宿舎を訪ねてみましょう
元気を取り戻したフェミナを送りがてら、コーデリアは王宮にやってきていた。
レオンハルトの受け持つ仕事のうち、コーデリアでも代理が可能な手続きを、王宮で行うためだ。
用意してきた書類を提出し終え、お付きのハンナと共に歩いていると、見覚えのある姿が現れた。
「お、こんなところで奇遇だな」
かつてヴェール回収を手伝ってくれたくすんだ赤毛の、帝国軍人の青年だった。
今日も大柄な部下らしき男性を引き連れ、王宮に足を運んでいたようだ。
「……お久しぶりです。歓迎式典の日は助けていただき、どうもありがとうございました」
「律儀だな。あれくらいどうってことないさ。なんなら今日も何か、手品の一つでも見せてやろうか?」
「ありがとうございます。でもその前に、そちらのお名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?
「俺の名前?」
青年が気さくな笑みを浮かべた。
「当ててみなよ。コーデリア様ならとっくに、見当はついているだろう?」
さらりとコーデリアの名前が呼ばれた。
コーデリアに名乗った覚えはないが、当然のように把握されているようだ。
青年の挑発とも取れる言葉に、コーデリアは応じることにした。
「アレン・ルード様。リングラード帝国十三騎士の一人、第四席のアレン様でしょう?」
帝国十三騎士。
呼び名の通り、近年勢力の拡大が著しい帝国の精鋭中の精鋭、十三人しかいないうちの一人だ。
政治外交に興味がある人間であれば、知っていてしかるべき相手だった。
(軍事国家である帝国で、若くして十三騎士に選ばれた平民出身の軍人だと聞いていたから、もっとたくましい体格の、いかにもといった軍人の方を想像していたけれど……)
アレンの背後に控える大柄な青年の方が、よどほコーデリアの想像に近い姿をしていた。
よく見るとアレンも鍛えているのがわかるが、雰囲気が柔らかく、軍服を脱げば軍人には見え無さそうな人柄をしている。
あの日ヴェールを拾ってくれた相手が気になって調べなければ、彼がかの高名な帝国十三騎士の一人であるとは、コーデリアも気がつけなかったはずだ。
「前回は、まともにご挨拶もできず申し訳ありませんでした」
「はは、そんなかしこまらないでくれよ。たまたまヴェールが目について、ちょっと手を出してみただけだよ」
本当にそれだけ、偶然なのだろうか?
帝国十三騎士であるアレンのことだ。
あの日もコーデリアの様子を観察し、接触の機会をうかがっていたのかもしれない。
コーデリアとしても、気が抜けない相手だった。
「う~ん、やっぱ帝国十三騎士だってバレると、反応が硬くなっちまうよな。別に俺は、そんなおっかない人間じゃないぞ? 正真正銘、平民生まれの平民育ち。手品の腕だって元は、ばぁちゃんを食わせるため、身に着けたものだからな」
「……アレン様のおばあさまを?」
コーデリアもまた、今は亡き祖母のことを慕っている。
少し親近感を覚え、アレンの話を聞くことにした。
「そそ。俺の両親、物心つく前に事故に巻き込まれ、亡くなってしまってるんだ。ちっちゃかった俺を育ててくれたのがばぁちゃんだ。口うるさくて元気な人だったけど、それでも年には勝てなくってな。俺は道行く人に手品を披露して、ばあちゃんの分も小金を稼ぐようになったのさ」
「だからあんなに、手品がお上手だったんですね」
アレンの手品は、まるで種がわからないものだった。
そう大掛かりな装置は使っていないはずだから、彼の手さばきや観客の視線誘導の技術が、優れている証のはずだ。
「ま、俺も頑張ったけど、平民のガキが手品一つで稼ぐには限界があるだろう? ばぁちゃんはますます小さくなって、だから年頃になった俺は、軍人になることにしたんだ。軍人として、最初はわからないことばかりだったけど……幸運にも俺は皇帝陛下のいた部隊に配置されることになったんだ」
現リングラード帝国皇帝は軍人として名をあげ、皇帝にのし上がった経緯をもっている。
アレンは皇帝陛下が軍人として戦場を出ていた時に、顔と名前を覚えられたらしかった。
「訓練の合間、仲間の兵士相手に披露していた手品に、陛下は興味を抱かれたようだ」
「皇帝陛下のお眼鏡にかなうほど、アレン様の手品の腕は卓越していたんですね」
「よせよせ、褒め殺しはよしてくれよ。あれは陛下の気まぐれ、ちょっとした暇つぶしのようなものさ。その証拠に俺は陛下と、手品対決をしたことがあるけれど……」
「どうなったのですか?」
勝敗の行方が気になり、コーデリアは問いを投げかける。
アレンの語り口に、引き込まれるようにして聞き入っていた。
「その勝敗は即ち……次のお楽しみってとこだな」
「え……?」
アレンがひらひらと、手を振り遠ざかっていった。
「続きはまた次回、俺と会った時の楽しみにとっておいてくれ」
それじゃあな、と。
アレンの背中が小さくなっていく。
残されたコーデリアはしばらく、くすんだ赤毛の後姿を見ていた。
(アレン様のおばぁ様との話が気になって、立ち話をしてしまったけれど……)
これもアレンの計画通りなのだろうか?
