英雄色を好むと言いますが
コーデリア達は国王の部屋を辞し、そのまま王宮から帰ることになった。
レオンハルトの持つ屋敷に到着し一休みし、先ほどの出来事を整理することにした。
二人で情報を出し合ったが、あいにく国王の部屋で判明したこと以外、めぼしい収穫は無さそうだ。
「コーデリア、俺は今日もう一度、体の主導権をライオネル陛下に渡したいと思う。……悪いがどうなるか見守り、ライオネル陛下と対話してくれないか?」
「……わかりました」
コーデリアは頷くしかなかった。
レオンハルトの体をライオネルが使うのは不安しかないが、絶望的に情報が足りていないのが現状だ。
「殿下、念のためもう一度お聞きしますが、意識の主導権は、いつでも取り戻せるのですよね?」
「あぁ、おそらくはな。二十年間、俺は俺として生きてきたんだ。そう簡単に、意識の主導権を奪われることは無いはずだ」
レオンハルトの言葉に、嘘の気配は感じられなかった。
不安が完全には拭われていないが、コーデリアはレオンハルトの頼みを聞くことにする。
「ありがとう、コーデリア」
レオンハルトは目をつぶると、一つ深呼吸をした。
吸って、吐いて、次に息を吸った時には。
身にまとう気配が一変し、文字通り別人になっていた。
「余の眠りを妨げるのは誰だ……?」
不機嫌さを隠すことも無く、ライオネルがそこに立っていた。
喉の奥からうなるように声を出しており、人間というより何か、猛獣を連想させる姿だ。
眇められた翡翠の瞳がコーデリアを捉えると、かすかに愉快気な光が灯った。
「またおまえか。余に何か、聞きたいことでもあるのか?」
「……聞きたいことばかりです」
改めてしっかりと、コーデリアはライオネルを観察した。
顔の作りこそレオンハルトと同じだが、表情は大きく異なっている。
自信がにじみ出たような傲慢な笑いは、どちらかと言うとザイードの方に印象を近く感じた。
(……考えてみれば、レオンハルト殿下の兄であるザイードだって、ライオネル陛下の遠い子孫なのは同じよね)
ならばある程度、雰囲気が似てもおかしくは無いのかもしれない。
コーデリアは考えつつ、ライオネルと向き合った。
「国王陛下を蝕んでいた、あの黒いもやは何なのですか? それにレオンハルト殿下がライオネル陛下の生まれ変わりとは、どういうことなのか説明をしていただきたいです」
「一気に尋ねるな。……しかし余は寛大だから、順番に答えてやってもいい」
ライオネルはめんどくささを隠そうともしないが、一応答えてくれる気はあるようだ。
長椅子に寝そべると、寛いだ姿勢でコーデリアを見ていた。
「黒いもや、あれは呪術を使われた証だ」
「……呪術? 魔術の一種ですか?」
「はぁ? ふざけるなよ」
「っ‼」
コーデリアは喉をひくつかせた。
突然叩きつけられた殺気は、実体があるかのような圧迫感だ。
「ふざけたことを抜かすな。呪術と魔術は丸きりの別物。世界の理に則った力が魔術であり、呪術はその反対、世界を侵す力だ」
「世界を侵す……」
殺気から解放され、コーデリアは唇を動かした。
ライオネルが口にした不吉な言葉に、生唾を呑み込んでいる。
「そうだ。呪術は自らの魂や、魂の溶媒たる血液を燃料に、あり得ざる事象を引き起こす力だ。肉体に宿る魔力を媒介に発動する、魔術とは全くの別物だからな」
「……別物」
正直なところ、ライオネルの言っていることはわからないことばかりだ。
だがわからないなりに、呪術というのが決して歓迎されない、薄暗い技術なのは察せられた。
「その呪術というのは、誰でも使うことができるのですか?」
「可能だ。魔術を使うには、魔力の高い肉体が必要だが、呪術の燃料は魂だからな。魂は誰もが持っているから、あとは呪術の知識と、呪具さえあれば呪術の行使は可能だ」
「呪具、とはどんな形をしているかお聞きしても?」
「これといった形は決まっていないな。呪具を作るには専門の知識が必要だが、逆に言えば知識さえあれば、様々な形の呪具を作成可能だ。指輪に宝石、紙片に布きれ。余が直接見たものだけでも、呪具の形は色々だったな。呪具さえあれば、誰でも呪術を使えるのだから、厄介なことこの上ないぞ」
確かにそれは厄介だ。
コーデリアは少し考え、対策を尋ねることにした。
「呪具とそれ以外を見分ける、判別点は何かあるのでしょうか?」
「おまえになら見えるはずだ」
「私が?」
ライオネルがゆるりと自らの胸元を、レオンハルトの体を指さした。
「おまえには、この炎が見えているんだろう?」
「……はい。最初はぼんやりとでしたが、今ははっきりと見えています」
「ならば呪具についても、判別が可能なはずだ。呪具というのはずべからく、先ほどの国王のように、黒いもやをまとっているものだからな」
