元いた世界 凛編①
私はお酒が嫌いだ。
両親は、私が高校3年の夏に亡くなった。
お酒が好きだった2人は、身体に異変を感じていてもお酒を飲み続けた。その結果が肝臓ガンだ。
弟の強……。つーくんにはガンだったことを伝えていない。それは2人からの希望だった。
つーくんは、2人がガンだと診断を受けた時、まだ中学2年生だった。幼いと言っても、人の死が理解できる年齢ではある。ただ2人はつーくんの高校受験を心配して、黙っていて欲しいと私に言ってきた。
ガンだと言ってしまうと、もう助からないと悟られてしまう。しかし肝硬変なら、薬を服用していれば治ると思ってくれる。そう2人は考えたのだ。
私はそれを受け入れ、弟には嘘をつき続けていた。その結果つーくんは、大人になっても2人が肝硬変で死んだと思っている。
2人は、診断を受けてからはお酒を飲まなくなった。つーくんに怪しまれないように、つーくんが受験勉強を頑張るように、2人も禁酒すると、それらしい理由をつけた。
それが功を奏したのか、つーくんは、私と同じ、地元の有名進学校に合格した。それを見送ることができて緊張の糸が切れたのか、3月になって急に目に見えるほどに体調が悪くなり、2人はその夏、一緒の日に亡くなった。
私は2人が長くないことを知っていたから、将来のことを考えれたし、2人に相談したりすることもできた。
2人はそれなりに稼いでいたので、私たち2人とも大学に行くことはできるくらいには貯蓄があった。幸い、私とつーくんは仲が良い。2人でこの家で住んで行くのも問題ないだろう。
その後は片手で数えられるくらいにはぶつかったりもしたが、私は地元の大学に入り、つーくんも家から通える会社に入った。
これからも2人で仲良く暮らしていける。将来離れ離れになって暮らすことになっても、どちらかが結婚して、家を出ることになるような、円満な離れ離れになると思っていたのに……。
「つーくん。なんで……」
弟は、車に轢かれて死んだ。普通の状態なら、避けられたであろう。ただ、お酒に酔っていたこともあり、とっさに避けることができなかったらしい。
私は、告別式の時までつーくんの死に顔を見ることができなかった。警察の呼び出しの時は、近くに住んでいるおばさんに確認してもらった。葬儀の手続きもおばさんの家族にしてもらった。
死に水を取るときは、トイレに逃げ込んでいた。
こんなことを考えてはいけないのかもしれないが、もしかしたら、今、棺桶の中に入っているのは、つーくんではないかもしれない。私が確認していないのだから、まだその可能性が残っている。それにこれは悪夢を見ているだけかもしれない。その可能性もゼロではない。
ただ、告別式ではそうもいかなかった。
「ほら、凛ちゃん。おばさんがついててあげるから」
私は、おばさんに連れられ、つーくんのいる棺桶の前に来ていた。
もうこの後は火葬場に行ってしまう。つまり、棺桶の中を見るのはこれで最後になってしまう。
現実逃避していた私の頭でも、このままではいけないと理解できた。
私は、おばさんの手を強く握り、棺桶の中を覗き込んだ。
警察の遺体引き取りの時に少し目に入った時は、左足が曲がってはいけないほうこうに曲がっていた。
今は、死に装束で隠れているからか綺麗な状態に思えた。
顔には、傷が残っていた。しかし、それは化粧である程度整えられていた。
有名な野球漫画で、トラックに轢かれて死んだ弟は、本当に死んでいるのか分からないほどに綺麗な顔をしていた。今の自分の弟にもあの兄と同じ感情を抱いた。だから思わず――。
「つーくん」
私は、つーくんの顔を優しく撫でた。
傷がない部分を撫でたが、手に化粧が付いた感触がした。だけどそんなことはどうでもいい。
弟の顔はひどく冷たかった。私が毎朝起こすときには、とても温かいのに今は違う。その感覚と同時に私は理解してしまった。
本当につーくんは死んでしまったのだと。
「うわーーー。つぅーーくぅーんーー」
私は強く握っていたおばさんの手を離し、棺桶に顔をうずめた。いや、すぐに頭を振り乱しだしたような気がする。
このあとのことは良く覚えていない。
ただ、落ち着いた時には、つーくんは火葬されていて、あとは遺骨を骨壺に入れるだけになっていた。
両親の葬式の時は、こんなに取り乱したりはしなかった。
あの時は心の準備ができていたこともあるのだろう。しかし一番の理由は――。
「つーくん」
それは弟の存在だろう。私はお姉ちゃんなんだから、冷静でいなければならない。そう思うのが普通で、その時私はそう思えていた。だけど今は違う。
「ごめんなさい」
私は最低なお姉ちゃんだ。現実逃避をして、弟の死に水を取ることをしなかった。それに告別式でも泣き崩れ、そして、火葬の時に最後の見送りをできなかった。
両親を失い、そして弟も亡くしてしまった。
私はこれから何を支えに生きていけば良いのだろうか。




