試されていたようです
「……やはり、私を試したかったのですね」
コーデリアが内心ため息をついていると、バルムントが笑い声を大きくした。
「ははは、試したいのはおまえだけではなかったぞ? 隣国より若き英雄が訪れると聞いたから、どれ程の器なのか、計ってやろうとしたわけだ。ベルナルトの方も、おまえや『聖獣』に興味を抱いていたようで、快く引き受けてくれたよ」
「……私やベルナルト様の動きに、ご満足いただけましたか?」
「うむ、おおかた満足だ。あれの反応といい、なかなか面白かったからな」
『あれ』とはきっと、レオンハルトのことだ。
息子まで観察対象にしていたとは、容赦ない父親だった。
それともあるいは、これくらい図太くないと、国王というのはこなせないものなのかもしれない。
大陸の中でも大国であるライオルベルンの国王を、ベルナルトは二十年以上大過なく勤めているのだ。 コーデリアの持つ尺度だけでは、計り切れない尊い身の上だった。
「先ほどのあれの顔を思い出すと笑えるが……今はまず、おまえとの話を進めようか」
ひとしきり笑い満足したのか、バルムントが真顔に戻った。
「改めて聞こう。おまえはレオンハルトの婚約者として、ゆくゆくは王妃として、生きていく覚悟はあるのだな?」
バルムントの問いかけに、コーデリアは一つ息を吸い込んで、
「はい。王太子妃として王妃として、レオンハルト殿下とこの先ずっと、共に歩んでいきたいと願っています」
はっきりと答えを返した。
王妃に自分が相応しいのかどうか、まだ自信は持てないけれど。
それでもレオンハルトの隣で生きていきたいという、その思いだけは確かだった。
「共に歩んでいきたい、か」
顎髭に手をかけながら、バルムントが復唱した。
「あれの父親としては嬉しい言葉だが……。おまえはそれで後悔しないのだな? あれの婚約者となろうと王妃になろうと、敵が完全にいなくなるわけではないと、理解しているのだな?」
むしろ、婚約者になってからが本番かもしれなかった。
王族の列にはいる以上、潜在的な敵が多くなるものだ。
大きな力を持つ代償に、選択を間違えれば悲惨な未来が待っていた。
「はい。完全では無いでしょうが、私にもわかっているつもりです。私がレオンハルト殿下の隣で、敵対者の妨害に立ち向かっていけるかどうか。……それを見極めるために、ダレリア様の動きも、陛下は見逃していたのではないでしょうか?」
「……さて、どうだろうな?」
バルムントはとぼけたが、コーデリアは八割がた確信していた。
あの時は陰謀慣れしたダレリアだけならともかく、フェミナも色々と動いていたのだ。
それら全てを国王であるバルムントが知らなかった、などということはないはずだった。
バルムントは知っていて、あえて見逃したのだ。
ダレリアらの悪意に、コーデリアが潰されないかどうか。
興味を持って観察し、試していたのだった。
「……陛下が、私を試そうとしたのも当然だと思います。私が本格的にレオンハルト殿下と知り合ってまだ一年も経っていませんし、私の実家は弱小の伯爵家です。……王太子妃にふさわしいかどうか、疑問を持つのが当たり前だと思います」
コーデリアが推測を述べると、バルムントは肩をすくめた。
「はは、試したことを許してくれるのか? ありがたいな。……あれには、幸せになってもらいたいからな」
深く椅子へと身を埋め、バルムントが静かに語った。
「わしは一度、失敗しているからな。ザイードは傲慢だが、角が取れれば王の資質ありだと思っていた。……息子だからと、買いかぶりすぎだったようだがな」
「……」
返す言葉が見つからず、コーデリアは黙り込んだ。
コーデリアにとって、ザイードは命を狙ってきた敵で、国に害なす悪人でしかなかったが、バルムントにとっては、血を分けた子供なのだった。
「だからこそ、今度こそは慎重に、と。おまえを試させてもらったんだ。あれが王太子になる以上、あれの行く末と国の隆盛は切り離せなくなる。国王となるあれの隣に立つにふさわしいかどうか、見極めさせてもらったよ」
「……私は、合格を貰えましたでしょうか?」
唾をのみ込み、コーデリアは恐る恐る問いかけた。
既にバルムントの中で答えは決まっているのだろうが、聞くのはやはり恐ろしかった。
「……合格だ。正直なところ、四度も婚約者に捨てられた令嬢と侮っていたが……。その四人が、救いようのない阿呆だったようだな」
おまえを逃がすなどもったいない男どもだ、と、バルムントが呟いている。
「それろもあるいは、おまえを選んだあれの『鼻』を誇るべきか」
レオンハルトの『鼻』。
つまり、先祖返りの異能である『匂いのようなもの』を嗅ぎ取る力だ。
バルムントはレオンハルトが獅子の姿に変じられるのを知っている以上、その『鼻』についても把握していて当然だった。
コーデリアが頭の中で情報を確認していると、バルムントが正面から見つめてきた。
「コーデリア・グーエンバーグ。おまえを、あれの婚約者として認めよう。二か月後に行う立太子の儀と同時に、おまえを王太子の婚約者として、正式に認めるつもりだ」
バルムントの言葉に、コーデリアは背中を震わせた。
これで正式に、レオンハルトの婚約者と認められることになったのだ。
期待と喜び、誇らしさ。そして不安と重圧。
胸の中に渦巻く感情に押しつぶされそうになりながらも、コーデリアはバルムントへと礼をし、執務室を出たのだった。
「コーデリア、父上と話はどうだった?」
レオンハルトが駆けつけてくる。
彼に向って、コーデリアは笑みを浮かべて見せた。
「私のこと、二か月後の立太子の儀と同時に、正式な婚約者にしていただけるそうです」
「やったな! だが、二か月後か……」
レオンハルトは喜び、ついでわずか、その美しい顔を曇らせた。
「殿下、どうされたのですか? 正式な婚約までの期間が短くて、準備が間に合うかどうか、懸念があるのでしょうか?」
「いいや、違う。むしろ逆だよコーデリア」
翡翠の瞳が、じっとコーデリアを見つめた。
(こうして正面から見ると、やっぱり親子だけあって、陛下と似ているのね)
赤くなりそうな顔を誤魔化すように、ぼんやりとそんなことを考えた。
「二か月は長いよ。すぐにでも正式な婚約者として扱いたいのに、まだお預けだからな」
「お預け……」
まるでまたたびを前にして、制止された猫のようだ。
湧き上がる熱がくすぶる瞳が、コーデリアにまっすぐに向けられていたのだった。