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魔術師の悪い見本のようです


 馬車がガクンと揺れ減速していく。

 どうやら目的地が近いようで、コーデリアは手早くドレスを整えていった。


 今日身にまとっているのは、山吹色のドレスだ。

 露出は少なく、飾り衿が首元を華やがせている。

 上品で落ち着いた意匠であり、これなら離れているレオンハルトも、いくらか安心できるようだ。


 コーデリアは山吹色の裾を翻し、停止した馬車の外へと降り立った。

 王立魔術局の門を潜り、責任者に挨拶をすませ、調査を始めることにする。


 ある程度予想していたことだが、あまり調査は、はかどらないようだった。

 そもそも既に一度、ザイードの件に関して、王立魔術局の調査は行われているのだ。

 今になって魔術は専門外のコーデリアが調査を行っても、芳しい結果が出ないのは当然かもしれない。


(今日の本命は、ベルナルト様が行う調査の方だものね)


 魔術大国エルトリア王国の高位貴族、グラムウェル公爵家の出身であるベルナルトは魔術が使える人間だ。

 専門は魔術の軍事運用らしいが、その他の魔術の知識も豊富らしい。

 実際に先ほど調査の途中経過を尋ねたところ、ごく順調なようだった。


(そのまま上手く、何かめぼしい証拠が見つかればいいのだけど……うん?)


 コーデリアの目の前を、ふらふらと人が横切っていく。

 魔術局の制服である黒のローブを着ているが、今にも倒れそうだ。

 心配になって見ていると、ぐうぅと大きく、腹の音が鳴るのが聞こえた。空腹でふらついているようだ。


「……今の、聞きましたか?」

「……聞いてしまいました」


 人影が、ぎこちなくこちらを見つめた。

 上背はあるが、思ったより若いようだ。

 コーデリアより何歳か年下の、黒髪の少年に見える。


「良かったらこれ、食べてください」


 気まずくて、コーデリアは懐からクッキーを取り出した。

 調査中にご飯を抜かした時用に、持ってきていたものだ。


「……いいんですか?」

「どうぞ。うちの使用人が焼いたクッキーです。味は美味しいと思います」

「ありがとうございます」


 少年は礼を言いつつ、嬉しそうにクッキーを受け取った。

 恥ずかしさはあるようだが、空腹には勝てないようだ。


 どうしてこんなに、お腹を空かせているのだろうか?

 魔術師は一般的に高給取りだった。

 先天的な資質が占める部分が大きく、魔術師になれるような魔力量の持ち主は、数百人に一人ほどしかいないからだ。

 王立魔術局に在籍している魔術師ならば、食うに困るなどないはずだった。  


「ねぇあなた、どうし――――」

「おい見ろよ、ジュリアンのやつ、食べ物恵んでもらってるぞ」


 第三者の声に、少年――――ジュリアンの背がびくりと震えた。

 おどおどとした様子で、魔術師の三人組を見ている。


「情けないなー。あれでもあいつ、ガルレア家の直系なんだろ?」

「名門・ガルレア家も終わりかもな」

「違いない。よりにもよって、跡継ぎがあのジュリアンだもんな~」


 これ見よがしに、聞こえるように悪口を投げかけてくる。

 全く悪びれる様子も無い三人組に、コーデリアは眉をしかめた。

 ジュリアンは言い返すことも無く、亀のように縮こまっている。

 三人組はやがて飽きたのか去っていき、ジュリアンが細くため息をついていた。


「……すみません。僕の虐めに、巻き込んでしまったようです」

「いつもあぁなの?」

「慣れました」


 諦めたようにジュリアンは笑った。

 よく見ると手首や体のあちこちに、怪我をした跡がうかがえる。

 陰口だけでなく、暴力も受けているようだった。


「……仕方ないんですよ。僕、ガルレア家の直系なのに、魔力量が低いんです」


 ガルレア家は、このライオルベルン王国でも有数の、魔術の名門の血筋だ。

 魔力量はある程度、親から子へと継承される性質を持っている。

 当然、魔術の名門ともなれば生まれてくる子供にかけられる期待は大きく、期待が外れた時の反動も大きくなるようだ


 魔力量は先天的な要素が大きく、魔術師の力量にも直結している。

 そんな中ジュリアンは魔力量に乏しく、性格も気弱なようだ。反撃できないせいでどんどんと、虐められるようになったのかもしれない。


(大変そうね。いっそ、魔術師とは別の道を選べたらいい気もするけど……)


 魔術師になれる程度の魔力量はあるが、一流には遠く及ばない。

 そんな生殺しのような状態なのかもしれない。


「僕なら大丈夫ですよ。もう慣れましたし、魔術師としては落ちこぼれでも、生活はしていけますか――――わっ⁉」


 ばしゃり、と。

 急に頭上から、水の塊が降ってきた。

 ジュリアンはずぶぬれになり、隣のコーデリアにも、しぶきが飛びかかってくる。

 魔術で生み出された水のようだった。


「冷たい……」

「はは、見ろよあいつ、濡れネズミになってるぞ!」


 先ほどの魔術師たちだ。

 連れを増やし。今度は五人でジュリアンを虐めに来たようだ。


「あなたたち、何してくれるのよ。水遊びがしたいなら、外でやってきなさいよ」

「……なんだ、おまえ?」


 コーデリアの揺らぎない声に一歩、魔術師たちが引き下がった。

 そして、引き下がったことを恥じるように、猛然とかみついてくる。


「おまえ、ここの魔術師じゃないだろう? 何をしてるんだ?」

「正式な許可をもらって入ってきているわ。何か問題あるかしら?」

「部外者が首を突っ込むなよ」


 魔術師たちはあくまで強気だ。

 希少な才能を持つ人間は傲慢になりやすい、という、とてもわかりやすい一例だった。


「その部外者に対して、いきなり水をかけてきたのはどなたかしら?」

「おまえがどん臭いせいだ――――」

「何をしている?」


 魔術師たちが、びくりと固まっている。

 コーデリアの背後からやってきた、ベルナルトに気がついたようだ。


「げっ、エルトリアの白服じゃないか」

「物騒なやつが来やがって。さっさと帰れっつーの」


 蜘蛛の子を散らすように、魔術師たちが逃げていった。

 エルトリア軍人は、貴族は白、平民は黒と、軍服の色が異なっている。

 そして貴族軍人の多くは魔術師でもあるため、『エルトリアの白服』と呼ばれ、恐れられているのだった。


「つまらない奴らだな」


 ベルナルトは冷ややかな紫の瞳を魔術師の背中へと向けている。


「ここでの本日の調査は終わった。次の場所へ向かうぞ」

「あ、待ってください」


 ベルナルトを追いかけようとすると、コーデリアの背中に声がかかった。


「クッキー、ありがとうございました。もし今度お会いしたら、お返しをしますね」


 ジュリアンが手を振って、見送ってくれたのだった。


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