表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/88

聞き覚えのある名前です


「なぜ俺とコーデリアに近づこうとしたんだ?」

「強そうだったからだ」


 即答したベルナルトの唇が初めて、かすかな笑みを描いた。


「コーデリア殿は私の殺気を受けながら、表情に出さず耐えていた。戦場になれていない令嬢としては驚異的な精神力とお見受けした」

「……驚いて、体が動かなかっただけです」

「それでもあの場で、平静を保てるだけたいしたものだ。軍人以外が私の殺気を受ければ、逃げ出すか泣きわめくのが普通だからな」

「……」


 泣きわめくのが普通、と言い切れるほど、一般人に殺気をぶつける機会があったのだろうか?

 軍人である以上おかしなことではないかもしれないが、物騒な話だ。

 コーデリアが戸惑っていると、ベルナルトはレオンハルトへと視線を向けた。


「そしてレオンハルト殿下はあの場で唯一、私の殺気に気づいていたお方だ。目ざとく反応し、しかし場の雰囲気を壊さないよう自らの殺気を抑え込んでいた。そのとっさの判断、技量共に簡単に値する強者とお見受けする。あの場の誰よりも強いであろうレオンハルト殿下と、そんな殿下が一途に見つめるコーデリア殿は、この国でもっとも、興味を惹かれる人間だったからな。それに――――」


 先ほどまでの言葉少なめの様子が嘘だったかのように。

 絶え間なく流れる水のように、ベルナルトは言葉を紡いだ。

 唇がわずかに緩んだだけの無表情だが、生き生きとしている様子だった。


「ベルナルト様、落ち着いて、落ち着いて。コーデリア様がた、引いちゃってますからね?」


 ベルナルトの背後に控えていた、茶髪の副官が制止をかけてきた。

 まとっている軍服の色は黒なので、平民出身のようだ。

 副官は無精ひげを撫でながら、ベルナルトの様子に苦笑いしている。


「レオンハルト殿下、コーデリア様、失礼いたしました。驚かせてしまったかもしれませんが、ベルナルト様に悪意はありませんから、どうか勘弁してやってください」

「はい……」


 この副官は苦労人のようだな、と思いつつ。

 コーデリアはとりあえず頷いておいた。


「ベルナルト様はこの通り表情に出にくくてわかりにくいですが、無駄に整った顔に似合わない、単純で肉体派な性格のお方です」

「肉体派……?」

「妹であるレティーシア様曰く、『見た目は優雅、中身は脳筋』だそうです。ベルナルト様は強い人間と戦って、打ち勝つのを生きがいにしています。だからこそこうやって、軍人をやってるってわけですよ」


 副官の説明に、ベルナルトも頷いている。


「ゲイルの言う通りだ。私がそちらの国王・バルムンク陛下の歓迎式典での依頼を受けたのも、この国の強い者を知ることが出来るかもと、面白そうだったからだ。おかげでこうして、なかなかに愉快そうな出来事に出会えたから、依頼を受けて正解だったようだ」

「……面白そうというだけで、あの依頼を受けたんですね」


 コーデリアからしたら、理解できない理由だ。

 ベルナルトは悪い人間では無さそうだが、だいぶ変わっているのかもしれない。


「そちらの事情はわかりました。それでは、こちらの事情ですが――――」


 レオンハルトが獅子の姿に変じることができること。

 そして彼こそが、『獅子の聖女』と呼ばれているコーデリアが従えている、『聖獣』だと言うこと。

 細かい点についてはぼかしつつも、先祖返りについての事柄を説明していく。


 レオンハルトが獅子の姿に変わるところを見られている以上、下手に誤魔化して、要らない詮索を受ける方が厄介だからだ。


「――――なるほど、そういう事情だったのだな」


 話を聞き終え、ベルナルトは顎に手をやっている。


「そちらが求めるのは口止めだな?」


 レオンハルトが頷いた。


「あぁ、その通りだ。同僚や上官、そして祖国の知り合いに対しても、沈黙を貫いてもらおう。先祖がえりは、うちの王家の最高機密の一つだ。いたずらに吹聴したところで、君にとっても俺にとっても、良い結果にならないだろうからな」

「口をつむぐのは苦ではないが……。見返りはあるのだろうな?」


 コーデリアは体を緊張させた。

 ベルナルトが悪人ではないとはいえ、別の国の人間、優秀な軍人である以上、ただで口を噤んではくれないようだ。


「もちろんだ。あまり突拍子もない願いは断らせてもらうが、何を望んでいるんだ?」

「望みは二つある」


 なんだろうか?

 コーデリアは会話の行方を、注意しながら見守った。。


「まず一つ目。情報収集の協力をお願いしたい。一つ追っている事件があるのだが、私の力だけでは、なかなか情報が集まらないからな」

「……我が国の不利にならない範囲であれば、協力させてもらおう」

「問題ないはずだ。なんせこれは、そちらの前王太子・ザイードのやらかしの、後始末の一環でもあるからな」

「……!」


 前王太子・ザイード。

 自身に関わりのある名前に、コーデリアはぴくりと反応した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