なかなかの猛者のようです
前王太子・ザイード。
自身に関わりのある名前に、コーデリアはぴくりと反応した。
「兄上の後始末ということは、つまり……。兄上が使っていた紋章具、その提供元が、そちらの国の誰かだったということだな?」
レオンハルトが目を光らせた。
紋章具は魔石を原動力に動く装置であり、開発には魔術師が関わっている。
魔術師の人口が多いエルトリア王国の人間が、関与しているのは自然な流れだった。
「その通りだ。先の前王太子ザイードの件には、どうもうちの国の軍人が誰か、協力していたようだ。紋章具だけではなく、いくつか不正な金の流れの痕跡もある。私はその協力者たちを追い詰め、捕らえたいと思っているところだ」
「そのために、こちらからの情報がいるということか。……わかった。兄上の件についてはまだ不明な点も多かったから、願ってもいない話だ。もう一つの条件次第で、協力させてもらうことにしよう」
この取引に、レオンハルトは前向きのようだ。
コーデリアとしても反対する理由はなく、これで先祖返りの秘密が守られるのならば、好ましい話だった。
「教えてくれ。そちらの望む、もう一つの条件とはなんだ?」
レオンハルトの問いかけを、コーデリアが静かに見守っていると。
ベルナルトが焦らすことなく、答えを唇へと乗せてきた。
「レオンハルト殿下に、私と戦ってもらうことだ」
「……え?」
思わず、コーデリアは声を出してしまった。
「戦う……? 模擬戦を希望する、ということですか?」
「その通りだ。何か問題があるのか?」
ベルナルトがわずかに首を傾げ、自らを指ししめした。
「私はそれなり以上に強いぞ? レオンハルト殿下も剣術を修める人間であれば、強者との戦いは望むものだろう? どちらにとっても、得になる条件じゃないか」
「強者との戦い、か……」
レオンハルトが、ベルナルトの言葉を繰り返した。
しばし吟味し、受け入れることにしたようだ。
「あぁ、わかった。こちらも望むところだ。ベルナルト殿とは一度、戦ってみたいと思っていたところだ。その二つの条件、受け入れさせてもらおう」
「そうか」
ベルナルトは一言頷くと、
「レオンハルト殿下との勝負、楽しみにさせてもらおう」
猛禽を思わせる獰猛な光を、紫の瞳に浮かべたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベルナルトたちとは、無事協力関係を結ぶことができたようだ。
彼らを送り出したコーデリアは、レオンハルトへと紅茶を振る舞っていた。
「レオンハルト殿下、どうぞ。交渉お疲れさまでした」
「あぁ、ありがとう。一緒にいただこうか」
紅茶から立ち上る香りが、ふわりと気分をほぐしていく。
しばらく二人で、紅茶の味と香りを楽しむ。
それとなくレオンハルトを見ると、今は獅子の耳も無く、完全に人間の姿をしていた。
コーデリアはほっとしつつ、紅茶の器を傾けていった。
「ベルナルト様はどうにか、秘密を守ってくれそうで一安心ですね」
「あぁ、幸運だったよ。ベルナルト殿も、癖はあるが悪い人間じゃなさそうだったし……。それに何より、彼がエルトリア王国の人間で良かったよ」
「……それはどういうことでしょうか?」
「……そうか、まだ君には、教えていなかったな」
紅茶のカップを置き、レオンハルトが説明を始めた。
「隣国エルトリア王国中興の祖が、聖なる鹿の精霊と結ばれ子をなしたという伝説は知っているかい?」
「はい、以前聞いたことがあります。その時はたんに、ただの伝説だと思っていましたが、もしかして……」
「伝説ではなく、歴史だったということさ。聖なる鹿の血を継ぐエルトリア王家にも、俺と同じように先祖返りで、鹿に変ずる人間が時折生まれるらしい」
「鹿の先祖返り……」
レオンハルトと、そしてヘイルートと同じような存在が、この大陸には他にもいるようだ。
薄々予想できていたとはいえ、やはり驚きの事実だった。
「うちの王家とエルトリアの王家は互いに、相手が先祖返りの現れる血筋だと知って、一種の協力関係を結んでいるんだ。国同士が対立することがあっても、先祖返りの秘密はもらさないようにしている。秘密がバレるのはどちらの王家にとっても、不都合が大きいからな」
「なるほど……。つまりもし、ベルナルト様が自国の王家の方にレオンハルト殿下の先祖返りの秘密を漏らしたとしても握りつぶされるか、ベルナルト様自身が潰される、ということですね?」
穏やかでない話だが、王家の威信がかかっているのだ。
獣人への偏見が強い現況では、人と獣、二つの姿を行き来できる存在は、厄介ごとの種にしかならないからだ。
「そうなるだろうな。ベルナルト殿もあれで、若くして英雄と呼ばれている人間だ。その手の危険を察知する能力は優秀だろうし、無暗に秘密を広げることも無いと思いたいな」
「ベルナルト様は確か二年前、エルトリア王国と隣国との戦争で活躍して、『雷槍』の二つ名をいただいているのでしたよね」
『雷槍』の名はベルナルトの得意魔術と、まさしく雷のごとく敵陣に切り込むその勇姿から名づけられたと聞いている。
「あぁ、そうだ。直接話してみてわかったが、頭の回転は速かったし、身のこなしに隙も無い。実力に見合った称号だろうな」
「そうでしたか……」
なかなかの猛者と、レオンハルトは手合わせをする約束をしたようだ。
模擬戦でレオンハルトが怪我をしないよう祈りながら、コーデリアは紅茶を飲み干したのだった。