「なるほど、黒いもやが見えたら呪具なのですね。……あのもや、他の方たちは見えていないようでしたが、私が目にすることができるのは、レオンハルト殿下のおかげなんでしょうか?」
「そうだろうな。おまえは聖剣を身に着けていたおかげで、力の一部がうつっているようだ」
「聖剣の力が私に……」
コーデリアに自覚はなかったが、いつの間にか変化が訪れていたようだ。
「……聖剣に、そんな力があったとは驚きです。聖剣とはいったい何なのか、詳しく教えてもらうことはできますか?」
「一言で言えば楔だ」
「楔……?」
剣ではなく楔。
よくわからなかったので、追加で説明を求めることにした。
「申し訳ありません。もう少しかみ砕いて、説明をお願いできるでしょうか?」
「面倒だな」
ぐだりと、ライオネルが長椅子の上で寝がえりを打った。
だらしない姿勢なのに見苦しさを感じさせないのは、身の内側から発せられる覇気か何かのおかげかもしれない。
「なぜわざわざ余が、一から十まで説明してやらねばならないのだ?」
「そこをどうか、慈悲をもってお願いできませんか?」
猛獣の機嫌を取るような心持ちで、コーデリアはお願いをした。
今のところライオネルしか情報源がないため、機嫌を損ねられないのだ。
「願い、か。願いには対価が必要だ。おまえがその身を差し出すというなら、答えてやってもいい」
「っ……!」
ライオネルの手が伸び、コーデリアは震えてしまった。
レオンハルトと同じ顔で触れてこようとする、けれど違う存在であるライオネルに混乱してしまう。
「――――ぐっ‼」
固まるコーデリアの前で、ライオネルが胸を押さえこんでいた。
「ぐっ……。この生意気なっ! 余の転生体はずいぶんと、おまえに執心しているようだな」
「レオンハルト殿下が……」
コーデリアの体のこわばりがほどけていった。
姿は見えず声も聞こえないが、レオンハルトが助けてくれたようだ。
ライオネルの体の奥、魂とでも言うべき場所にレオンハルトの意識は今、存在しているのかもしれない。
「……仕方ない。無駄に争うのも億劫だから、聖剣についても教えてやろう。聖剣は余の因子を、血脈に留め置く楔の役割が本質だ」
「陛下の因子?」
「そうだ。少し考えてみればわかるだろうが、世代を重ねるごとに血は、どんどん薄くなっていくものだろう? 十代も経てばほぼ他人と言っていいほどの血しか、その末裔に流れていないことになるが……。この聖剣が宿る、余の血脈は特別だ。子が生まれる際、余に近しい因子を色濃く受け継ぐよう、代々影響を与えているからな」
「だから楔なんですね……」
薄まっていき、特別な血を留めるための機構こそが、聖剣の本質であるようだった。
「本来の役目はわかりましたが、ならばどうして私が聖剣を握ると、炎を操ったり、黒いもやが見えるようになったのですか?」
「副次機能の一つだ。代を経て血が薄まってしまった際、余の力を思い出させるように、その力の一部が、聖剣には収められている。ただの人間であれ長い間聖剣を手にしていれば、影響を受けることになるはずだ」
「なるほど……」
謎が一つ解け、コーデリアは小さく頷いた。
しかし一つの答えはまた新たな疑問を生み出し、連鎖していくようだ。
「ライオネル陛下はなぜそこまでして、自らの血と力を残そうとしたのですか?」
「それが役割だからだ。世界を侵す存在、呪術師や呪具を焼き付くすことこそが、余の動く理由だ」
「呪具……」
再び戻ってきた話題に、コーデリアはしばし考えこんだ。
「国王陛下に呪術を使ったのが誰なのか、ライオネル陛下はお分かりなのですか?」
「知らん。余は呪術の残滓を焼いただけだからな」
どうやら駄目なようだ。
コーデリアは肩を落とし、少しの間目を閉じていた。
落胆した気持ちを入れ替えると、もう一つ質問をすることにする。
こちらはちょっとした、好奇心のようなものだった。
「先ほどライオネル陛下は先祖返りであるレオンハルト殿下のことを、ライオネル陛下の生まれ変わりだと仰っていましたよね?」
「言ったな」
「……なら私や他の人間にも、前世があるということですか?」
「あるぞ。それがどうした?」
ライオネルは簡単に言っているが、なかなかに衝撃の事実だ。
(私の前世、どんなのだったのかしら? 女だったのか男だったのか、それとも人間ではなかったのか……気になるわね)
コーデリアが想像の翼を広げていると、ライオネルが鼻で笑う気配がした。
「やめておけやめておけ、前世が気になるようだが、前世の記憶を思い出したって、ろくなことにならないぞ?」
「どういうことですか?」
「死ぬからだよ」
「……えっ?」
ライオネルの口から、物騒な単語が飛び出してきたのだった。