勉強し始めます。
「えーと、重要なのが、窒素とリン酸とカリの3種類で……」
「和名なら加里で正解ですが、一応聞いておきます。学校で習った周期表で加里は、なんと表記されていましたか?」
「……。カルシウム?」
「カリウムです」
僕は今、自室でロナさんたちと化学の勉強をしている。
なぜそんなことをしているのかというと、土壌改良に失敗したからだ。
といっても、魔法が発動しなかっただけで、悪化したわけではない。だからこれ以上僕が関わる必要はないのだが、やっぱりこの事業に一噛みさせてもらえたら、1億G稼ぐ大きな足しになる。だからこの村にいる間に少しでも爪痕を残しておきたい。
「一旦休憩にしましょうか。もうそろそろ夕食の時間です」
「そうしましょう。凛姉たちも……」
僕は凛姉と溝田に声を掛けようとした。けれど凛姉が少し眠そうにしていたので、途中で声を小さくした。
けれど僕の気遣いを溝田がぶち壊した。
「よーし、そうしよう。ほら凛ちゃん、起きて」
「え、あ……。寝てないよ」
「いやいや、眠そうにしてたから。珍しいね」
確かに寝てはいないが、ウトウトはしていた。ロナさんの話では4時くらいまで寝たふりをしていたそうなので、眠たくなるのは分かる。
「私の事はどうでも良いから。つーくんはちゃんと勉強できた?」
凛姉は溝田を無視して、僕に話を振ってきた。
僕はどう答えるか言いあぐねてしまった。
僕の高校時代の理系科目の点数は、正直良いとは言えない。けれど悪いとも言えない。
ただ高校を卒業してから2年以上経っている。嫌いだった理系分野の知識は、すっかり抜け落ちてしまっていた。今もカリウムとカルシウムを間違えてしまった。それに勉強を開始した直後は周期表の20番目のカルシウムまで書くことができなかった。本格的にマズイ気がする。というよりマズイ。
それはロナさんも思っているみたいだ。
「ちょっと……。まぁ、高校を卒業してから年数が経っていますからね。別の方法を考えましょうか」
「いえ、頑張ります」
ロナさんの慰めが、僕にとってはつらかった。年数が経っているといっても2年だ。いくらなんでも忘れすぎている。
だから気を入れ直して勉強しようと思った。だが溝田が口を挟んできた。
「別に化学の勉強をしなくても、実際に土とか木に触れたほうが良いんじゃない?」
確かに溝田が言っていることは正しいと思う。けれど僕には前知識が不足している。だから先にある程度は勉強してから畑作業を手伝わさせてもらいたい。
「ベイリーさんの話では、最低でも2週間はこの村で過ごすことになります。なので3日間くらいは座学で勉強しておきます」
「実際に触れながらのほうが早いと思うんだけどなぁ」
こればかりは考え方の違いだ。ここで言い合っても仕方がない。
「溝田はそうすれば良いんじゃない?」
僕は素っ気なくそう言う。
「それじゃあ凛ちゃんも一緒に連れて行くね」
「アホか」
今度は素っ気なくは言えない。こいつは何を考えているんだ。
「というより、凛姉は……。寝てる……」
凛姉がどんな顔をしているか確かめようと、そちらを見たが凛姉はまた、こっくりと船を漕いでいた。
「凛ちゃ――「寝かしてあげましょう」
溝田が凛姉を起こそうとしたが、それをロナさんが止めた。
「粉雪さん達が来るまでは、ベッドの方で」
ロナさんは魔法を使って、凜姉を浮かせてベッドへと寝かせた。魔法の効果なのか、疲れているから、なのかは分からないが、凜姉が起きる気配はない。
「あれ? 今日は粉雪さん達は来ないはずでは?」
僕はロナさんの言葉に引っかかったので、質問する。
粉雪さん達は宿ではなく、一戸建ての家を無償で借りている。だがこの度、村を出る事が確定になったので、引っ越しの準備をし始めている。
家具類は明日、明後日で引き取り手を探すと言っていた。けれど食材は今日の内に使い切るらしい。だから今日の夕食は、家で二人で食べると、畑にいたときに聞いている。
「その事ですが、先ほどヒルデの様子を見に、畑に行く途中で、粉雪さん達に会いまして、この部屋の台所を貸して欲しいと頼まれました」
ヒルデさんは何やら考えがあるらしく、畑に残っている。その畑にはジーク君もいるが、それは関係ないらしい。ロナさんも茶化すことをしなかったので、本当にそうなのだろう。
そして粉雪さん達だが、今日の夜に女将さんと借りている家のことで話し合うそうだ。だからどうせこの宿に来ることになる。
それならみんなで食べた方が良いと思い、ここで料理を作る話が3人の中で付いていたそうだ。
「勝手に決めてしまって、すみません」
「いえ、別に大丈夫ですよ」
それなら料理を作っている間は、凜姉には寝ていてもらおう。手伝いは、溝田にでも任せよう。台所に何人も入っても意味が無い。その間僕は勉強していよう。
「溝田、粉雪さん達を手伝ってくれるか?」
「いいよ」
溝田もそれなりには料理ができる。凜姉と比べると天と地ほどの差があるが、それでも十分なくらいだ。辛めの判定をしても、お金を取っても良いレベルではあると思う。少なくとも食べた後に「金返せ」とは言われない。言ってくるとすれば、最初からイチャモンをつける気満々な奴くらいだろう。
と、そんなことを考えていたら、ドアが鳴った。外から亜麻猫さんの声がする。
「はい、開いてます」
ロナさんが大きな声で返事をする。それでも凜姉は起きる気配はない。
「邪魔するぞ」「台所借りるわね」
2人が入ってきて、挨拶もそこそこに、さっそく台所の方へと足を運ぶ。
「それでは、私と溝田さんは台所に入りますので……」
「お願いします」
ピシャンと引き戸が閉められる。
台所に4人も入れば十分だ。僕はその間、勉強させてもらおう。
だがその前に、凜姉の寝顔を眺めておこうと思い、ベッドへと近づいた。その時だった。
「溝田さんは台所に行ったみたいだね」
凜姉がベッドから体を起こした。




