これは嫉妬かもしれません
本日2話の更新になります。
ベルナルトの喉元に切っ先が付きつけられ、わずかな静寂の後に。
「……これは参ったな」
呟くベルナルトは、肩で息をしつつも無傷だった。
一方のレオンハルトはいくつも手傷を負い出血しているが最後の一撃、致命打を放ち、勝者となったのは彼の方だった。
決着がつき、幸いにも二人とも、大きな傷は無さそうだ。
コーデリアは胸を撫でおろした。
レオンハルトは何か所か怪我をしているが、先祖返りの強靭な回復力で、明日には治っている程度だ。
(殿下、すごいわ。宣言通り、見事勝利なさったのね)
勝者を祝おうとしたコーデリアだったが、レオンハルトは興奮冷めやらぬと言った様子で、ベルナルトと話し込んでいる。
「最後から二番目の構え、あそこで足元に殺気を放ち、意識を反らしたのは虚を突かれたぞ」
「そちらの『雷槍』の六つ目、あれで長剣の刃を狙い撃ちにしてきたのは驚いたよ。もしあの時、俺が強引に弾こうとしていたら――――」
議論が白熱し、二人とも夢中になっている。
模擬試合の推移について、考察と意見を戦わせているようだった。
入り込めないものを感じて、コーデリアは足をとどめた
共にずば抜けた技量を持つ二人だからこそ、語り合える領域だ。
初対面時の険悪な雰囲気はどこへやら。
剣を交わしたことで吹っ切れたのか、レオンハルトも楽し気に、健闘を称えあっている。
(ベルナルト様、殿下と盛り上がれて羨ましいなぁ……)
コーデリアとしては微笑ましい反面、寂しさを感じてしまった。
あるいはこれが、嫉妬という感情なのかもしれない。
(私の方こそ、結構子供っぽいのかも……)
試合前、嫉妬していたレオンハルトの言葉を思い出し、コーデリアは小さく笑った。
今ならあの時のレオンハルトの気持ちが、わかるかもしれなかった。
「コーデリア様、すみませんね。うちのベルナルト様、熱中すると周りが見えなくなる方で」
ぽりぽりと頭をかきながら、ゲイルが会話を振ってきた。
軍人であるゲイルはベルナルト達の話を興味深く聞いていたが、コーデリアに気を使ってくれたようだ。
彼の気遣いに感謝しつつ、コーデリアはレオンハルト達を眺めた。
「少し嫉妬してしまいますが……。殿下が楽しそうですから、私はそれでいいと思います」
「大人ですねぇ」
「まだまだ未熟ですよ」
「いやいやご立派ですよ。ベルナルト様がコーデリア様の年頃の頃よりずっと、大人びてらっしゃいますよ」
「……昔のベルナルト様を知っているのですか?」
コーデリアは少し意外だった。
ベルナルトは公爵家の次男で、ゲイルは平民だった。
年齢も、二十代前半と三十代後半とそれなりに離れている。
そんな二人だからてっきり、軍に入ってから知り合った間柄だと思っていたのだ。
「えぇ、それこそ小さい頃からよく知ってますよ。俺は元々、ベルナルト様の父君、グラムウエル侯爵様に、ベルナルト様たちご兄弟の剣術の教師、兼護衛として雇われていた身ですからね。そこでベルナルト様に気に入られて、副官として軍にこないかって誘われて今があるんですよ」
「長いお付き合いなのですね」
「まぁ俺としても、武に関わる人間として、ベルナルト様の才能は魅力的ですからね。色々と大変なこともありますが、副官やれてて幸運ですよ」
へへへ、と。ゲイルが笑いを浮かべた。
我が道を行くベルナルトに振り回されつつも、悪い気はしていないようだ。
「確かに、ベルナルト様はお強いですね。エルトリアの軍人魔術師の方は、皆あのように戦われるのですか?」
コーデリアの問いかけに、ゲイルが高速で頭を横に振った。
「いやいやいや! それはあり得ませんって‼ 普通魔術師って、後衛から遠距離攻撃飛ばすのが仕事です。ベルナルト様のように前衛でがんがん魔術をぶっぱなしながら剣を振り回すなんて、邪道にもほどがありますから‼」
「邪道……。ではベルナルト様は独学で、あの戦い方を身に付けられたのですか?」
「独学、のようなものですが一応、ベルナルト様の兄弟たちが、稽古に付き合わされていましたね。以前お話したレティーシア様もよく駆り出されて、死ぬ気でいけに、いえ、模擬試合の対戦相手を頑張っていました」
「今、生贄って言いかけませんでしたか?」
コーデリアが聞き返すと、ゲイルが誤魔化すよう笑みを浮かべた。
