平常心を心掛けたいです
「レオンハルト殿下、お待たせいたしました」
コーデリアが待ち合わせ場所へ向かうと、レオンハルトが正装で立っていた。
すらりとした長身を、白い礼服が引き立てている。
襟や袖口には気品を感じさせる深い赤が配され、金の縁取りが華やかに彩っていた。
額には縁取りの金よりもなお眩い金髪が額へと落ちかかり、切れ長の碧眼は凛々しくも穏やかな光をたたえていた。
何度見ても、本当に美しい姿だ。
コーデリアの鼓動が早まり、反対に足が鈍った。
レオンハルトの周囲にはキラキラと光が見えるようで、隣に立つのに気が引けるほどだ。
最近ようやく、豪華な装いにも慣れてきたと思ったが、この調子ではいつまでたっても、レオンハルトの前で平気でいられないかもしれない。
「コーデリア、どうしたんだい?」
レオンハルトが隣に立ち、顔を覗き込んでくる。
頬が赤くなりそうになり、コーデリアは顔を背けた。
「……ちょっと、こちらに来る前に。エルトリア王国の軍人の方に、からまれてしまったんです」
「エルトリア王国の軍人に?」
レオンハルトの声が低くなった。
「なるほど。ヴェールはそのせいだったんだな」
「……ヴェールと髪の毛、まだ乱れていますか?」
不安になり、コーデリアはヴェールへと手をやった。
侍女のハンナに手伝い直してもらったつもりだが、甘かったのかもしれない。
「すみません。みっともない姿を見せてしまって。すぐにものがげで直して、つ‼」
さらり、と。
頭上へレオンハルトの指が触れている。
優しい手つきだが、それ故にくすぐったくてこそばゆく、落ち着かなくなってしまう。
「つむじの近くが、少し跳ねているだけだ。間近で上から見なきゃ気づかないよ。今直すから、じっとしていてくれ」
「殿下の手を煩わせるなんて……」
「心配しないでくれ。昔、フェミナが小さい頃は、たまに髪を直してやったから慣れてるんだ」
「……はい」
殿下はいいお兄ちゃんだったんですね、と。
コーデリアは感心しながら、恥ずかしさを紛らわせた。
(ん? そういえば待って。私、仔獅子姿の殿下を、何度も何十回も頭を撫でているけど、殿下は照れたりしないのかしら?)
獅子の姿になると、そこら辺の感覚も変わるのだろうか?
コーデリアが素朴な疑問を浮かべていると、レオンハルトの指が離れていった。
「よし、これで終わりだ。ますます綺麗になったよ。このままずっと、見ていたいくらいだ」
「……ありがとうございます」
今度こそ誤魔化し切れず、コーデリアは顔を赤くした。
近くにいるだけで心臓が高鳴るのに、レオンハルトはいつも、まっすぐにこちらを褒めてくる。
そのたびにコーデリアは、赤くなることしかできないのだった。
(平常心、平常心……)
コーデリアは心を落ち着けながら、レオンハルトと歓迎式典の会場へと入ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
歓迎式典は、予定通りの時刻に始まりを告げた。
広々とした玉座の間の最奥には、レオンハルトの父親。ライオルベルン国王が腰かけている。
レオンハルトはその右に立ち、コーデリアはそこから更に二歩右へ、一歩後ろに下がった位置に控えている。
正式なレオンハルトの婚約者ではないが、それに近しい立場にあることを表す立ち位置だ。
(こうして見ると壮観ね)
国王やレオンハルトらの前には、百人以上の人間が並んでいる。
エルトリア王国の駐在武官の歓迎式典ということで、出席者は軍人が多かった。
玉座から見て右側には、ライオルベルン王国の軍人と文官たち。
そして左側には、エルトリア王国出身の軍人たちが整列している。
中には先ほどコーデリアともめた、フランソワの姿もあった。
金のおかっぱ頭で、すました顔をして立っている。
コーデリアからヴェールを奪おうとしたことなど、なかったような顔をしていた。
(フランソワ様は確か、エルトリアの駐在部隊・第一隊の副隊長だったわよね? ということはその前に立っている茶髪の方が、第一中隊の隊長ね)
聞いていた名前と役職を、顔と結び付けていった。
エルトリアの駐在武官は、三隊に分かれ任務にあたっているらしい。
今回新たにやってくる駐在武官、歓迎式典の主役は、第三隊の隊長らしかった。
コーデリアが情報を復習している間にも式典は進み、主役が入場してくる。
玉座の間は広く、入り口まではそれなりに距離があった。
コーデリアの目にはまだその人物はよく見えなかったが、式典会場がざわつくのは感じられた。
どうしたのかと目を凝らし、こちらへと進んでくる人影を観察する。
(……あぁ、確かにこれは、ざわつくのもよくわかるわ)
コーデリアは一人納得した。
新たにやってきた駐在武官は、とても美しい青年のようだ。
銀の髪を顔の左右に流し、すっきりと秀でた額を出している。
身長も高く、おそらくレオンハルトと同じくらいありそうだ。
軍人にしては線が細く、剣を振るうより背後に花を背負うのが似合いそうな顔立ちをしているが、白の軍服がとても様になっている。
筋肉は鍛えられているようだ。
青年はマントを翻し歩を進めると、玉座の正面、定められた位置で立ち止まり敬礼する。
「エルトリア王国駐在武官、ベルナルト・グラムウェル。わが剣と名にかけ、本日より貴国での任務に就かせていただこう」
良く通る声で、青年が名乗りをあげた。
国王の前でも億すことなく、姿勢よく背筋を伸ばしている。
ベルナルト・グラムウェル。
公爵家の次男であり、妹にエルトリア王国王太子の婚約者レティーシアを持つ青年だ。
華々しいお家柄であり、またベルナルト自身、二年前にエルトリアとその隣国との間で勃発した争いで戦果をあげた、若き英雄でもあるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
以下、本編の内容と直接関係ありませんが、ちょっとした補足になります。
以前あとがきにも書きましたが、本作は私がなろうで連載している作品「転生先で捨てられたので、もふもふ達とお料理します」と同じ世界の別の国が舞台になっています。
どちらも単品で読める独立したお話ですが、一部脇キャラが両作品に登場していたり、もう片方の作品のキャラの血縁者が登場することがあります。
今回の話で登場したベルナルトは、「転生先で捨てられたので~」の主人公・レティーシアの兄という設定です。
時間軸としては、こちらが「転生先で捨てられたので~」の第一話より約2年ほど前なので、今回の話ではレティーシアはまだ王太子の婚約者の座にあります。
ベルナルトとコーデリア達の交流についてはこちらで、レティーシアの物語については「転生先で捨てられたので~」で書いていきますので、どちらもも楽しんでもらえたら嬉しいです。