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若獅子宮にやってきました


「いよいよ明日から、レオンハルト殿下と一緒に暮らすことになるのね」


 そわりと浮つく心を抱えながら、コーデリアは目の前の屋敷を見上げた。


 レオンハルトの立太子が行われ、正式に彼の婚約者となってから三か月。

 様々な手続きを終えたコーデリアは、レオンハルトに与えられた屋敷に共に住まうことになった。


 王宮の敷地、その一画にある若獅子宮。

 王太子の住居となる屋敷といくつかの離れ、そして広い庭を持つ宮殿だ。

 ライオネル王家の先祖は獅子の聖獣であるという伝説から、若獅子宮と名付けられていた。


(私が住むことになるのは東の離れね)


 視線を右にやると、薄紅の壁を持つ建物があった。

 正面の屋敷と比べると二回りほど小さいが、屋根から壁面に至るまで、美しい彫刻や飾りが施されている。

 王太子の婚約者のために建てられた離れで、屋根付きの渡り廊下で正面の屋敷と繋がっていた。

 寝起きする建物こそ別だが、食事や余暇の時間を、レオンハルトと共に過ごしやすい作りになっているのだ。


「ににゃっ!」


 すんすんと鼻を鳴らしながら、白猫のニニが庭を歩き回っていた。

 ニニもこれから、コーデリアと離れに一緒に住む予定だ。

 念のため何度か、建物や場所との相性に問題が無いか試しに連れてきている。


(猫は人では無く家につく子が多くて、住処を変えたがらないと聞いていたけれど)


 幸運なことに、ニニに大きな不満は無さそうだ。

 コーデリアの行くところなら、ふわふわとした尻尾を揺らしついて来てくれるようだった。


「みゃにゃうっ」

「よしよし。ニニはかわいいわね」


 ニニが足元から見上げてきている。抱っこを求める合図だ。


 コーデリアはドレスのポケットからハンカチを取り出した。

 四本の足から手早くホコリと砂を払い抱き上げてやると、ニニが満足そうに喉を鳴らしていた。 


 ぐるるるる、と。

 喉を鳴らす音と腕越しに伝わってくる微かな振動を感じていると、ぴんとニニが尻尾を伸ばし耳を揺らした。

 じきにコーデリアの耳にも聞こえる程、蹄の音が大きくなり近づいてくる。


「コーデリア!」


 初夏に吹く風のような、明るくも爽やかな呼び声。

 白い馬を巧みに駆りながら、レオンハルトが近づいてきた。

 鞍上の姿勢は美しく背筋が伸びており、馬の歩みに揺られた金色の髪が、陽に透け眩く輝いている。

 肩に羽織ったマントを翻しながら、一直線にこちらへと駆けていた。


(綺麗……)


 コーデリアはほうと小さく息をついた。

 白馬に騎乗するレオンハルトの姿は、そのままキャンバスに留めたいほど絵になっている。


 コーデリアも嗜みとして乗馬を習っているが、レオンハルトの優雅かつ力強い乗馬姿とはまるで別物だった。

 つい釘付けになってしまっていると、


『時代が移ろおうと、馬に乗る男に見とれる女が多いのは変わらんな』


 足元から聞こえてきた声に、すぐさま現実へと引き戻された。

 声の主は小さな金色の獣。

 レオンハルトの先祖であり、初代国王であるライオネルその人だった。


 三か月前、仔獅子の姿で現れた時は『ぎゃう』『ぐあうっ』と鳴いているだけだったが、いつの間にやらこの姿でも、人の言葉がしゃべれるようになっていた。


 仔獅子にしか見えない姿で、どうやって発声しているのかはわからないが、ライオネルは聖獣なのだ。 人の言葉をしゃべるくらいは簡単なのだろうと、コーデリアは納得し受け入れている。

 ライオネルとレオンハルトは遠く離れられないため、必然関わる機会も多くなっているのだ。


「嬉しいな。コーデリアは俺の乗馬姿、ずっと見ててくれたんだな」


 頭上から笑みを含んだ声が降る。

 すぐ傍らで白馬を留めたレオンハルトが、ひらりと鞍から足を下した。

 勢いのまま流れるように、コーデリアの右手をすくいあげる。


「貴女の騎士、レオンハルトがここに参上いたしました」


 手の甲に軽い感触。

 跪いたレオンハルトが、コーデリアの手へと口づけを落としていた。

 騎士が愛と忠誠を捧げるように。恭しく手を取り瞳を伏せている。


「で、でんかっ⁉」


 眼下で揺れる金糸の髪。手の甲に触れる唇。密やかに甘い囁き。

 加えてレオンハルトから敬語を向けられたことで、コーデリアは固まってしまっていた。


「殿下は王太子です。私に膝をつき敬語を使うのはやめてください」

「王太子であると同時に、俺は君を守る騎士でありたいと思うよ。それとも俺では、騎士として不足かい?」

「……殿下ほど頼りになる方、私は知らないです」


 剣や乗馬の腕はもちろん、人となりや在り方も。

 コーデリアには眩しくもったいない程に、レオンハルトは頼もしかった。

 頼り切ってはいけないと思っていても、いつの間にか助けられていることが何度もある。


「殿下のことはこれ以上なく心強く思っていますが、その、こういう戯れは私の心臓に悪いです……」

「俺は楽しいよ」


 にっこりとレオンハルトに言い切られてしまった。

 優しく誠実な彼だが、自らの護衛とコーデリアしかいない場では、たびたび悪戯をしかけることがある。

 いつもは凛と真面目に振る舞うコーデリアが、照れる姿を見たいらしかった。


「こうして君を見上げると、仔獅子姿の時の視界を思いだしおもしろ――――」

「にゃにゃっ!」


 レオンハルトの足を、ニニがぺしぺしと前足ではたいていた。

 コーデリアを困らせるレオンハルトのことを、彼女から引きはがそうとしているようだ。


『けなげな奴だな。猫なのに忠犬気取りか』


 ライオネルが鼻を鳴らした。

 見た目はどこから見ても愛らしい仔獅子そのものなのに、中身がにじみ出ているせいか、ふてぶてしい表情に見えるのが不思議だ。


「はは。コーデリアの騎士としては、ニニが先輩になるのかもな」


 レオンハルトは小さく笑い、マントの裾の砂をはらい立ち上がった。


「予定より、ここへくるのが遅れ悪かったな」

「何か急用が入ったのですか?」

「あぁ。そのことについて、君に話したいことがある。時間をもらえるかい?」



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