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子供を助けます。

 僕たちは、村で聞き込みを開始した。まずは、宿で女将さんに話を聞くそうだ。


 宿は、村の入り口近くに建てられている。そのため、依頼時はもちろん、村の外に出る時は、宿で申請してから出ることになっている。なので、その申請状況を教えてもらおうと言うことになった。


 今現在、僕は宿の扉の前に立っている。後ろから亜麻猫さんが声をかけてきた。


「それじゃ、私は後ろで見ているから、女将さんに聞いてみなさい」


 心なしか、亜麻猫さんの言い方が柔らかくなった気がする。やっぱり、同じマイノリティ同士気が合うのだろう。

 表立っては手を貸すことはしないが、ある程度は、粉雪さんに対して根回しはしてあげようと、そんなことを僕が考えていた矢先だ。3階建ての宿の屋根の所で、何かが動いたような気がした。


「あの何か動き――。「ゴブリンかしら?」


 僕より先に、亜麻猫さんは気が付いていたようだ。僕が振り返った時には、すでに彼女は屋根を見上げていた。


「え、もう村にまで……」


 僕は小声でそう言い、彼女の顔を見る。

 彼女は顔色一つ変えずに、クナイを握っていたが、今それを懐に戻した。


「いや、人間の子供だけね」


 亜麻猫さんは何事も無かったかのように「それじゃ、中に入りましょうか」と僕に言ってきた。それに僕が面食らった時だった。遠くから大人たちが駆けてきた。


「おーい、僕君。危ないからそのままそこを動かないでね」「そのままよ」


 どうやら、子供が遊びか何かで屋根の上に上がってしまったようだ。それならくノ一の亜麻猫さんが、ちゃちゃっとどうにかしてくれるだろう。そんなことを僕は思ったので、彼女の方に顔を戻そうとした。

 しかし、子供の声が僕の耳に入った。


「ヤダ。ママが約束破ったんだもん。今日は、外にお散歩行くって言うまでここにいる」


 少年が駄々をコネ始めた。周りの大人はどうしようかやきもきしていた。ただ、僕は昔の事を思い出した。僕も凛姉が約束を破って野球の応援に行った時に、駄々をコネたあと、1人で公園にあった大きな木に登り、佇んでいたことを……。

 確かあの時、僕は自分でも分かるくらいに目を真っ赤にして泣いていたと思う。そこに凛姉と、多分同じくらいの年のお姉さんが――。などとおぼろげな記憶をたどっていたら亜麻猫さんの声によって現実に引き戻された。


「行かないの?」


 彼女のその言葉に、僕は驚いた。ただ、すぐに理解した。彼女は、他の人が助けると思っているのだろう。一応、聞いてみよう。


「あの、助けないんですか?」


 こういう時「ちょっと待っててください。あの子、下してきます」と間髪入れずに言えるのが良い男なのだろう。しかし、僕にそれはできない。そもそもどうやってあの子は3階建ての屋根の上に昇れたのだろう。


 少し情けないが、他の大人たちも困っているようだ。彼女に頼ろう。そう思っていたが彼女は怪訝そうな顔をしていた。


「いや、ほっときなさいよ。もし落ちて、打ち所が悪かっても私が魔法で治してあげるわよ。お金は貰うけど」


 僕はその言葉を聞いて意外に思った。亜麻猫さんは案外面倒見が良い人だと思っていた。なので、僕がこう言えば、グチグチ言いながらも助けに行くと思っていた。


 彼女はそのまま、宿の奥のカウンターの方へ行ってしまった。ただ、表でこれだけ騒いでいれば、女将さんが様子を見に来るだろう。


 案の定、亜麻猫さんは女将さんと一緒に戻ってきた。最初、彼女が呼んできたのかと思ったが、雰囲気的に違うみたいだった。


「どうしたんだい。騒がしい」 

「キャー――」「うわーーー」


 僕は、あわてて外に出ようとする女将さんに、事の状況を説明しようとしたら、大人たちの悲鳴と先の少年の叫び声が聞こえてきた。だから僕も女将さんと一緒に、あわてて宿の外に出た。


 すると、少年が足を滑らしたのか、自分の手の力だけで落ちないように、屋根の縁にぶら下がっていた。

 どうやら、少年は逃げようとしたのだろう。大人が壁によじ登って彼のもとへ行こうとしたようだ。2人ほど、壁に手を掛けたまま、動きを止めていた。僕は不思議に思った。


「いや、何で止まるんだよ」


 僕はとっさに聖水のビンの蓋をあけ、中身を少し口に流し込む。そして――。


「こっちにおいで」


 僕は右手を少年の方へ突出し、頭の中に軌道を描いた。すると――。

 少年は縁から手を離し宙に浮いた。


「~~くぅん」


 あの子の母親だろうか。名前はよく聞こえなかったが、女性がおそらく子供の名前を叫んだあと、手で目を覆った。ただ、その女性が思った状況にはならなかった。


 少年は、ゆっくりと僕のもとへ下りてくる。彼自身、屋根から落ちたと思ったのだろう。今の状況を理解できず、あたりをキョロキョロ見回していた。


「よし、成功だ」


 僕は思わず、そう呟いてガッツポーズをしそうになった。ただ、本当にガッツポーズをすると、少年を落してしまうかもしれないと思い、しなかった。


 何とか、僕の目の前に少年を無事下すことができた。とりあえず少年に声をかけてあげよう。


「大丈夫?」


 少年を心配させないように、いたって普通の雰囲気で僕は接しようと努めた。ただ内心、少しドキドキしていた。


 無事、助けられて良かった。それに、途中で気を失ったら困ると思い、ゲロの時とは違い、転移ではなく、ゆっくりと移動させようとした。その結果うまくいったので良かった。

 もし失敗していたら、酒を全部飲んで転移にしておけばと後悔するところだった。


 ただ、なぜこの選択をしたのか自分でも分からなかった。本当なら一応ゲロで成功している“転移”を選択するべきだった。

 僕は2択で迷った時に、経験がある方を選ぶきらいがある。

 本当になぜ――。


「ありがとうございます」


 その声に僕は驚いて、少し背中がピクっとした。

 声の主を見ると、先ほどの女性だ。少年を抱きしめながら僕にお礼を言ってきていたようだ。


「いえ、たいしたことじゃないです。それで僕はなんであんなところに昇ったの?」


 女性に先に断りを入れてから、少年に一応聞いてみる。


「村の外にお散歩に行くって言ってたの。だけどゴブリンが出たからって……」


 少年は怖い思いをしたからか、涙目になりながら僕に話してくれた。


「そうか。それじゃあ、お兄ちゃんがそのゴブリン、今日中に追い払ってあげるから、明日お母さんとお散歩に行こうね」

「うん。そうする」


 僕が助けたからか少年は素直にうなずいてくれた。


 一応お母さんに小声でお願いしますと言ってから、亜麻猫さんの所へ向かおうとした。彼女は宿の奥で、こちらに背中を向けて待っていた。ただ、女性がまだお礼を言ってきていた。


「本当にありがとうございました。あのお名前をお聞かせ願っても……」


 僕は何となく気恥ずかしくなり、手短に本名を答え、亜麻猫さんのもとへ逃げるように走っていった。

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