出がらしのようなものですので
「ごきげんよう、コーデリア。我が家の招待に応えていただき、感謝いたしますわ」
歓迎の形を取っているのは、言葉だけのようだった。
カトリシアは席から立ちあがることも無く、コーデリアを横目で見るだけだ。
王都の外れにある森と湖のほとり、穏やかな緑の地で開かれたお茶会だ。
主催者はカトリシアの家、アーバード公爵家。
『先日の舞踏会で、ワインをかけそうになったお詫びがしたい』
と言われ招待された以上、伯爵令嬢であるコーデリアに断るという選択肢は許されなかったのだった。
招待の真意が、コーデリアへの謝罪などではないことは明らかだ。
お茶会に招待されている顔ぶれは、いずれもカトリシアに親しいお嬢様方。
取り巻きを揃え、コーデリアを吊るし上げようと手ぐすね引いて待っているのだった。
(時間を無駄にするのは彼女たちの自由だけど、こちらを巻き込まないで欲しいわね)
この忙しい中、余計な時間を使わされた不満を内心で吐き出す。
しかし表情には決して出すことなく、優美な所作でカトリシアへと挨拶を返す。
相手が礼を失したからといって、こちらまで無礼者になる必要はない。
しょせん形式とはいえ、貴族社会では面子や建前が重要だ。
相手に付け入る隙を与えない様、完璧な返礼をするのがコーデリアのやり方だった。
「外面を綺麗に繕うのはお上手ね? 殿方を騙すのが得意だから、慣れているのかしら?」
さっそく、カトリシアの取り巻きから嫌味が投げかけられた。
「おほめ頂きありがとう。嬉しいわ」
「嬉しい? 尻軽と呼ばれ喜ぶなんて、私にはわからない、理解したくも無い感覚ね?」
「立ち居振る舞いは、自然と内心が顕れるもの。心が綺麗というのは、最上級の誉め言葉でしょう?」
「呆れた。令嬢たるもの、心のままに振る舞うなど三流。どれ程薄汚れた心の持ち主であれ、必要に応じ外面くらいは整えられるものよ。現に、その実例が今私の目の前にいるものね?」
「心と外面は別物。そちらがそう仰るのであれば、私の外面だけを見て本質を貶すことも不可能だと思いませんか?」
にっこりと、とびっきりの笑顔とともに言ってやると、取り巻きその1が黙り込んだ。
嫌味を受け流し反撃を。
ただし礼を失さない範囲で、言葉遊びのように相手の悪意を躱していく。
(ちょろいわね)
お茶会の参加者、カトリシアの取り巻きはざっと十人ほど。
草原に広げられた4脚のテーブルに陣取り、敵意を隠すことも無くこちらを注視する令嬢たち。
彼女たちの視線に怯むことも無く、コーデリアはカトリシアの向かいに腰かけた。
着席するやいなや、周囲から談笑を装った嫌味皮肉が飛んでくる。
『婚約者を4度までかえたあげく、王子を垂らし込んだ色狂い』
『カトリシアに歯向かった無礼者』
『妹に似ない凡庸な容姿のくせに思い上がるな』
要約すればそんな内容になる言葉の刃を、コーデリアは危なげなくさばいていった。
(刃と言ってもなまくらね。今日の面子を考えると、当然と言ったところだけど)
カトリシアは元より、高飛車で感情的なことで知られる令嬢だ。
まっとうな高位貴族には避けられ、付き従うのは公爵家の権力が目当ての人間ばかり。
そしてカトリシアにおもねる人間の中でも目端の利く人間は、今日の茶会には来ていなかった。
(レオンハルト殿下の怒りを買うかもと考えたら、そうなるわよね)
理由はわからないが、自分はレオンハルトに気に入られているのだ。
王子のお気に入りの令嬢を虐げれば、王子の勘気をこうむるかもと考えるのが自然だ。
コーデリア自身はレオンハルトの威を借りるつもりはなかったが、そんなこと他人は知らないはずである。
結果、今日カトリシアに付き従い自分を攻撃してきているのは
『周りの状況も見えず気に食わない相手を罵る貴族令嬢』という、
巷の小説で悪役として出てくる、高慢な令嬢のお手本のような人間ばかりだった。
紅茶で言えば、出がらしのような令嬢たちである。
(まぁ何人か、嫌々お茶会に参加してる令嬢もいるみたいで、同情するけどね……)
居心地悪そうに、こちらに視線を送ってくる令嬢がいる。
彼女らは、今コーデリアを攻撃するのがまずいと理解できているらしい。
なのに、カトリシアの取り巻きとしてこちらにいるのは、貴族のしがらみと言うものだ。
実家がカトリシアの公爵家に頭があがらないため、数合わせとして出席せざるを得なかったのである。
(彼女たちにはあとで、『そちらに敵意が無かったのはわかっています』と言った内容の書状を送らなくてはね)
カトリシアからの嫌味にそれとなく反撃しつつ、コーデリアは脳内にやるべきことを付け加えた。
地味な工作だが、こつこつとした根回しが、積もり積もって物を言うことも多いのだ。
妹や両親の尻拭いに奔走した結果、18歳にしてそんな結論に達したコーデリアなのであった。
そんな風に考えていると、やがてカトリシア達の悪口もネタ切れになったのか、周囲に沈黙が下りる。
コーデリアはそれ幸いと、テーブルの上の茶菓子へと手を伸ばした。
艶やかなバターが目にも嬉しい、一口大のアップルパイだ。
外はさっくり、噛みしめると林檎の甘さが広がり、とても美味しかった。
さすが公爵家主催のお茶会だ。
主催者であるカトリシアは嫌いだが、お茶菓子に罪はない。
礼を失さないよう気を付けつつ、行儀よく茶菓子を口に運んでいく。
