雷槍の英雄に目を付けられました
ベルナルトは国王との対話を終えると、次にレオンハルトの元に足を進めた。
(二人が並ぶと、こう、眩しいわね……)
空間が光り輝くようで、圧力さえ感じる程だ
レオンハルトは朗らかに明るく、ベルナルトはあまり表情を変えず礼儀正しく、互いを讃えつつ挨拶を交わしていた。
レオンハルトが終われば、次は第二王妃への挨拶で、その次がコーデリアの番だ。
コーデリアが気を引き締めていると、第二王妃からこちらへ、ベルナルトが視線を向けてくる。
アメジストを思わせる紫の瞳が、まっすぐにコーデリアを射貫いた。
「貴女が、『獅子の聖女』コーデリア殿か。高名なる聖女様にこうして会えるとは、身に余る光栄だな」
「こちらこそ、『雷槍』の二つ名を持つベルナルト様にこうしてお目にかかれた、望外の幸運を噛みしめていますわ」
「ありがたいお言葉だ。稀なる幸運に甘え、一つ質問をしてもよろしいか?」
「何でしょうか?」
コーデリアは内心身構えた。
つい先ほど、目の前のベルナルトと同じエルトリア王国の軍人、フランソワに絡まれたばかりだ。
ベルナルトは何を言い出すのかと、つい警戒心が高まってしまった。
「コーデリア殿は、『聖なる獅子』の加護を得られているのだよな?」
「はい。『聖獣』様が姿を現すと人目を惹きすぎてしまうため、今は隠れてもらっていますが、いつも陰に日向に、私のことを見守ってくださっています」
コーデリアが話したのは、『獅子の聖女』と呼ばれるようになって以来、もう何度も口にした言葉だ。
『『聖獣』様は誇り高く気難しいところがあるので、普段は姿を隠している』
という言い訳、もとい設定で、コーデリアおよびレオンハルトたちは押し通すと決めていた。
(……ベルナルト様まさか、『自分を歓迎しているならこの場に『聖獣』を呼び出してみろ』なんて無茶ぶりをしたりしないわよね?)
まさか、とは思うが、ベルナルトは表情の動きが小さく、内心が読み取れなかった。
コーデリアが一人緊張していると、ベルナルトが口を開いた。
「『聖なる獅子』をこの目で見られないのは残念だが、私はコーデリア殿のことも気になっている」
「……どのようなことでしょうか?」
「コーデリア殿はいかようにして、『聖なる獅子』に気に入られたんだ?」
ベルナルトが口にしたのは、これまたコーデリアが良く聞かれる質問だった。
コーデリアはゆるやかな笑みを浮かべ、すらすらと言葉を紡いだ。
「残念ながら、『聖獣』様が私に目をかけてくださった理由はわかりません。わかるのはただ、『聖獣』様がこの国を守らんとする志を持ち、そのお力の一端を、私に与えてくださったことだけです」
それらしい言葉を並べておく。
実際のところ、コーデリアが『聖獣』つまりレオンハルトに気に入られたのは、『匂いのようなもの』が彼の好みにあっていたからだ。
色々な意味で、正直に伝えることは出来ない話だった。
ベルナルトは少し顔を伏せ、コーデリアの言葉を吟味しているようだ。
「……なるほど。コーデリア殿が強かったから選ばれたのではなく、加護を受けた結果、強力な力を得たということだな?」
ベルナルトの問いかけに、コーデリアは首を縦に振った。
「はい。そのような理解であっていると思いま――――っ‼」
瞬間、唇が引きつる。
体が強張り、喉で言葉が空回った。
(な、何これっ……⁉)
心臓が痛い程に鳴っている。
レオンハルトといる時ともまた違う、不規則で早い鼓動だ。
何事かと周囲をそっと見回すが、特に変わった様子は無かった。
立ち並ぶ出席者たちは真面目に、あるいは興味深そうに、少しめんどくさそうに。
コーデリアたちの様子を見つめているだけだ。
一体何が起こったのだろうか?
幸い、動揺は表にはでていなかったようだが、気のせいではなく動悸は早いままだ。
コーデリアが混乱していると、
「ベルナルト殿」
よく耳に馴染んだ、けれどもいつもとは違う声色が鼓膜を震わせた。
「質問があるなら、代わりに俺が答えよう」
レオンハルトの口調は穏やかだが、コーデリアにはわかってしまった。
これは珍しく、レオンハルトが激す寸前の声だ。
「……いや、質問はこれで終わりだ。お時間を頂戴し感謝いたそう」
レオンハルトの本気を感じ取ったのか、ベルナルトは静かに引き下がったようだ。
彼が何がしたかったのか不明だが、とりあえずコーデリアは内心、胸を撫でおろしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、歓迎式典はつつがなく進み閉会となった。
コーデリアも退席し、王家に用意された控室の長椅子に座り込んでいた。
「さっきのは一体……」
落ち着いてみると、どっと疲れた気分だ。
さすがに心臓の鼓動は落ち着いてきたが、先ほど感じた、正体不明の動揺が気持ち悪かった。
「コーデリア、入っていいかい?」
「レオンハルト殿下? 少しだけお待ちください」
髪が乱れていないか、ドレスに皺が寄っていないかを確認し招き入れる。
レオンハルトは侍女を部屋の外へ待機させると、コーデリアへと早足で近づいた。
「殿下、お疲れ様です」
「コーデリアの方は大丈夫かい? まさかあの式典の場で、殺気をぶつけてくる人間がいるとは思わなかったよ」
「殺気?」
それはもしや、先ほどの動悸の原因だろうか?
心臓のあたりを押さえながら、コーデリアはレオンハルトへと問いかけた。
「ベルナルト様が? でもあの時、他の人たちは普通にしていましたよ?」
「それは当然さ。あの時のベルナルト殿の殺気は、コーデリア一人に向けられていたからな」
「私一人に? そんなことできるんですか?」
「できるよ。殺気、というのは、瞳の揺れや重心の動き、それにちょっとした体の動きが重なって生まれるものだ。その動きを自在に制御できれば、特定の一人に対して殺気を飛ばすことも、十分可能だからな」
「……それ、もしできるとしたら、かなりの達人なんじゃありませんか?」
コーデリアは呆然と呟いた。
レオンハルトがでたらめを言っているとは思わないが、にわかには信じられない話だった。
「あれくらい、俺だってできるぞ?」
「えっ?」
「あとヘイルートも、たぶん頑張ればできるはずだ」
「えぇっ⁉」
コーデリアの口から、驚きの声があがった。
ヘイルートがレオンハルトの密偵のようなことをしていたのは知っているが、そこまで武闘派だったとは予想外だ。
「殿下もヘイルートも、ずいぶんとすごいんですね……」
感心して言うと、レオンハルトがはっとした表情になった。
「……しまった。今のは忘れてくれ」
「……わかりました」
レオンハルトの願い通り、コーデリアは聞かなかったことにした。
ヘイルートにも色々と事情がありそうだが、本人のいない場で、これ以上聞くのは不誠実なのだった。