愛猫が癒しです
レオンハルトに押し切られたコーデリアは、毎日聖剣を身に着けることになった。
聖剣は柄、刀身ともに短くなっており、短剣ほどの大きさになっている。
重さもほぼ無に親しいため、簡単にドレスの中に隠し、持ち歩くことが可能だ
「あたたかい……」
短剣に手をかざすと、ほんのりと熱を感じた。
握っている時には熱さを感じないが、鞘に入れ机の上に置いてあると、じんわりと熱が放射されている。
炎を操る力が、じわじわと漏れ出しているのだろうか?
柄を手にし、コーデリアは首を捻った。
聖剣というだけあって、なかなかに不思議な存在だ。
レオンハルトから預けられて五日間。
常に身に着けていたため馴染んできたが、まだまだわからないことも多かった。
(殿下は聖剣が無くても炎が操れると言っていたけど、それなら聖剣の存在する意味ってなんなのかしら……?)
建国伝説を今に伝える国宝ではあるが、実用面は謎だ。
刃を矯めつ眇めつしながら、コーデリアは疑問を浮かべていた。
今日はレオンハルトが公務の合間をぬって、この屋敷を訪れる予定だ。
聖剣についても色々、レオンハルトに聞いてみようと思っている。
気になる点を整理し待っていると、自室の窓が叩かれた。
「ぎにゃっ‼」
ぺしぺしと、仔獅子が窓を叩いている。
ガラスに肉球が押し付けられ、とてもかわいらしかった。
「殿下、いらっしゃいませ。今日はお土産も持ってきてくれたんですね」
仔獅子は背中に、ハンカチ包みを背負っている。
中身はきっと、コーデリアの好きなお菓子だ。
ハンカチ包みを外してやると、身軽になった仔獅子が、これ幸いと甘えてくる。
「にゃにゃっ! うがうにゃっ‼」
ふわふわとした頭を、コーデリアの手へと擦りつけてくる。
求めに応じ撫でてやると、うっとりと目を細めた。
ごろごろと喉を鳴らす様子は、ご主人様大好きな猫そっくり。
尻尾の先端がぱたぱたと振られ、とても上機嫌のようだった。
「……にー」
コーデリアと仔獅子の間に、ニニが滑り込んでくる。
仔獅子を撫でる姿に、嫉妬しているようだった。
「……残念、今日はここまでか」
光が放たれ、人間の姿のレオンハルトが現れた。
ニニがやってくると、レオンハルトの仔獅子の時間は終わりだ。
コーデリアの飼い猫であるニニを尊重し、譲ってやっているのだった。
「レオンハルトの愛猫一号は、ニニの方だからな」
「愛猫一号……」
一号ということはつまり、二号もいるというわけで。
「……殿下は私の、愛猫二号では無いと思います」
「えっ……⁉」
レオンハルトが愕然とした様子で呟く。
いつも余裕のある彼には、珍しい様子だった。
「俺では、コーデリアの愛猫には不足なのか……?」
「殿下を猫扱いするなんて、私にはとても無理です」
恐れ多いのもあるが、それ以上に切実な理由がコーデリアにはあった。
「殿下は仔獅子の姿でも殿下です。仔獅子の時の撫で心地はよく大変癒されるのですが……しばらくするとその、猛烈に心臓が騒いできてしまうんです」
仔獅子の姿に、人間のレオンハルトの姿が重なってしまうのだ。
コーデリアのその手で、美しい金の髪を撫でまわしている場面を想像すると、心臓に悪いことこの上なかった。
「仔獅子の殿下を撫でているとこう、癒しと恥ずかしさが交互にやってきて、気持ちが休まらないと言いますか……」
「つまりそれだけ、意識してくれているんだな?」
「っ⁉」
コーデリアは思わず固まった。
レオンハルトの手が、頭を撫でていたからだ。
「これでどうだろうか? 君が俺を撫でてくれるように、俺も君を撫でてみたんだ。これでお相子で、恥ずかしさも少しはまぎれるんじゃないか?」
「……殿下は少し意地悪です」
コーデリアは赤くなり呟いた。
優しく頭を撫でる手に覚えるのは、心地よさよりも騒がしい心臓の鼓動だ。
コーデリアのそんな反応がわかっていて、レオンハルトも手を出してきたのだ。
「はは、コーデリアは可愛いな。俺の仔獅子姿よりずっと、今の君の方が愛らしいよ。お礼に人間の姿の俺の頭、一度撫でてみるかい?」
「……遠慮しておきます」
コーデリアは慌てて首を振った。
もし人間の姿のレオンハルトの頭を撫でてしまったら。
次から仔獅子の頭を撫でる時に、よけい意識してしまいそうだ。
ゆだる頭を抱えていると、ニニがかたわらによってきた。
コーデリアは癒しと平常心を求め、ニニの毛並みを撫でまわした。
「にに? にゃにゃうにゃ!」
ご主人様の平安は僕が守ります、というように、ニニがコーデリアとレオンハルトの間に立っていた。 レオンハルトは軽く苦笑すると、コーデリアから距離を離していく。
「そうか、残念なだな。少し物足りないが仕方ない。お茶を飲んで、それから聖剣の扱いを一緒に訓練しようか」