定期的に飛ばすものですか?
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
次の目的地へと向かう馬車の中で、コーデリアはベルナルトへと礼を述べていた。
「私が魔術師たちに絡まれているのを見て、助けてくださったんでしょう?」
「当たり前のことをしただけだ」
ベルナルトの返事はそっけなかった。
「私と行動を共にしている時に、貴女が害されでもしたら、最悪外交問題になるからな」
そう理由を説明するとそれきり言葉を切り、窓の外を眺めているようだ。
淡々としているだけで、やはり悪い人では無いようだった。
先ほどだって、コーデリア達を助けてくれたのだ。
自身の興味のあること以外への対応は淡泊だが、必要な仕事やきちんとこなす性格のようだった。
「ん、あれは……?」
「どうされたのですか?」
ベルナルトの横から、窓を覗き込んだ。
王都の大通りから二本ほど離れた、女性向けの店が集まっている通りだ。
「何か、気になる店でもありましたか?」
「評判のいい菓子屋を探していてな」
「お菓子を?」
少し意外な探しものだ。
コーデリアが驚いていると、ゲイルが補足してくれた。
「ベルナルト様が食べるようじゃないです。国の妹君に贈るようです」
「妹、というと、エルトリア王太子の婚約者である、レティーシア様にですか?」
直接会ったことはないが、美貌と才能に恵まれた、優秀な公爵令嬢らしい。
そしてベルナルトにとっては、同じ母親から生まれた妹だった。
隣国の王太子の婚約者であるレティーシア。
レオンハルトの婚約者にと望むコーデリアにとって、なかなかに気になる相手だ。
ちょうどいい機会なので、少しベルナルトに話を聞いてみることにした。
「ベルナルト様とレティーシア様は、よくお話されるのですか?」
「仲はそれなりに良いはずだ。最近は妹も忙しくて、なかなか一緒に過ごす時間が取れないがな」
妹のことを語るベルナルトは、心無し残念そうにしている。
言葉通り、仲の良い兄妹のようだった。
「……いやまぁ、確かに兄弟仲は良い方ですけど、ちょっとズレてるというか、レティーシア様も大変そうと言いますか……」
ゲイルがぼそりと呟いた。
「口ごもってどうされましたか?」
「いえ、何も。……レティーシア様は、食への興味が強いお方なんです。エルトリアの貴族料理は味が濃くてあまり好きではないみたいで、こちらの食文化を羨ましがっていましたよ」
ライオルベルンは肥沃な大地を持つ国だ。
新鮮な食材が豊富なため、味付けはどちらかといえば薄味の、素材の味を活かす料理が多かった。
「ベルナルト様のライオルベルン行きが決まった時もレティーシア様は『お兄様の代わりに、私がライオルベルンに行きたいくらいよ』と言っていましたからね」
「あら、それは光栄です。機会があればお会いして、共にお食事をしたいですね」
コーデリアの言葉は社交辞令が半分、本音が半分といった割合だった
いつか王太子の婚約者同士として、会ってみたいところだ。
お菓子が好きだということだし、話が弾みそうだった。
「ベルナルト様、レティーシア様はどのようなお菓子が好みか、教えていただけませんか? 王都の菓子屋に探しについてなら、力になれるかもしれません」
「あぁ、そうだな。それは助かるが……」
ベルナルトが言葉を切り、コーデリアを見下ろした。
「何か気になることでも?」
「貴女は、私を怖がらないのか?」
「どうしてですか?」
好戦的なところのあるベルナルトだが、所かまわず、暴力を振るう人間ではないはずだ。
先ほど魔術師たちを追い払ってくれたこともあり、コーデリアとしても頼もく思っている。
「私は歓迎式典のあの日、貴女に殺気を向けている。私は過去に何度か、ご令嬢に殺気を向けたことがあるが、それ以降二度と、彼女たちは話しかけてこなかったぞ?」
「そんな過去があったのですね……」
ベルナルトは顔、家柄、実力と三拍子揃っているにも関わらず、婚約者はいないらしかった。
そのずば抜けた才能ゆえに女性に恐れられ、遠巻きにされているのかもしれない。
大変そうだと思ったコーデリアだったが、
「まぁ、そのおかげで令嬢たちが近寄ってこなくなったから、定期的に殺気を飛ばして、人払いしているんだがな」
「物騒⁉ 殺気って、定期的に飛ばすものなんですか⁉」
ベルナルトに思わずつっこんでいた。
(……食えないお方ね……)
軽く脱力しつつ、馬車の椅子に深く腰掛ける。
先ほどゲイルが、ベルナルトとレティーシアの兄弟仲について口ごもっていたのも納得だ。
ベルナルトが兄では、なかなかにレティーシアも、苦労しているのかもしれない。
会ったことも無い彼女に、コーデリアが同情していると、
「今のところ私は、婚約者を求めていないからな。令嬢方も、不毛な私相手に時間を取られなくなって双方に都合が良いだろう?」
私は軍務と鍛錬に集中したいからな、と。
しれっとベルナルトが言い放ったのだった。