元いた世界の記憶 ツヨシ編
夢を見ている。
あれは姉が僕との約束を破った日だ。僕は公園の中心にある、大きな木に登り1人佇んでいた。
「凛姉ちゃんのバカ」
僕は、コアラみたいに木に抱き着いてそんなことを1人呟く。
「なんだよ。野球のどこが良いんだ」
この時僕は、野球部の誰かに姉を取られると思い込んでいた。だけど、それを口に出して言うのは男として何か情けなく思い、標的を野球というスポーツに向けていた。
だけど、そんなことを考えていても始まらないと思い、図書館に行くことにした。もしかしたら、野球がつまらないと思った凛姉ちゃんが、図書館の方へ来てくれるかもと思ったからだ。
「よーし。そうと決まれば」
僕は、木から降りようと下を見た。すると凛姉と多分同じくらいの年齢の女の子がこちらを見ていた。
ただ、外国の子みたいで成長が速いだけかもしれないので、僕と同い年かもしれない。髪は金髪のショートヘアーで胸は少し膨らんでいた。
「なんだよ」
僕は、泣いていたところを見られたと思い精一杯強がってみた。ただ、その少女はにっこりと笑い「私とお話ししましょう」と言ってきた。
凛姉は友達と一緒に、他の男を応援しに行ったんだ。
それなら、僕も違う女の子と話しても何も問題ない。小学5年生にしてはすこしマセた考えで、彼女の提案を僕は受けた。
◇
僕たち2人はブランコに移動していた。しかし漕いではいない。
「それでお姉ちゃんは、僕との約束を破って、他の男の所へ行ったんだ」
何故か僕は、この子に自分の事をスラスラと話してしまった。彼女が聞き上手と言うのもあるのだろう。本当ならこんなこと言うつもりはなかった。でも、モヤモヤとしたものを吐き出せて少しスッキリした。
女の子は、僕の頭を撫でた後「キャッチボールしましょうか」と誘ってきた。そしてどこからかグローブを出して僕に渡してきた。
僕が「野球が嫌いになりそう」とか話の途中で言ったからだろうか。嫌がらせ……。いやそれはない。多分気を使ってくれているのだろう。とりあえずどこから出したのか聞いてみた。しかし彼女は答えを「マジックです」と濁し、そのまま遠くへ走って行った。
「それじゃあ、いきますよ。構えてください」
一応、友達とキャッチボールくらいならしたことがある。しかし試合形式でなどしたことがないので、カバーの入り方など知らない。それに知識もゲームの知識しかない。だから“スライダーは真横には曲がらない”とか“シンカーとスクリューの違い”とかの真偽などわからない。というより、野球部の友達と話していても意見が割れていた。
そんな僕にお構いなしに、女の子はきれいなワインドアップでボールを投げてきた。それを僕はぶきっちょながら受け捕る。
「うまいじゃないですか」
女の子は僕を褒め、そのまま投げ返すに促してきた。
僕はへたくそなりに、女の子のほうへボールを投げた。しかし、それは明後日の方向へと飛んで行った。
「あ、ごめんなさい」
僕は慌てて、拾いに行く。だけど、女の子が手で僕を制して、拾いに行ってくれた。
「投げる方は、練習が必要ですね」
女の子にそう言われ、僕は気恥ずかしくなった。顔も真っ赤になっていただろう。それを見て女の子は、僕にフォローを入れてくれた。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいですよ。私の方の方が年上なんですから」
僕の方は小学5年生と女の子に言ってあったので、年上と言うのは事実なのだろう。だけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんな僕を見かねてか、女の子が僕の腕を握って来た。
「なにを?」
「それじゃあ、練習しましょう。私がコーチを付けてあげます。まず腕の振りはこうです」
女の子は、僕にボールを持たせ、腕の振り方を教えてくる。
「どうしてこんなことを――」
「あなたが野球を嫌いになるって言ったからです」
女の子は真面目な顔でそう返してきた。やっぱり、僕が言った言葉を気にしていたのか……。それなら甘んじてこのコーチを受けようと思った。だけど、減らず口だけは叩いておこう。
