同じ悩みを抱えているようです
「フランソワ様はなぜ、あぁもベルナルト様に食って掛かっていたのですか? あれが無ければもう少し早く、誤解が解けていたかもしれませんわ」
コーデリアの問いかけに、フランソワは眉を跳ね上げた。
「そんなの愚門だろうが‼ あいつに腹が立つからに決まっている‼」
勢いよく叫ばれ、コーデリアはびくりとしてしまった、
フランソワは拳を握りしめ、力の限り叫んでいるようだ。
「おまえだってムカつくだろう⁉ あいつはいつもいつも‼ 涼しい顔をしてとんでもないことをやってのけるんだ‼ 僕の努力をあざ笑うように、軽やかに飛び越えていくんだぞ⁉」
フランソワが吐き出したのは、いっそ清々しいほどの嫉妬の言葉だ。
悔しい腹立たしいと、全身で叫びをあげていた。
「フランソワ様……」
そして彼の叫びは、コーデリアにも理解できるものだった。
ベルナルトやレオンハルト、彼らの優秀さを目の当たりにするたびに。
心の底が燻るような嫉妬心と焦燥があるのを、否定できないからだ。
(フランソワ様も、私と同じように悩んでいるのかも……)
そう考えると少しだけ、気が楽になったかもしれない。
肩の力を抜き、コーデリアは周りを見回した。
ベルナルトはさすがに仕事が早く、容疑者たちをきっちりと縛り上げている。
「ベルナルト様、こちらの提案に付き合っていただき、どうもありがとうございました」
「渡りに船だったからな」
周囲の状況を確認しながら、ベルナルトがあっさりと答えた。
今回、コーデリアをエサにした計画を、レオンハルトに持ち掛けるわけにはいかなかった。
ニニ誘拐事件の時のように、仔獅子姿で同伴する、という手が使えない今、レオンハルトが計画に反対する可能性が高かったからだ。
それゆえにこそコーデリアは、ベルナルト達に計画を持ち掛けたのだった。
「容疑者が確保できて、私は満足だが……」
きっとくるぞ、と。
ベルナルトが呟いたちょうどその時に、
「コーデリア」
屋敷にいるはずのレオンハルトの声に、コーデリアは瞳を見開いた。
(どうして殿下がここに……?)
計画が知られないよう、細心の注意を払っていたはずだ。
ベルナルトたちも、レオンハルトに知られないようにという、約束を破りはしていなかった。
同じ王都内とはいえ、ここから屋敷までは距離があり、いかにレオンハルトの感じる『匂いのようなもの』であっても、簡単には辿れない程、遠く離れているはずだった。
「殿下……」
歩み寄ってくるレオンハルトに、コーデリアは思わず後ずさった。
レオンハルトは一切の表情を消し去り、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
仮面のようなその顔の下でどんな感情が渦巻いているのか、知るのが怖いほどだ。
「……黙って計画を実行して、心配をかけてしまい申し訳ありませんでした」
覚悟を決め、コーデリアはレオンハルトへと向き合った。
怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。
それでもその全てを、逃げずに受け止めるべきだった。
「でも、私はっーーーー⁉」
ぎゅうっ、と力いっぱい。
気づけばコーデリアは、レオンハルトに抱きしめられていた。
「……かと思った」
「殿下……?」
「心臓が、止まってしまうかと思ったよ」
細く長く、レオンハルトが息を吐き出していた。
不安と恐れを、その全てを出し尽くすような、そんなため息だった。
「二度と、こんなことはやめてくれ」
レオンハルトはコーデリアを抱きしめたまま、力なくそう呟いた。
「……聖剣を持っていてくれたおかげで、聖剣の気配を辿って、ここまで来ることができたんだ」
「聖剣に、そんな使い方もあったんですね……」
コーデリアは答えつつも、罪悪感に責め立てられていた。
(殿下の力になりたいと、そう思って行動したつもりだったけれど……)
思っていたよりずっと、彼に心配をかけてしまったようだ。
コーデリアはそっと両腕を回し、レオンハルトを抱きしめ返した。
筋肉のついた男性らしい体つきを感じていると、レオンハルトが呟きを落としてくる。
「……コーデリアは焦っていたんだろう?」
何を、とは言葉にされなかったけれど。
コーデリアには心当たりのある指摘だった。
「……はい。殿下の婚約者になるのにふさわしいのか、今でも自信が持てないでいるんです。異国にきてなお、揺るぎない心の強さと才覚を持つベルナルト様を見ていると、どうしても自分と比べてしまって……」
すべてはコーデリアの、劣等感に端を発していた。
努力を積み上げることは出来ても、ベルナルト達天才には届かないであろう自分に、コーデリアは焦りを消せないでいる。
先ほどのフランソワの叫びが、理解できてしまうのだった。
「……俺は君に、誰よりも優れていて欲しいわけじゃないんだ。努力家でひたむきな君らしく、前に進んでいく姿が見たいんだよ」
「殿下……」
「焦っていい。悩んでもいいんだよ。君になら迷惑をかけられたって、むしろ嬉しいくらいだからな」
コーデリアの瞳をのぞきこんで、レオンハルトが小さく笑った。
「コーデリアはまだ、自分の強矢と力を信じることは出来ないのだろうけど……。ずっと君の隣に俺がいるって、そのことは信じて欲しいんだ」
優しく温かな、それでいて切実なレオンハルトの言葉に、
「……はい」
コーデリアは頷きを返していた。
心の底に燻る焦りが、簡単には消えないのだとしても。
それでもレオンハルトがいれば大丈夫だと、彼のために微力でも支えになりたいと、そう願えたのだった。