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妹に心奪われてしまいましたが

今日確認したら、ブクマ登録4千件突破&日間異世界恋愛ランキングで1位に入っていました。

たくさんの方々に読んでいただけ、とても嬉しいです……!

感想や誤字指摘をくださった方々もありがとうございます。

今回はトパック視点での話ですが、よろしくお願いいたします。



「トパック様、どこを見ているんですか?」


 胸元から聞こえた声に、トパックは慌てて視線を下げた。

 姉コーデリアから、妹のプリシラへと。

 華奢な婚約者は、不満げにこちらを見上げていた。


「もうっ、トパック様ったら、よそ見しないでくださいね? さっきだって、そのせいではぐれてしまったんですよ?」


 私、怖かったんです、と。

 プリシラが頬を膨らませ横を向く。

 ほお袋を一杯にした子リスのような表情の婚約者に、トパックは目元を崩し微笑んだ。


 自分の婚約者は拗ねた顔さえかわいい、妖精のような美しい少女だ。


(プリシラは、僕にはもったいないくらい魅力的だ。………けど、何故だろう……) 


 自分の視線が向く先が、今つい見てしまっていたのは、どうして。


(コーデリア………)


 ―――――――妹ではなく、姉だったのだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 トパックは、トートルード伯爵家の五男だ。

 四人の兄のうち、三人はトパックと同じ正妻の母から産まれている。


 長男は後継者、次男は長男に何かあった際の予備、三男は予備の予備。

 そしてトパックは、予備の予備の予備。

 居ても居なくても変わらない、その程度の扱いだった。

 

 ライオルベルン王国では正妻、ないしは正妻に準じる立場の妻の産んだ長男が家を継ぐのが基本だ。

 次男三男が後継者となるのは、頭脳や剣術、魔術などが秀でていた場合がほとんど。

 トパックは顔立ちが整っている以外に特徴は無く、兄達を押しのけて伯爵家を継ごうとする気概も持ち合わせてはいなかった。


 恵まれた容姿と伯爵家令息という身分。

 大きな苦労もなく、それなりに楽しく暮らしていたところに持ち込まれたのが、グーエンバーグ伯爵家の令嬢・コーデリアとの縁談だった。

 

 三度の婚約破棄を経験したコーデリアを敬遠する思いはないでは無かったが、トパックは受け入れることにした。

 貴族の縁談は義務であり仕事の一環。

 それに最大の理由は、トパックに実家を継ぐ見込みがない以上、グーエンバーグ伯爵家への婿入りは悪くない選択だったからだ。

 

 そうして引き合わされたコーデリアは、非の打ちどころのない伯爵令嬢だった。

 年下でありながら確かな教養と振る舞いを身に付けており、談笑の場ではトパックをさりげなく立て、気遣ってくれていた。

 

 恋愛感情こそ互いに無かったが、人生の伴侶としては申し分ない。

 そう感じたからこそ、縁談を正式に進めたのだったのだが、


『トパック様?』


 プリシラに初めて会った日のことは、今でもよく覚えていた。

 こちらを見上げる澄んだ眼差しに、折れてしまいそうな細い首。

 唇は瑞々しい笑みを刷いていて、色白の頬がうっすら朱に染まり可憐だった。


 白状するとトパックは、プリシラに会う前、彼女にいい印象を抱いてはいなかった。

 三度も姉の婚約者を奪ったプリシラ。

 美しい容姿だとは聞いていたが、だからこそ警戒していた。

 内面の醜悪さが隠し切れない、むせ返るような色気の持ち主だと思っていたのだ。

 

 けど実際に会ったプリシラは、全く予想と異なっていた。 


『トパック様、見てください、このお花、とっても綺麗でしょう?』


 そう笑うプリシラの方が、花よりも何倍も美しく、トパックの目には映っていた。

 

