った。さっきは気が付かなかったが、粉雪さんたちが持ち込んだのか、座布団が置いてあった。
僕は、その間も何を話そうか考えていたが、何も思いつかなかった。
それはそうだろう。いくら謝らなくて良いと言われても……。
僕たちの間に気まずい空気が流れるかと思ったが、 凛姉の方から話題を出してくれた。
「3年で3000万ごーるど? 稼がなくちゃいけないんでしょ?」
ロナさんがおそらく気を利かせてくれたのだろう。それでも凛姉は心配そうにしている。ここは僕が安心させてあげなくては――。
「大丈夫だよ。僕、こっちの世界では年収1000万も夢じゃないみたいだから」
本当は1年で3000万以上稼がなければならないが、僕の実力ならそれも大丈夫だろう。
ただ凛姉が聞きたいのはこういうことではないのだろう。
「それは聞いたよ。色々魔法が使えるみたいだけど……。お酒飲まなくちゃいけないし、それに冒険者って危険な仕事でしょ」
やっぱりだ。凛姉ならその心配をしてくれると思っていた。しかし、僕は1億貯めなくてはならない。
自分の為というのが8割方を占めているが、後の2割は、ロナさんや粉雪さんたちのことを思ってだ。
これから僕は凛姉に嘘を言うことになる。それはとても心苦しいことだが、しょうがないことだ。それに凛姉を安心させるためでもある。
「依頼はちゃんと吟味してから受けるよ。ドラゴンとかの討伐とかも極力受けないようにするし、受けても後方支援とかにするよ」
僕は凛姉の目をまっすぐ見て答えた。これで凛姉も安心してくれる。そう思ったが、凛姉の様子はそうは言っていなかった。
「つーくん。私の眼をちゃんと見て、もう一度言ってみて」
凛姉は立ち上がり、僕の前まで来て屈み、僕の目の高さに自分の顔を合わせてきた。
僕は、これだけ近くで凛姉の顔を見て喋るのは無理だと思った。だから反射的に目線を反らしたのだが、目線の先はワンピースの胸元だった。少し胸元が開いているタイプなのでもう少しでブラ――。
「見れないの?」
凛姉は僕の頭を両手で持って、僕の目線を自分の顔に向けた。
凛姉は少し泣きそうな顔をしていた。それを見て僕は、目が泳ぎかけたが何とかまっすぐに保った。そうしなくては凛姉を安心させることはできない。
「さっき言った通りだよ」
僕は、まっすぐ凛姉の目を見て言えたと思った。しかし凛姉からしたらそうではなかったようだ。
「うそつき。お姉ちゃんが、つーくんの嘘を見破れないと思ってる?」
普段、こんなことを言われたら普通に嬉しく思っただろう。それだけ、僕のことを見て、知ってくれていると言うことだからだ。しかし、今は心が痛くなる。
「ごめん。だけど……」
僕はとりあえず謝った。そして言い訳をしようと思ったが、生き返らせてくれたロナさんの為などと、そんな嘘は口が裂けても言えなかった。なので言い淀んでしまった。
「ううん。お姉ちゃんの方こそごめんね。意地悪なこと言って」
だけど、凛姉はそんな僕を抱きしめて慰めてくれた。
ああ、懐かしい感触だ。小さいころは泣きついたりしていたが、大きくなってからは、そんなこと恥ずかしくて頼めなかった。
「つーくんが冒険者を続けるって言うんだったら条件があるの。私もパーティに入れて」
僕が懐かしい感触を感じていたら、違う衝撃がきた。僕は凛姉に危険なことをしてほしくない。なんで急にそんなことを言い出したのだろう。
「いや、危険だから――。「私は大きな魔法は使えないけど、魔法の常時展開はできるから、つーくんよりは危険じゃないと思うよ」
凛姉は僕の言葉を遮って、説明してきた。
「お酒飲んだの?」
元いた世界では、凛姉は両親の死が原因で、お酒を飲もうとしなかった。だから、姉がお酒に耐性があるのか知らなかった。あの2人の子だから、普通は強いとは思う。だけど僕みたいに弱い可能性もあった。
「うん。ちょっとだけどね。私もつーくんみたいに親和性が高いみたい」
それなら日常生活は安心だ。ちょっとでいいのならお酒が弱くても大丈夫だろう。ただ、今はそう言う問題ではない。
