耳が・・・・・・
レオンハルトがもってきてくれたのは、コーデリアの好物のリンゴジャムを使ったクッキーだった。
口に含むとバターの香りと、甘酸っぱさが広がり崩れていく。
クッキーは少し硬めで、ジャムとの食感の違いが楽しかった。
(今日も殿下のお土産は美味しかったわ。いただいたクッキーの分も、訓練を頑張らないとね)
人払いのなされた庭の一角、周囲から死角になった場所で、レオンハルトが聖剣を手にしていた。
刃渡りは既に、長剣の長さに戻っている。
体の正面、両手で柄を握り、真上へ刃を向けた姿勢だ。
黄金の刃を構えたレオンハルトは、それだけで絵になりそうな姿だった。
「今から俺が手本をするから、そこで見ていてくれ」
刃の切っ先が下がり、斜め下へと構えられる。
黄金の刃が輝きを増し、光となりあふれ出してきた。
「はっ!」
掛け声とともに一閃。
軌跡が走り抜け、刃から黄金の炎が放たれる。
「何度見ても、綺麗ですね……」
黄金の炎は勢いのままに宙を舞い、草木を焦がす前にかき消える。
残ったのは星屑のように煌めく火の粉だけ。
その火の粉も、地面へ着く前に幻のように無くなっていった。
無駄な被害を出さないよう、力を加減しているようだ。
「俺の炎は焼く対象を選び、草木を燃やさないようにもできるが、それは応用編だからな。コーデリアにはまず、普通の炎を出せるようになってもらいたいんだ」
「炎を出したいと念じながら、今の構えで剣を振ればいいんですか?」
「構えは適当で大丈夫だ。慣れれば剣を少しも動かさずに、刀身から炎を出すことも出来るようになる。だが、最初は力を使う際に一定の動作があった方が、やり方が掴みやすいはずだ」
確かに、何もせず棒立ちで炎を出せと言われるより、剣を振ると炎が出せる、と関連付けた方が、やりやすい気がしてくる。
コーデリアは短剣の大きさにしてもらった聖剣を受け取ると、ぐっと両手で握り込んだ
レオンハルトの真似をして、聖剣を斜め下へと構える。
「やっ‼」
声を出し勢いよく切り上げる。
…………。
…………。
…………何も起こらなかった。
(これ、かなり、恥ずかしいわね……!)
コーデリアは叫びながら、ただ素振りをしただけだ。
羞恥心を誤魔化すため、構えては振ってを繰り返すが、欠片も火は出てこなかった。
「うぅ……」
がっくりとしてしまう。
才能が無いのだろうか?
落ち込んでいると、レオンハルトが口を開いた。
「焦らなくても大丈夫だよ。先祖返りだった方が残した手記を読んだことがあるけれど、そうすぐに成功しないようだ。聖剣を渡された人間が何日か練習して、それでようやく、火が出せるようになったそうだ」
「……つまり、この素振りを毎日、一人でやればいいのでしょうか?」
こつこつと練習をつづけるのは得意な方だ。
コーデリアは気合を入れ直すことにした。
「そうだな。自主練習もしてもらいたいが……」
「っ⁉」
背後から、レオンハルトが覆いかぶさってくる。
柄に手を重ねられ、体が密着する体勢だ。
「殿下……?」
「俺が手を添え構えを修正するから、一緒に素振りをやってみよう。そちらの方が早く、感覚が掴めるかもしれない」
「は、はい。わかりました……」
レオンハルトの言うことは一理ある。
あるかもしれないが、コーデリアの心臓に悪かった。
つむじに吐息がかかり、ぞくりと背筋が震えてしまう。
(集中集中‼)
鼓動よ落ち着け。邪念よ去れ。
強く念じながらコーデリアは素振り、もとい炎を出す練習を繰り返した。
(殿下の指大きくて腕もたくましい、じゃなくて、炎よ炎。炎が出れば、この密着体勢から抜け出せるはず。炎、炎、炎よ出ろ、燃えろ燃えろ、炎よで――――出たっ⁉)
ぼうっ、と。
一つだけだが、金色の炎が飛び出している。
ふよふよと漂うだけで、先ほどのレオンハルトの見事な炎には程遠いが、確かに炎が出現していた。
「成功です‼ 炎出ました‼」
「あぁ、見事だな。筋がいいのかもしれない」
「殿下のおかげです!」
背中にあたる体温を意識しないようにしながら、コーデリアはお礼を告げた。
「殿下、失礼しますね。自分一人でもできるかどうか、試してみ、て……」
レオンハルトの腕の中から抜け出し、背後を振り向いて。
コーデリアは固まってしまった。
「耳が……」
「どうしたんだいコーデリア?」
心配そうに眉を寄せるレオンハルト。
その金色の髪の上に、ぴょこりと二つ。
柔らかな毛に包まれた、丸っこい耳が生えていた。