 プリシラは素直で、よく笑う少女だった。

 その言葉に嘘や駆け引きは無く、真っすぐな感情をこちらへと向けてくれていた。


 悪女という噂は、しょせん噂にすぎないと思い知る。

 コーデリアに会いに屋敷を訪れると、プリシラはいつもトパックのことを歓迎してくれていた。

 自分を慕ういじらしいプリシラに、トパックもまた心を惹かれていったのだ。


 愛らしいという形容詞が、これ以上なく相応しいプリシラ。

 彼女の体が触れ、嬉しそうに自分の名を呼ばれるたび、胸がときめくのを感じた。

 トパックにも今は、コーデリアの過去三人の婚約者が、プリシラを選んだ理由がわかる気がしていた。


 ………だからこそ、トパックは気になったのだ。

 プリシラがコーデリアから婚約者を奪うこと三回。

 なぜその相手と結婚することもなく毎度破局してしまっているのかと、どうしても聞かずにはいられなくなったのだ。


『…………トパック様も、私が悪いと仰るのですか……?』


 プリシラの瞳から、一粒二粒と涙が零れ落ちる。

 萎れた花のような彼女に、罪悪感で胸が潰されそうになったのを覚えていた。


『プリシラ、泣かないでくれ。君を責めているわけじゃないんだ…………』

『っ、ひっく、嘘は言わないでください。トパック様も私が悪いと、私がコーデリアお姉さまの妹であるのが悪いと、そう思っているのでしょう?』


 泣きながら傷ついた瞳で、しかし懸命に、プリシラは今までの破局の経緯を話し出した。


『いつもそうなんです。お姉さまの婚約者たちは皆紳士的で素敵で、私、好きになってしまって、気持ちに嘘はつけなくて、それは相手の方も同じで、だからお姉さまじゃなく私と婚約することになって………』


 でも、と。プリシラはきゅっと目をつぶった。


『でも違ったんです。しばらく経つと相手の方は私と会わなくなってしまって悲しくて寂しくて、それで私、どうしてと理由を聞いたんです』 

『何と答えられたんだい?』

『私が、コーデリアお姉さまの妹だから、です』

『どういうことだい?』

『私と結婚すれば、コーデリアお姉さまと親戚となってしまいます。自分が棄てることになってしまったコーデリアお姉さまがそばにいることに罪悪感を抱いて、耐えられなかったんだと思います』


 三人とも優しい方でしたからと、プリシラは泣きながら笑った。

 かつての婚約者たちをけなすことも無く、けなげに微笑むプリシラの姿から、トパックは目が離せなくなっていた。

 

『全部、全部私が悪いんです。私が妹だから。コーデリアお姉さまの妹だから悪かったんです……』


 コーデリアお姉さまの妹だから。

 繰り返された言葉に、トパックは芯を揺さぶられるのを感じた。


 プリシラは、同じだ。

 家の後継者候補の兄たちの弟としてしか、扱われてこなかった自分。

 

『トートルード伯爵家の五男』でしかない自分と、『コーデリアの妹であるプリシラ』。

 自分と同じ傷跡を抱え、それでも相手をけなすこともなく、いじらしく笑うプリシラ。

 その涙を拭きとり頭を撫でてやると、柔らかな手が、トパックの指を握りしめた。


『ぐすっ、っ、すみません、トパック様。こんな私の話を聞いてくれるなんて、すみませんでした』

『プリシラ……………』

『こんなことを話せるの、トパック様くらいなんです。トパック様といると私、とても安心して…………。だからお願いです、この先も私と一緒にいてくれると、そう約束してくれませんか?』


 掌に添えられたプリシラの手を、トパックは強く握りしめた。

 プリシラはトパックを見て、必要としてくれている。

 『トートルード伯爵家の五男』ではなく『トパック』が欲しいと、そう言ってくれたのだ。

 同じ痛みを知るプリシラを支えたくて、手放せなくなってしまっていた。


 コーデリアに申し訳ないと、頭の片隅で理性が囁きだす。

 しかし同時に、トパックはこうも確信していた。


 ――――――コーデリアは、自分がいなくても大丈夫だ。


 彼女は理想的な伯爵令嬢だったが、それだけだ。

 元より恋愛感情があるわけでは無いし、婚約を破棄しても、彼女が深く傷つくことは無いはずだ。


 貴族としての婚姻関係を求めてきた姉より、トパック自身を求めてくれたプリシラを愛すと。

 そう決めたはずだったのだが――――――――― 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ―――――なぜ今になってコーデリアのことが、こんなに気になってしまうのだろう?