この国で調べれば、コーデリアが両親ではなく、祖母により育てられたことはすぐわかることだ。
祖母を慕うコーデリアの共感を得、会話の潤滑油にするため、あえてアレンは自身の祖母のことを口に出したのかもしれない。
(私の思い描いていた、帝国十三騎士の姿とは違うようだけど……)
やはりやり手の油断できない相手のようだと、コーデリアは思いを新たにした。
現在捜査中の、ザイードの協力者候補の中にはエルトリア軍人以外、アレンら帝国の人間の名前もあがっている。
可能性としては低いがアレンら帝国がどこかから、糸を引いているかもしれなかった。
「気を付けないとね……」
コーデリアは呟くとハンナを引き連れ、王宮の出口へと向かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「せっかく馬車を出したわけだし、ベルナルト様の宿舎を訪ねてみましょうか」
王宮を出たコーデリアは、ベルナルトの元へ馬車を走らせていた。
ザイードの件で協力関係にあったが、いつもはベルナルトの方から、コーデリアの屋敷に足を運んでもらっている。
ちょうど今日は、レオンハルトからベルナルトへ渡す書類を預かっているので、一度ベルナルトの元を訪ねることにしたのだ。
「伝えられている住所は、こちらのはずですが……」
コーデリア付きの侍女、ハンナが窓に視線をやり眉をひそめていた。
窓の外の景色は、だんだん寂れていっている。
王都の中で比較的地価が低く、貴族はよりつかない一角に、ベルナルトの宿舎は位置しているようだ。
「これは……」
馬車を降り立ち見えた宿舎に、コーデリアは軽く驚いた。
ベルナルトは若き英雄であり、エルトリア王国駐在部隊・第三隊の隊長だ。
華々しい身分のはずだが、目の前の宿舎はいささか、事情が違っているようだった。
「ぼろい……」
コーデリアアが小さく呟くと、ハンナも同意するよう頷いている。
宿舎は広さこそ十分あるが、立地といい建物の傷み具合といい、とてもベルナルトの住処には見えなかった。
「失礼いたします。コーデリアです」
ハンナがノッカーを鳴らすと、扉の向こうから靴音が近づいてくる。
扉を開けたのは、ベルナルトの副官のゲイルだった。
「コーデリア様、ようこそいらっしゃいました。何か急用でもございましたか?」
「いえ、急用というほどでは無いのですが、ベルナルト様あての書類があったので、外出のついでに寄らせていただいたのです。こちらを渡しておいていただけますか?」
「わざわざありがとうございます。せっかくここまでいらっしゃったんですし、ベルナルト様に会っていかれますか?」
「……私があがってもよろしいのですか?」
傷んだ建物を見て、コーデリアは念のため尋ねることにした。
「あぁ、問題ありませんよ。コーデリア様さえ気になさらないなら、どうぞ中へ入ってください」
「失礼しますね」
ゲイルの後に続き、コーデリアは建物へ足を踏み入れた。
内部の方も、外観と同じくあちこちが傷んでいるようだ。
さすがに床板が抜けているような場所はないが、そこかしこの壁にひびが走っていた。
「コーデリア様、この惨状に驚かれていますね?」
「……失礼ながら少し」
「びっくりして当然ですよ。隠していたわけではありませんが、実際に目にすると少々、驚いてしまう光景でしょうからね」
「この建物は、エルトリア王国の軍部に手配された宿舎なのですよね?」
「えぇ、そうです。ある意味この宿舎が、ベルナルト様の立ち位置を表していますね」
「ベルナルト様の――――っと」
扉の間でゲイルが立ち止まったため、コーデリアも足を止めた。
「ベルナルト様は今、こちらから出た裏庭で鍛錬中です。もうすぐ終わりますから、近くで待っていていただけますか?」
「わかりました」
扉の外には、広々とした庭が広がっていた。
こちらも建物と同様、庭におかれたベンチは錆びているが、草刈は行われているようだ。
中央の空き地のようになった部分で、ベルナルトが一心に長剣を振っていた。
「すごい早さですね」
素人同然のコーデリアにも、すさまじさが伝わってくる素振りだ。
ベルナルトは体の一部のように、自在に長剣を扱っていた。
「ベルナルト様、レオンハルト殿下に負けたのがよっぽど悔しくて、しかしそれ以上に楽しかったみたいでしてね……。あぁも真剣に、そして楽しそうに訓練をしているのは、実家でご兄弟様たちと過ごしていた時以来ですよ」
ゲイルの解説を聞いていると、ベルナルトの鍛錬が終わったようだ。
近くの木の枝にかけていた布で汗をぬぐうと、長剣を収め近づいてくる。
「コーデリア殿、待たせてしまったようだな」
「今来たばかりのところです。訓練はもうよろしいのですか?」
「あぁ、今日のところは、剣の鍛錬はこれで終わりだ。少し休んでから、魔術の鍛錬に移るつもりだ」
「勤勉なんですね」
「趣味で生きがいのようなものだからな。まだ私には上がいると、成長の余地があるじ実感した以上、訓練はとても楽しいものだ」
先ほどまで激しい訓練を行っていたにも関わらず、既にベルナルトは涼しい顔をしている。
軍人としてみっちりと、鍛え上げているようだ。
「ベルナルト様は毎日、どれくらい訓練を行っているのですか?」
「ここのところはザイードの協力者探しの時以外、だいたい訓練を行っているはずだ」
「ずっと訓練を……」
ベルナルトの返答に、コーデリアは疑問をぶつけることにした。
「……ベルナルト様にはザイードの協力者探し以外、果たすべき職務は無いのでしょうか?」
「今のところは無いな」
恐る恐る尋ねたコーデリアに、ベルナルトはすぐさま答えを返した。
「私は確かに、エルトリア王国調剤部隊・第三隊の隊長を拝命しているが、いわばお飾りのようなものなのだ」