聞き覚えのある名前です
「なぜ俺とコーデリアに近づこうとしたんだ?」
「強そうだったからだ」
即答したベルナルトの唇が初めて、かすかな笑みを描いた。
「コーデリア殿は私の殺気を受けながら、表情に出さず耐えていた。戦場になれていない令嬢としては驚異的な精神力とお見受けした」
「……驚いて、体が動かなかっただけです」
「それでもあの場で、平静を保てるだけたいしたものだ。軍人以外が私の殺気を受ければ、逃げ出すか泣きわめくのが普通だからな」
「……」
泣きわめくのが普通、と言い切れるほど、一般人に殺気をぶつける機会があったのだろうか?
軍人である以上おかしなことではないかもしれないが、物騒な話だ。
コーデリアが戸惑っていると、ベルナルトはレオンハルトへと視線を向けた。
「そしてレオンハルト殿下はあの場で唯一、私の殺気に気づいていたお方だ。目ざとく反応し、しかし場の雰囲気を壊さないよう自らの殺気を抑え込んでいた。そのとっさの判断、技量共に簡単に値する強者とお見受けする。あの場の誰よりも強いであろうレオンハルト殿下と、そんな殿下が一途に見つめるコーデリア殿は、この国でもっとも、興味を惹かれる人間だったからな。それに――――」
先ほどまでの言葉少なめの様子が嘘だったかのように。
絶え間なく流れる水のように、ベルナルトは言葉を紡いだ。
唇がわずかに緩んだだけの無表情だが、生き生きとしている様子だった。
「ベルナルト様、落ち着いて、落ち着いて。コーデリア様がた、引いちゃってますからね?」
ベルナルトの背後に控えていた、茶髪の副官が制止をかけてきた。
まとっている軍服の色は黒なので、平民出身のようだ。
副官は無精ひげを撫でながら、ベルナルトの様子に苦笑いしている。
「レオンハルト殿下、コーデリア様、失礼いたしました。驚かせてしまったかもしれませんが、ベルナルト様に悪意はありませんから、どうか勘弁してやってください」
「はい……」
この副官は苦労人のようだな、と思いつつ。
コーデリアはとりあえず頷いておいた。
「ベルナルト様はこの通り表情に出にくくてわかりにくいですが、無駄に整った顔に似合わない、単純で肉体派な性格のお方です」
「肉体派……?」
「妹であるレティーシア様曰く、『見た目は優雅、中身は脳筋』だそうです。ベルナルト様は強い人間と戦って、打ち勝つのを生きがいにしています。だからこそこうやって、軍人をやってるってわけですよ」
副官の説明に、ベルナルトも頷いている。
「ゲイルの言う通りだ。私がそちらの国王・バルムンク陛下の歓迎式典での依頼を受けたのも、この国の強い者を知ることが出来るかもと、面白そうだったからだ。おかげでこうして、なかなかに愉快そうな出来事に出会えたから、依頼を受けて正解だったようだ」
「……面白そうというだけで、あの依頼を受けたんですね」
コーデリアからしたら、理解できない理由だ。
ベルナルトは悪い人間では無さそうだが、だいぶ変わっているのかもしれない。
「そちらの事情はわかりました。それでは、こちらの事情ですが――――」
レオンハルトが獅子の姿に変じることができること。
そして彼こそが、『獅子の聖女』と呼ばれているコーデリアが従えている、『聖獣』だと言うこと。
細かい点についてはぼかしつつも、先祖返りについての事柄を説明していく。
レオンハルトが獅子の姿に変わるところを見られている以上、下手に誤魔化して、要らない詮索を受ける方が厄介だからだ。
「――――なるほど、そういう事情だったのだな」
話を聞き終え、ベルナルトは顎に手をやっている。
「そちらが求めるのは口止めだな?」
レオンハルトが頷いた。
「あぁ、その通りだ。同僚や上官、そして祖国の知り合いに対しても、沈黙を貫いてもらおう。先祖がえりは、うちの王家の最高機密の一つだ。いたずらに吹聴したところで、君にとっても俺にとっても、良い結果にならないだろうからな」
「口をつむぐのは苦ではないが……。見返りはあるのだろうな?」
コーデリアは体を緊張させた。
ベルナルトが悪人ではないとはいえ、別の国の人間、優秀な軍人である以上、ただで口を噤んではくれないようだ。
「もちろんだ。あまり突拍子もない願いは断らせてもらうが、何を望んでいるんだ?」
「望みは二つある」
なんだろうか?
コーデリアは会話の行方を、注意しながら見守った。。
「まず一つ目。情報収集の協力をお願いしたい。一つ追っている事件があるのだが、私の力だけでは、なかなか情報が集まらないからな」
「……我が国の不利にならない範囲であれば、協力させてもらおう」
「問題ないはずだ。なんせこれは、そちらの前王太子・ザイードのやらかしの、後始末の一環でもあるからな」
「……!」
前王太子・ザイード。
自身に関わりのある名前に、コーデリアはぴくりと反応した。