「気のせいですよ気のせい。ベルナルト様もレティーシア様を可愛がっていましたから、肉体的な怪我はさせないよう、十分注意していました」
「……つまりそれ、精神的にはかなりキツかったのではないですか?」
「はは、そうですね。それについては、今も忘れない思い出があって―――――」
――――そうしてコーデリアが、ゲイルからいくつも、話を聞いている間もずっと。
レオンハルトとベルナルトは戦術論を交わし熱中し、友好関係を築いていたようだ。
剣を交え深まる友情を、体現する二人なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レオンハルトとベルナルトの模擬試合の翌日。
その日コーデリアは、フェミナの訪問を受けることになった。
手紙のやりとりは行っていたが、直接会うのは少し久しぶりだ。
「コーデリア、ごきげんよう。元気にしていたかしら?」
そう挨拶したフェミナの方は、あまり元気が無さそうだった。
肉体面の不調ではない。
レオンハルトは公には、王都郊外に公務で滞在していることになっている。
慕っているレオンハルトと何日も会えず、フェミナも少ししょげているようだ。
「フェミナ殿下、ごきげんよう。今日はフェミナ様の好物の、チェリーパイを用意してありますよ」
「チェリーパイを⁉」
フェミナの目が輝き、しかしすぐに元に戻ってしまった。
好物を兄であるレオンハルトと一緒に食べたかったと、寂しく思っているようだ。
(かわいそうだけど、ここでレオンハルト殿下が姿を現すわけにもいかないのよね……)
レオンハルトを慕う者同士、コーデリアにはフェミナの気持ちは痛い程わかった。
少し考えこみ、一時席を外すことにする。
「紅茶の準備で指示の出し忘れがあったので、少し様子を見てきますね」
応接間を出たコーデリアは屋敷の外れ、フェミナと顔を合わせないよう隠し部屋にこもった、レオンハルトの元を訪れた。
「殿下、今お時間大丈夫でしょうか?」
「どうしたんだいコーデリア?」
レオンハルトはちょうど、持ち込んでいた書類の処理を終えたところのようだ。
コーデリアの元へ、嬉しそうに近寄ってきた。
「フェミナ殿下、ここのところレオンハルト殿下とお会いできず、少し元気がないみたいなんです」
「そうか……」
優しい兄であるレオンハルトも、やはりフェミナのことは気にかかるようだ。
心配げに、応接間の方角へ視線を向けていた。
「仔獅子の姿で、フェミナを元気づけてあげるのはいかがでしょうか?」
フェミナは仔獅子をレオと呼び、大変気に入っていた。
その正体がレオンハルトだとは知らなかったが、昔かわいがっていた金色の猫—―こちらも実は仔獅子に化けたレオンハルトであり同じ相手なのだが――を思い出し、心が温まるようだ。
「殿下は仔獅子の姿への変化なら、安定してできるようになっているのですよね?」
「あぁ、大丈夫だ。仔獅子の姿への変化の方が、やりやすいくらいだからな」
レオンハルトは自由に動けないなりに、事態の解決を模索していた。
獣耳を出現させず人の姿で居続けられるよう、毎日いろいろと実験を行っている。
まだ完全には制御できていないが、仔獅子の姿で居続けることは、既にできるようになっていた。
(人間ではなく、獅子の姿でいる方が安定している、というのが少し気がかりだけど……)
フェミナの目の前で人間の姿に戻り、正体がバレる恐れは無さそうだ。
仔獅子となったレオンハルトと応接間に戻ると、フェミナがわっと歓声を上げた。
「レオ! 今日はおうちにいたのね!」
駆け寄ってきて、嬉しそうに仔獅子へと手を伸ばしている。
柔らかな毛並みに指を埋め、もふもふとした撫で心地を堪能しているようだ。
微笑ましい光景だったが、コーデリアは一つ、気が付いてしまったたことがあった。
(レオンハルト殿下、頭は撫でさせないようにしている?)
背中や腕、それに尻尾はフェミナに触らせているが、それとなく頭に伸びる手は避けていた。
どうやら仔獅子の頭を撫でることができるのは、コーデリアだけのようだ。
仔獅子の頭の撫で心地と、人の姿のレオンハルトの頭。
そしてコーデリアの頭を撫でる手の感触を連鎖的に思い出し、一人ほんのりと赤くなってしまったのだった。