「それでも、冒険者は……」
「大丈夫。私が“護ってあげる”から」
“護ってあげる”
その言葉に僕は、とても心打たれた。なんてすばらしい言葉なのだろう。
それに、凛姉の“私に任せて”といった自信に満ち溢れた顔がとてつもなく可愛かった。
だから僕は思わず――。
「分かったよ」
了承してしまった……。
「それじゃあ、私も頑張って稼ぐからね」
僕が了承したからか、凛姉は笑顔になった。その顔をとても可愛かったが、それよりも気になったことがあった。
「いや、僕が稼いだお金しかカウントされないよ」
凛姉のことだ。おそらく僕が3000万稼ぐと知って、自分の事のように心配して僕の手伝いをしてくれようとしているのだろう。だけど、パーティでお金は分割で支払われるので僕の取り分は少なくなってしまう。その面だけでいえばマイナスだ。
「そうなんだ……。それもあるんだけど、私を転移させるのに宿のお酒たくさん飲んだでしょ?」
だけど、凛姉がパーティに居てくれるのは怪我が心配な反面、とても嬉しい。
そんなことを考えていたら、凛姉は僕が飲んだお酒の話をしてきた。
「そうだった。それでいくらに?」
「500万だって。粉雪さんたちが言ってたんだけど、少しマケてくれてるらしいの。それに床とかの掃除代とかも請求されていないらしいから、せめてできるだけ早く返したいの」
僕は思わず「ははは」と笑ってしまった。
「やっぱり、結構な負担だよね」
凛姉は僕の笑いを苦笑い的な、乾いた笑いだと思ったようだ。少し暗い顔をしている。
いや、違う。たった500万で良いのかと思ったから僕は笑ったのだ。
ワイバーンを1匹倒したら500万くらいだと亜麻猫さんは言っていた。
つまり、凛姉の命をワイバーン1匹の命で買えたと言うことだ。
「別に負担じゃないよ。たった500万で凛姉にまた会えたんだと思ったら、なんか可笑しくなっちゃって」
僕は本音を包み隠さず凛姉に話した。だってそうじゃないか。本当は1度死んでしまったのだ。それなのに別世界でとはいえ、500万で姉と再会できて一緒に暮らすことができるのだ。こんな幸せ、お金に換算などできるはずがない。
「確かにそうだね」
凛姉はビックリした後、笑顔になってそう返してくれた。
「それじゃあ、ロナさんたち……。
「さすがにロナでも、ツヨシがあの子と2人きりになるの怒らないのね」「私を何だと思っているんですか?」
外からロナさんたちの声が聞こえてきた。
あれ? と思い星の置物を見ると白かった星が赤に変わっていた。恐らく魔力切れを起こしたのだろう。
そう言えば、凛姉の誤解を解くのを忘れていた。ロナさんたちを呼ぶ前に、きちんと説明しておこう。
「……あの、凛姉? 僕が好きなのは――。「みなさん、話終わりました」
凛姉は、僕が告白ではないが、それとなく思いを伝えようと決意した少しの間に、玄関先に言って三人を呼んでいた。
「それじゃあ、朝ご飯にしましょうか。ツヨシさんも起きましたし、他の方に挨拶もしておいた方がいいでしょうし」
「そうだな。ツヨシ、体調が優れないのならおかゆでも作ってもらって持ってくるぞ」
「凛はどうするの? その子の体調が優れないのなら、付いててあげたら?」
3人が次々と喋り出した。これでは、凛姉に僕の思いを伝えられない。
僕はため息をふぅと吐く。そして――。
「大丈夫です。女将さんたちには迷惑を掛けましたから、自分で謝りたいです。それと」
僕はベッドから立ち上がり、みんなのもとへ行く。
「改めて、姉ともどもよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
僕に続いて、凛姉もお辞儀をして挨拶をした。
これからの日々は、苦難の連続かもしれない。だけど、ロナさんをはじめ、粉雪さんや亜麻猫さん、宿の皆さん、そして凛姉の助けがあったら乗り越えて行ける。
僕はそう思……。確信できた。




