殿下は面識があるようです
「————今度、アルファサルの使節団が国交のため、王宮にやってくるのは聞いているか?」
「一月ほど後に、到着する予定でしたよね」
アルファサルはそれなりに遠い国だ。
間にはいくつもの国を挟み、行き来には海路も利用するため、使節団の正確な到着時期はまだわからなかった。
「その使節団にラティシーヤ殿下も同行しているらしく、昨日王宮へとやってきた先ぶれの使者が、父上に俺への婚約話が持ちかけられたんだ」
「……そしてその婚約話は、陛下以外のこの国の人間にも漏れていたのですね」
だからこそ先ほど、フェミナがやってきたたらしい。
フェミナは最近、兄であるレオンハルトの力になろうと政治を勉強し、王宮内の噂話にも耳を澄ませているようだ。
「漏れた、いや、向こうの先ぶれの使者が、わざと漏らし、広めようとしていたようだ」
「外堀を埋め、陛下を頷かせようとしていたのですね」
現状、国内の貴族令嬢からの婚約話であれば、断るのはそこまで難しくない。
しかし相手が大国の王女で、婚約の打診が外に漏れた場合はそうもいかない。
断るにしろ相応の、納得のいく理由が必要だった。
「そのつもりだったようだ。だがコーデリア、君は今や、『獅子の聖女』として異国にも名前が知られ始めている。王家の祖たる聖獣の加護を得る君を蔑ろにしないよう、俺に他の婚約者いらない、と。父上は先方に断りを入れ、一応納得してもらえたんだが……」
「あちらはまだ、諦めていないのですか?」
レオンハルトが頷いた。
「ラティシーヤ殿下は正妃の子だが、かの国の王の寵愛は即妃にあるらしい。ラティシーヤ殿下は同腹の兄を次期国王の座につけるため、俺と婚約を結びライオルベルンの後ろ盾を得たいようだ」
コーデリアは脳内に、アルファサル王国の情報を思い浮かべた。
かの国の王は能く国内の商業を発展させ優秀だが、同時にかなりの女好きと聞いている。
王太子もまだ定められておらず、王位争いが水面下で加熱しているという噂もある。
「ラティシーヤ殿下としても、そう簡単には引き下がれないのですね」
「だろうな。彼女は聡明だが気位の高い女性だった。母親が平民出身である異母兄が、次期国王となるのは許せないのだろうな」
「……レオンハルト殿下は、ラティシーヤ殿下と面識があるのですか?」
まるで直接、ラティシーヤと会ったことがあるような口ぶりだ。
コーデリアの問いかけに、レオンハルトが小さく間を置いてから答えた。
「……ある。昔、ラティシーヤ殿下との婚約話が持ち上がったことがあったんだ」
「その時に、互いの人柄を見るために、お会いされていたんですね」
コーデリアの心臓が不規則に嫌な鼓動を立てる。
レオンハルトの身分と年齢なら、コーデリアと出会う以前に、婚約話を持ち掛けられていても普通だ。
そう理解していても、やはりどうしても意識してしまった。
「会ったが、結局は断りを入れている。当時の俺は王太子では無く、向こうはそれほど婚約には前向きでは無かったようだし……。何より俺の方が、とてもラティシーヤ殿下との婚約は考えられなかったんだ。その頃にちょうど、君に出会ってしまったからね」
「私に……?」
「俺が君を始めて認識したのは、二年ほど前の、舞踏会ですれ違った時だと以前言っただろう? その時から俺は、君の持つ香りの虜になっていた。そんな状態で、いくら政略とはいえ、ラティシーヤ殿下との婚約を受けることはできないと考えたんだ」
言い切ったレオンハルトは息を吐き出すと、コーデリアの頬へと指を添えた。
「君の人柄を知り一緒に時間を重ねた今、その考えは以前より遥かに強くなっている。俺は君しか、女性として愛することはできないだろうし、国益といった観点から言っても、新たな婚約を受け入れるつもりは無いんだ」
レオンハルトは愛おしむようにコーデリアの頬を撫でると、すいと立ち上がった。
「すまない。そろそろいかなければいけないようだ。ラティシーヤ殿下への対応も含め、今後のアルファサル王国との関係について、父上と話し合う必要がある。しばらく忙しくなりそうだ」
「働きすぎて健康を損なわないよう、お体を労わってくださいね」
「ちょっとした疲れなら、君に会えば吹き飛ぶよ。若獅子宮に君が来てくれて、本当に良かったと思っている」
「ふふ、私もです。こうして毎日、殿下にお会いすることができますから」
コーデリアは微笑み、レオンハルトを見送った。
ラティシーヤについてまだ不安はあるけど、それ以上にレオンハルトの思いと行動を信じている。
焦らず怯えず、胸を張り彼の婚約者として相応しくあれるよう、コーデリアは振る舞いたいのだった。
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