「スパルタだったら、逆効果ですよ」
「もとからユルユルで、するつもりです」
女の子はにっこりと笑ってそう返してきた。
その後は、トイレのコンクリートの外壁に向かってボールを投げ込んだ。腕の振りや腿の上げ方、軸足への力の蓄え方などゆっくりと教えてもらった。
女の子に体を触られまくったので、何か変な気分になった。ただ、子供心にこの感情は隠さなくては相手に失礼と思い、冷静を装っていた。そしてそれを隠すためと、女の子の良いところを見せようと、今から力を抜かないで本気で投げてみようと思った。
「よし。本気で投げてみます」
今までは力を抜いて投げてきた。その結果ある程度コントロールが定まるようにはなっていた。だから僕は自信を持って本気で投げてみた。しかし結果は……。
「あ、拾ってきます!」
指にボールの縫い目がうまく引っかからず、コンクリートの壁が無いところへ投げてしまった。そしてボールは、そのまま公園の外へ出て行こうとしていた。
僕は、いつもより速く走っているように感じた。良い感じで投げ込めていて、女の子の前で格好つけようとして、大暴投だ。恥ずかしくて足が勝手に回っているのだろう。
だから、普段なら飛び出しなどしないのに、僕はそのまま左右確認もしないで公園の外へ出てしまった。
「危ない!!」
後ろから女の子の声が聞こえてきた。だけど、もう遅かった。僕が気が付いた時には車がすくそこまで近づいてきていた。
僕は反射的に足を止めたが、勢いを殺せず足を挫いてしまった。そしてそのまま轢かれるかと思った。
“こっちに来て”
僕は轢かれるのを覚悟して目をつぶっていた。しかし、車が当たる感触は一向に来ない。だけど何故か宙に浮いている感触がする。
そこで僕は目を開いた。まぎれもなく僕の体は浮いている。しかし跳ね上げられたのではないだろう。
なぜかゆっくりと僕の体は公園の方へ動ている。そして、公園の中に僕の体は戻された。
「気をつけろ。死にてえのか!!」
ドライバーは、僕が怪我をしていないのを運転席から確認すると、そのまま走り去って行った。
「大丈夫ですか!?」
女の子が僕の所まで駆け寄って来た。あの不思議な感覚はなんだったのだろう。
「うん、だいじょう、イタッ」
僕は慌てて立ち上がろうとしたが、先ほど左足を挫いていたため、そのまま尻餅をついてしまった。彼女は慌てて僕の左足に触る。
「挫いてますね。“イタイにのイタイの飛んでけー”」
いくらなんでもそんなことで治るわけがない。そう思った僕だったが、何か足に温かい感触が伝わりだした。そして、痛みが引いていくのが感じられた。
「これで立てますよ」
そう言って彼女は僕に肩を貸してくれた。
確かに立つことができた。足も痛くない。
「ありがとう」
僕は、彼女がやってくれたとは、にわかに信じがたいが一応お礼を言った。そして、肩を彼女に返した。それと同時だった。後ろから声を掛けられた。
「ロナ、帰りますよ」
おそらく、女の子のお母さんだろう。この子の名前を僕は聞いていなかったので、確かではないが、多分そうだと思う。
「はい」
女の子は、お母さん(?)の横に引っ付いた。やっぱり知り合いなのは間違いなさそうだ。
「君もロナと遊んでくれてありがとう」
「ううん。こちらこそ楽しかったです」
僕は当たり障りのない返事をして、女の子のほうを向いた。
「ロナお姉ちゃん。また遊ぼうね」
女の子は、少しびっくりした後「はい」と元気に返事をくれた。
「それじゃあ、このグローブ返すよ」
「いや。それは持ってて……」
「ありがとうね」
女の子は僕に持っていて欲しかったようだが、お母さん(?)が僕からそれを受け取った。いくら子供用とはいえ高価なものだ。会ったばかりの子に、借りっぱなしでいるわけにはいかない。
「それじゃあロナ、さよならしようか」
お母さん(?)はロナさんに無表情のままそう言った。
「はい。ツヨシ君さようなら。また会おうね」
「あれ? 僕名前言った――」
次の瞬間、女の子たちは僕の前から姿を消した。
僕は女の子の顔を思い出せなくなった。




