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予想外のお相手です

 

 話し合いたいことがあり時間が欲しいと告げたレオンハルトに、コーデリアは頷いた。 


「もちろんです。殿下、もしかしてお昼もまだですか?」

「まだだ。今日は忙しくてな」

「でしたら、お茶と軽食を摘まみながらお話をお聞きしましょうか?」

「助かる。だいぶお腹が空いていたからな」


 外から帰り、服装を整えるため自室に戻るレオンハルトと別れ、コーデリアはお茶の手配をした。

 明日からの暮らしに備え、若獅子宮の使用人たちとは顔合わせが済んでいる。コーデリアが実家から連れてきた馴染みの侍女、ハンナも加わっている。


 ハンラら使用人は皆優秀であり、すぐにでもレオンハルトの好物が用意されるはずだ。

 前庭に面した部屋で、庭で遊ぶニニと昼寝をするライオネルを眺め待っていると、


「コーデリアお姉さまっ!」


 扉を開けやってきたのは、予想とは違う相手だった。


「フェミナ殿下? 御機嫌よう。そんなに慌ててどうされたのですか?」


 レオンハルトと正式に婚約を結んだことで、彼の妹姫フェミナは、コーデリアを義姉と呼ぶようになっていた。

 お互い猫好きということもあり、定期的にお茶をし良好な関係を築いている。

 そんなフェミナは金の髪をなびかせ、コーデリアの元へと向かってきた。


「御機嫌ようコーデリアお姉さま! あの話は聞いたっ⁉」

「どの話でしょうか?」

「お兄様への婚約の申し込みよっ!」

「……え?」


 寝耳に水だ。

 思わず固まっていると、再び部屋の扉が開いた。


「フェミナ、来てたんだな」

「お兄様っ!」


 レオンハルトが苦笑を浮かべている。


「フェミナは耳が早いようだが、情報に抜けがあるな。婚約の申し出が来たのは確かだが、俺はもう先方へと断りを出しているよ」

「……そんなことが、あったのですね」


 ぎこちなくコーデリアは口を開いた。

 国内の貴族たちの動向には注意を払っているし、王太子となったレオンハルトに婚約を申し込める家となるとかなり限られてくる。


「どなたが、殿下に婚約を申し込まれたのですか?」

「アルファサルのラティシーヤ殿下だ。もちろん、既に断りは入れているが、そのことで話しておきたいことがある。フェミナ、少し席を外しておいてくれ」

「でも……」


 ちらちらと、フェミナがコーデリアの顔を心配げに見ている。


「私は大丈夫です。フェミナ殿下は、応接室でお待ちください」


 どうやらコーデリアの顔は、自分で思うより強張っていたらしい。

 意識して笑みを浮かべ、フェミナの退室を見送り長椅子に腰かける。


 コーデリアはレオンハルトのくれる愛を疑っていない。

 が、王族ともなれば二人、三人と妻を持つのは普通だし、レオンハルトの父の国王だって何人もの妃を娶っている。


 ゆくゆくはレオンハルトだって、複数の王妃を持つかもと覚悟はしていたが、心が完全には追い付いていなかったようだ。


「……アルファサルのラティシーヤ殿下というと、かの国の正妃を母に持つ、今年18歳になる王女でしたね」


 大陸西部において、大国と扱われる4つの国のうちの一つだ。

 東に砂漠の面するアルファサル王国、コーデリアの住まうライオネル王国、魔術強国たるマルディオン皇国、そして近年勢い著しいリングラード帝国。


 4大国の総合的な国力はマルディオン皇国が頭一つ抜けているとされるのが一般的で、リングラード帝国は人により評価がばらつく。

 残る二か国、アルファサル王国とライオルベルン王国は同格扱いされることが多かった。


(そのアルファサルの、正妃を母に持つ王女。……身分も年齢も、殿下とはとてもつり合いが取れているわ)


 感情に蓋をし考えを巡らせる。

 ラティシーヤ王女には、適齢期にも関わらず婚約者がいないはずだ。

 これぞという相手を探しており、王太子となったレオンハルトに狙いを定めたのかもしれない。


 ラティシーヤ王女とレオンハルトが婚約を結んだ場合、ライオルベルン王国が得られる利益について、コーデリアは考えを進めていった。


「コーデリア、大丈夫かい?」

「あ……」


 コーデリアが膝の上にのせていた手に、そっとレオンハルトの手が重なった。

 無意識のうちに、手が小さく震えてしまっていたようだ。


「落ち着いてくれ。繰り返しになるが、俺にラティシーヤ殿下の婚約を受ける気は全くないよ」 

「……はい」


 コーデリアは唇を噛んだ。

 冷静なつもりでも、何度も繰り返すレオンハルトの言葉さえ、きちんと理解できていなかったようだ。

 こんな情けない様では、レオンハルトにも失望されてしまうかもしれない。


「見苦しいとこを見せ、申し訳ありません」

「見苦しくなんてないさ。俺のことをそれだけ、大切に思ってくれているんだろう?」


 コーデリアの体が、隣に座るレオンハルトへと抱き寄せられる。

 強くも繊細な力加減で、レオンハルトの腕の中へとおさまっていた。


「愛おしくてたまらないよ。叶うなら一日中、こうして抱きしめていたいくらいだ」


 逞しい胸板から、とくとくとレオンハルトの鼓動が伝わってくる。

 温かくて切なくて、コーデリアの声がかすれる。


「私、も、許されるなら殿下とずっとこうしていたいです。ですが殿下は、私一人が独占してよい身の上ではなくて……」

「独占してくれ。俺の妃の座は、コーデリア一人のものだよ」


 甘い囁きとまっすぐな翡翠の瞳。

 レオンハルトの瞳は、コーデリア一人へと向けられていた。


「俺にとってのまたたびはコーデリアだけ。そう言えば、信じてもらえるかな?」

「またたび……」


 コーデリアは小さく息をついた。

 またたびというどこか気の抜けた言葉が、良い意味で気を緩めてくれたようだ。

 レオンハルトもだからこそ、あえてまたたびと口にしたらしい。


 ちょうと頼んでいたお茶と軽食がやってきたので、お腹に入れてから落ち着いて、改めて話を聞いていくことにする。



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