調査を始めましょう
レオンハルトはしばらくの間、コーデリアの屋敷に滞在することになった。
一定以上距離が離れると、仔獅子の姿に戻ったり、獣の耳が飛び出してしまうことがわかったからだ。
何度か実験するうち、少しずつ離れられる距離は伸びているが安定せず、いつどこで、コーデリアの元へ駆け出すかわからない状況だ。
(本当に早く、レオンハルト殿下の獣耳を直す方法を見つけないと……)
国王ベルムントの定めた期限は、立太子の式典のある二か月後までだ。
それまでに獣耳が治らず人前に出られなかった場合は、王太子になるに相応しい問題解決能力を持ち合わせていないと判断され、王太子の座もコーデリアとの婚約も、無かったことになるらしい。
頑張らないと、と。
気合を入れたコーデリアだったが、
「おっと、コーデリアか」
廊下の曲がり角でレオンハルトに遭遇し、肩を跳ね上げてしまった。
「殿下、まだ起きてらっしゃったのですね」
騒ぐ心臓をなだめながら挨拶をする。
時刻は既に夜更け。
窓から入ってきた月光に、レオンハルトの金髪が淡く輝いている。
廊下に満ちる青い闇に、輪郭がほの白く浮かび上がっていた。
(綺麗……。レオンハルト殿下にお会いしているのは昼間か、まばゆい舞踏会が多いから、静かな夜に会うのは慣れないわね……)
婚約前ということもあり、部屋はさすがに別だったが、同じ建物で寝起きするのだ。
コーデリアが暮らしてきた屋敷の日常にレオンハルトが加わるのは、なかなかに新鮮で、刺激的な体験だった。
「殿下、どうなさいました? 用意させた寝具が、体にあいませんでしたか?」
「いや、そちらは問題ないよ。丁寧に洗濯し手入れされていて、寝心地が良さそうだったよ」
「良かったです。誉めていただけて、準備してくれた使用人たちも喜ぶと思います」
急な泊り客、しかも王子、その上室内でも獣耳隠しのフードを被っているという訳ありだらけの客人にも関わらず、使用人たちは良い仕事をしてくれている。
コーデリアが誇らしく思っていると、レオンハルトが淡く笑った。
月光に照らされたその笑いが優しくて、コーデリアの目を惹きつけ放さなかった。
「お休み、コーデリア。眠る前に、顔が見られて良かったよ」
「……こちらこそ、嬉しいです。お休みなさい殿下。良い夢を」
コーデリアは微笑んだ。
レオンハルトの獣耳に、ベルナルトの求めている情報。
やるべきことはたくさんあり、上手くいくかどうかもわからなかったけれど。
レオンハルトと一緒に乗り越えていきたい、と。
そう願いながら、コーデリアは寝台へと向かったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベルナルトと取引を結んだコーデリア達は、三日後から本格的に動くことになった。
対価の情報を求め、前王太子ザイードの起こした事件の関係者を、調べることになったのだ。
「ではレオンハルト殿下。行って参りますね」
身支度を整え、コーデリアはレオンハルトに挨拶に行っていた。
今日はベルナルトらと一緒に互いに持つ情報の交換をしつつ、調査を行う予定だ。
「あぁ、気を付けてくれコーデリア。俺も同行できたら良かったんだが……」
レオンハルトが口惜しそうにしている。
仔獅子になったり、獣耳が出現する正確な条件はまだ不明だ。
帽子やフードで隠せるとはいえ、いつどこでバレるかわからないため、外に出るのは控えることになっていた。
幸い、コーデリアの屋敷で仔獅子化する分には、屋敷から出ていこうとしないのがわかっている。
コーデリアまで引きこもりでは動きようがないので、心配ではあるがレオンハルトには屋敷に留まってもらうことになったのだ。
玄関から出ると、馬車止まりにベルナルトが待っていた。
今日もきっちりと白の軍服を着こなし、横には無精ひげを生やした副官・ゲイルを引き連れている。
「おはようございます、ベルナルト様。今日は王都にある、王宮魔術局の方へ調査に向かうのですよね?」
「そのつもりだ」
馬車へと乗り込み走らせ、軽く打ち合わせをする。
ゲイルを取り出した書類を、ベルナルトが見やすいように掲げた。
「ここにも書かれているように、前王太子・ザイードの起こした事件に使われた紋章具の一部は、この国の魔術局で作られた部品が使われていたようだ」
「わかりました。王宮魔術局への入場許可証は、レオンハルト殿下が取得してくれたので、問題なく入れると思います」
「助かる。私一人では、簡単には許可が下りないからな」
魔術の研究、および紋章具の開発改良は、国家の軍事力にも関係してくる。
重要な研究は魔術局の奥深くに厳重に秘されているとはいえ、異国の人間が魔術局に入るには本来煩雑な手続きが必要だ。
「立ち入り禁止の場所も多いだろうが、それでも魔術局の人間にあたれば、何か手がかりが見つかるかもしれないからな」
会話を交わすベルナルトの声に感情の色は無いが、不機嫌そうな様子も無かった。
ベルナルトにとっては、おそらくこれが普通なのだ。
整いすぎた美貌と、若くして得た英雄の称号。
そのせいで堅い印象があったが、意外と話しやすいのかもしれない。
時折副官のゲイルが話の補足をしてくれることもあり、会話は滑らかに進んだ。
「そういえば今回の調査について、そちらのエルトリ軍には他に、ベルナルト様の協力者はいるんですか?」
「ここにいるゲイルくらいだ。今の私に、自由に動かせる部下はいないからな」
ベルナルトの言い分に、コーデリアはふと違和感を抱いた。
ベルナルトは駐在部隊第三隊の隊長のはずだ。
軍事上、詳しい職務内容は秘されているが、それなりに忙しいはずではないだろうか?
浮かんだ疑問を口にしようとしたが、ちょうど馬車がガクンと揺れ減速していく。
どうやら目的地が近いようだった。