近頃は忙しかったし、そうでなくてもプリシラのせいで伯爵家の財政は逼迫していたから、満足にお菓子を味わう余裕も無かったのだ。
持ち前の図太さを発揮し、コーデリアがお茶菓子に舌鼓を打っていると、カトリシアが不意に立ち上がった。
「暑くなってきましたわね。涼むため、ボート遊びをしませんこと?」
問いかけの形をとった命令だ。
いったん仕切り直し、また何か嫌がらせをしてくるつもりなのかもしれない。
カトリシアの一声に取り巻きの令嬢たちが一斉に立ち上がり、水辺へと向かった。
茶菓子を名残惜しく感じつつ、コーデリアは彼女たちとともにボートへと乗り込んだ。
三人乗りの、軽い小型のボートだ。
カトリシアの提案で、湖の対岸の船着き場を目指し漕ぎだすことになった。
(…………静かね)
同じボートに乗っているのは、カトリシアの取り巻きの令嬢と、漕ぎ手を務める令嬢の従者だ。
波だった湖水と、飛沫の飛ぶ音だけが、ボートの軌跡に付き従っていた。
向かいに座る令嬢は、嫌々お茶会に出席させられた口らしい。
こちらの顔色を窺うように、しかし視線を合わせることはなく、口を噤んでいた。
しかし湖の真ん中をすぎ、対岸が近づいてきたところで。
「すみません!! 許してくださいっ!!」
悲鳴のような叫びとともに、同乗していた令嬢が船底を強く蹴った。
ボートが揺れ、底板が軋みピシリと音がする。
バランスを取り戻し、コーデリアが船体を見ると、細い亀裂が入っているのが見えた。
つま先に、冷たい水が染み込んでいく。
もともと板材に切れ込みが入れられており、蹴りの衝撃で裂けてしまったようだった。
「何してくれたのよっ⁉ こんなことしたら、あなたも一緒に溺れるわよ⁉」
「っ、すみませんすみません!! でも大丈夫です!! 沈没はしないですからこの船っ!!」
「沈没はしない!?………あぁもうっ、そういうことね!!」
言い捨てると、コーデリアは従者に命令し、櫂を操る腕の力を強めさせた。
足元で水が跳ねるが、浸水の速度は緩やかだ。
じきに対岸へとたどり着き、コーデリアは令嬢を助けつつ地面へと降り立った。
靴が濡れてしまったが、それ以外は無傷だ。
背後の湖を見ると、ボートに乗ったカトリシア達が、反対の岸へと向かっていくのが見えた。
「はめられたわね………」
「すみません!! 私は反対したんです!! でもっ………!!」
「………よくも、こんなくだらないことができたわね」
「ひぅっ……………」
怯え縮こまる令嬢に、コーデリアはため息をついた。
加害者の一味のくせに、被害者のようにふるまう姿は不快だが、弱いもの虐めをする気にもなれない。
カトリシアにボートに乗ろうと提案された時、嫌な予感がしたのは確かだったが、
(だからといって、ここまでバカげた行動に出るなんて……………)
予想しろという方が無理だ。
ボートの亀裂は、ごく小さいものだった。
コーデリアを溺れさせ、本気で害す気はカトリシアにも無かったはずだ。
タイミングをはかり緩やかな浸水をおこし、対岸にコーデリアを置き去りにするのが目的だろう。
浸水にコーデリアが慌てふためき、ドレスがびしょ濡れにでもなればいいざま、とでも思われているのかもしれなかった。
カトリシアらはおそらく、今回の浸水は不幸な事故だと言い張るはずだ。
だが運が悪ければ、コーデリアが溺れ死んでいた可能性だってあったはずだった。
もしそうなったら、茶会の主催者であり、コーデリアと確執のあるカトリシアが疑われるに決まっているのに、だ。
(プリシラといいカトリシアといい、頼むから少しは常識を身に着けてもらいたいものね……)
愚痴りつつ、乗り捨てたボートの様子を確認する。
浸水はまだ踝ほどの深さだが、このまま元居た岸辺に帰るまで、沈まずにいける保証はなかった。
今上陸した岸辺は、すぐそこまで森が迫ってきている。
漕いできた湖はそれなりの大きさで、外周を歩いて帰るにもそこそこの距離がある。
低木が茂る森の中を、ドレスを着たまま進むのは難しそうだ。
コーデリアは愚図つく令嬢をなだめつつ、令嬢の従者に、助けを呼んでくるよう命じた。
幸い、今いる森は平民の立ち入りは禁じられているし、危険な獣もいないはずだ。
対岸のお茶会の会場には、コーデリアの従者も控えているから、しばらくの辛抱だ。
時間を浪費させられ腹立たしいが、今この場で令嬢に当たり散らしたところで、意味の無いことだった。
そう考え、令嬢と二人、岸辺で立っていたのだったが。
「きゃあっ⁉」
ひきつるような令嬢の悲鳴に、コーデリアはその視線の先を見た。
(嘘でしょう!?)
黒いフードをかぶり、剣を携えた男が歩いてくるのが見えた。
どう見ても怪しく、こちらへと敵意を持っているのが明らかだ。
(カトリシアの回し者⁉ でも、私に嫌がらせをしたいからってここまでする!?)
こちらへと向けられた剣に、背筋が冷え、汗が浮く。
「そんなどうしてっ⁉ 嫌よしらない私こんなの聞いてな―――――ひっ⁉」
賊が走り出す。
気絶した令嬢を、コーデリアが咄嗟に背後に庇ったところで―――――――
きぃん、と。
澄んだ音が一つ。
コーデリアたちと賊の間に、滑り込んできた姿があった。
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