嬉しい朝のはずが一転、修羅場になりかけました。
「ロナさん!!」
僕は目を覚ますなり辺りを見渡す。昨日と変わらぬ、木で造られた中世ヨーロッパ風の部屋だ。ただ、昨日までと違うとすれば……。
「つーくん!?」
凛姉が台所からこっちの部屋へ飛び込んできた。そうだ。凛姉をこちらの世界へ連れてこられたんだった。
「ロナさん。つーくんの目が覚めましたよ!」
凛姉は、僕の側に近寄って、ベッドの側に座った。
僕はここで初めて、ロナさんがベッドに顔を伏せて寝ていることに気が付いた。
彼女は、凛姉が揺すってようやく起きた。
「おはようございます。ツヨシさん」
ロナさんはいつものにっこり顔で僕に接してくれた。ただ、目の下は真っ黒になっていた。よく見たら凛姉もだった。
「あの。色々とごめ――」
「それは言いっこなしです」
ロナさんが僕の口を手でふさぐ。そして彼女は凛姉に目配せをした。
「私ももう自殺なんて考えないから。この件で謝るのは、もうお終いにしようね」
凛姉が苦笑いしながらそう言ってくれた。ただ、僕からは聞いておかなくてはいけないことがあった。
「あの。溝田さんの記憶……」
「……。消してもらったよ。あの子にとってその方がいいと思ったから」
凛姉は少し悲しそうに言う。
「そっか。しょうがないよね」
ここで謝るのは違う気がする。せっかく“さん”付で呼ぶくらいには信頼が回復したのにと少し僕も悲しくなった。だけど、彼女の為にもここは耐えなくてはならない。それになんとなくだけど彼女は、凛姉を追ってこちらの世界に自力で来そうな気がする。その時は、さん付は止めて呼び捨てで呼んでやろう。
「おほん。それでツヨシさん。体の具合は大丈夫なんですか? 一応確認しますね」
気まずい雰囲気を感じたのか、ロナさんが普段しないわざとらしい咳払いをして空気を換えてくれた。
僕は気持ち悪いところや痛いところはないのを伝え、またベッドに横になった。すると玄関のドアがノックされた。
「はーい。開いてます」
「様子はどうだ?」「あら、目が覚めたみたいね」
凛姉が返事をすると、粉雪さんと亜麻猫さんが部屋に入ってきた。ロナさんはそれに構わず僕の診察を続けていた。とりあえず、少し体を起こそう。
「あの。この度はご迷惑……」
「いや、別に迷惑なんて掛かってないから」
「迷惑だと思うのなら、今は安静にしていてくれ」
僕の言葉は、亜麻猫さんと粉雪さんによってかき消された。確かに粉雪さんの言うとおりだ。今は安静にしていよう。それが一番迷惑を掛けずに済む。ただ、そう思っていたらロナさんが「もういいですよ」と言ってくれたので体を起こした。
するといつの間にか2人は机の側に座りお茶を飲んでいた。
「この部屋って、こっちの地方じゃ珍しく、靴を脱いで生活するようにしているのよね。落ち着くわ」
「そうだな。ただ畳だったら最高だったのだがな。ツヨシたちがいた世界でも畳はあったんだろ?」
僕は2人の言葉を聞いてロナさんの顔を見る。
「全部話しました。今回の顛末も。私が天使見習いなことも」
特段バレて困ることはないのでそれは問題ない。ただ、素直に受け入れてくれるかが、問題だっただけだ。一応、粉雪さんと亜麻猫さんに聞いてみよう。
「すぐに受け入れてくれたんですか?」
「普通なら信じられないが、2人で転移魔法を成功させた後だったからな」
「あんたたち、改めてすごいわね。ロナは、天使見習いだからまだギリギリ分かるんだけど。ツヨシは、普通の人間でしょ」
2人は真面目な顔で頷きながら返事をしてくれた。大体予想通りだった。ただ、亜麻猫さんが僕の事を呼び捨てで呼んでくれたのは想定外だった。やっぱり、マイノリティー同士なにか仲間意識的な物が芽生えたのだろう。
僕は凛姉の方を思わず見てしまった。
僕の顔は少しにやけていたのだろう。凛姉は困った顔をしていた。そして、とんでもない勘違いをしてしまったようだ。
「あのね、つーくん。男っ気のかけらもないお姉ちゃんが言うのもなんだけど、心配だったの。つーくんが、家に彼女の1人も連れてこないから……」
僕は凛姉が何を言いたいのかよく分からなかった。
家に彼女の1人も? そんな作るわけがないから呼べるはずがないじゃないか。
まぁ、すでに家に凛姉がいるんですが。
男っ気のないお姉ちゃん? そんなの当り前じゃないか。そんなのがいたら、その男を殺している。昨日までなら、凛姉が認めた男だったら結婚を許そうと思っていた。ただ、今日からは違う。凛姉を幸せにするのは僕の役目だ。他の男になんて渡すわけがない。
僕はあとでと言わず、今考えても気持ち悪いことを思いながら、凛姉の言葉の続きを待っていた。その後の凛姉の言葉に、僕の心は凍りそうになった。
「だけどね、異世界に来たからって1度に3人も彼女を作るのは、お姉ちゃんダメだと思うの」
その言葉に僕は絶句してしまった。なぜそんな勘違いを凛姉はしてしまったのだろう。僕が気を失っている間に、変な説明が行われたのか? ただそれなら、2人までなら分かる。ロナさんと粉雪さんが何か言ったのだろう。しかし、3人となると亜麻猫さんまで入ってしまう。
せっかくお互いの恋愛事情をは吐き出せる仲間ができたのだ。こんな形で失いたくない。とりあえず、最優先で亜麻猫さんは違うと言う認識にしなくてはならない。だから、慌てて声を出そうとしたが、気管につばが入ってむせてしまった。
「亜麻猫さんはちが、うほへぇぇん。ごぼ」
「つーくん!?」「大丈夫か!?」「大丈夫!?」
凛姉と粉雪さんと亜麻猫さんは慌てて僕の様子を伺ってきた。これを見て僕はシメたと思った。このまままだ体調が悪いと言って寝てしまおう。それで、2人が帰ってから凛姉の誤解を解こう。一瞬でそこまで頭の中で計画したのだが、それはロナさんによって崩された。
ロナさんは僕の喉に手を当て、魔力を流し込んできた。いつもの温かい感覚が体を伝わっていく。
「治りましたね」
疑問形で無く、有無を言わせない断定系でそう言われた。いつもの僕なら今の黒いオーラを纏ったロナさんにビビるだろうが、今はビビっていない。さっきの温かい感覚で聞かなくてはいけないことを思いだしたのだ。
「小5、公園、キャッチボール」
「え、ツヨシさん?」
ロナさんの黒いオーラが引いていくのが感じられた。
震えていた亜麻猫さんとそれを止めようと頑張っていた凛姉。あと普段通りの粉雪さんには何が起こったかわからないだろう。
「少しの間だけ2人っきりにしてもらえませんか? 抜け駆けはしません」
ロナさんは、3人に真剣な顔で言った。三人とも何か感じ取ったのか真面目な顔つきで、部屋の外へ出て行った。
やっぱり、あの女の子はロナさんで間違いなかったようだ。
なぜあの時僕の記憶を消したのか、僕は聞いておきたかった。