 コーデリアは妹のプリシラと違い、特別人目を惹く容姿の持ち主では無かった。

 なのに今日のコーデリアは、とても眩しく見える。


 身を挺して妹を庇おうとし、公爵令嬢であるカトリシアにも怯えることなく言葉を交わすその姿。

 カトリシアに委縮したせいで野次馬に徹し、プリシラを守ることもできなかった自分とは大違いだ。

 レオンハルトとのやり取りも見事なものだったし、彼女と自分を比べれば比べる程、惨めになっていった。


 情けなさを誤魔化すため、プリシラの頭を撫でてやる。

 さらさらとした感触が心地よかったが、心のもやは晴れなかった。


 思い出せば今夜の騒動は、プリシラがトパックから離れた後で起こったものだった。


 プリシラを舞踏会へとエスコートしたトパック。

 彼女を伴い知人たちに挨拶に回っていたのだが、途中で飽きたプリシラが、トパックを置いて一人で行ってしまったのだ。

 

 ―――――つまり全ては、プリシラの自分勝手なわがままが原因だ。

 

(………僕は、なんてことを考えているんだ…………)


 人のせいにするなんて、最低だ。

 確かに彼女に、自分勝手な一面があるのは事実だった。 

 だがその気まぐれさや自由さはプリシラの魅力でもあったし、何より彼女は、自分の最愛の婚約者だ。


 自分の恋心を、プリシラへの思いを確認するように、トパックは大きく息を吸った。

 鼻腔に飛び込み理性を溶かす、甘いライラックが香り立つ。

 ライラックの香水は、トパックがプリシラへと贈ったものだった。


 自分が贈ったドレスで着飾り、香水を纏い、華奢な体を預けてくる婚約者。

 愛しい愛しいプリシラ。

 彼女もきっと、トパックのことを深く愛してくれていて――――――


(本当に、そうだろうか?)


 冷ややかな氷の欠片が、トパックの心の隅に吹き込んだ。


 レオンハルトに向けられた甘く潤んだプリシラの瞳が、脳裏に浮かんで消えなかった。

 トパックの贈った香水を身に着け、別の男を見つめるプリシラ。 

 見間違いだと、気のせいだと、目の錯覚だと。

 そう信じているはずなのに。


 ――――――姉から四度も婚約者を奪い、今も自分の隣で笑っているプリシラ。

 ―――――そんな妹を庇い、王子や貴族相手にも堂々と渡り合うコーデリア。


 姉と妹。

 どちらと婚約するのが正しかったのかわからなくなってしまいそうで、トパックはプリシラから目をそらしたのだった。




お読みいただきありがとうございます。

以上、トパックの運命の恋のお話でした。

地位や身分でしか自分を見てもらえず孤独を感じていた男女が惹かれあう、というのは昔からある王道ですね。

………ただし今回の話では女性の側が、実の姉から四度も婚約者を奪った経歴の持ち主なのですが……。


ちなみに作中でプリシラが『自分がコーデリアの妹だから婚約者に捨てられてしまった』と言っていますが、その全てが真実ではありません。

恋人と別れたり婚約を破棄するさい、破局の理由を素直に伝えるとは限らないと思います。

しかも別れる相手が、わがままで自己愛の塊のようなプリシラですので、元婚約者たちも素直に破局理由は言えなかっただろうな……といった感じです。

つまりは建前のようなもの。

元婚約者たちが何故プリシラを捨てたのかは、プリシラの今までの言動を見れば、納得してもらえると思います。


次話からはコーデリアに視点を戻して進めますので、よろしくお願いいたします。

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