それは魔術ではなく
「そこで何をしている?」
誰何の声を発したのは赤い服をまとった、大柄な男性だった。
近づいてくると見上げる程に背が高く、威圧感があった。
「な、なんだおまえは突然に?」
フランソワも圧力を感じているのか、腰が引けた様子だ。
ヴェールを手放そうとはしなかったが、一歩後ずさりしている。
コーデリアもフランソワと同様に、大柄な男性に注意を奪われていた。
「よし、もーらいっと」
「なっ⁉」
叫び声に、フランソワの方を振り向く。
新手の青年が、ヴェールを手に笑っている。
ややくすんだ赤色の、銅を思わせる頭髪の青年だった。
「おまえ、何するっ⁉」
「はは、遅い遅い」
フランソワをするりと交わすと、青年は大柄な男性の隣に立った。
追いすがろうとしたフランソワだが、男性の迫力に負けたたらを踏んだ。
「おまえたち、この国に駐在する帝国の軍人か⁉」
「ご名答。初めましてかな?」
眼差しを険しくするフランソワに対し、青年は明るく笑ったままだ。
(こっちは、リングラード帝国の軍人ね)
赤に黒の映える軍服は、近年勢いの目覚しい、リングラード帝国のものだ。
実力主義を掲げるリングラード帝国は、血統主義を是とするエルトリア王国と仲が悪い。
そんな険悪な両国の関係を象徴するかのように、フランソワと青年たちは相対している。
「しかしおまえ、単純だな。ちょっと大柄で迫力がある人間が近づいてきたからって、あっさり視線を奪われるなんて、軍人失格じゃないか?」
「ぐっ、このっ!!」
からかわれ、フランソワがいきり立つ。
今にも反撃したそうだが、壁のような大柄の男性に、二の足を踏んでいるようだ。
(魔術が使えても、この近距離じゃ不利だものね)
魔術には詠唱が必要だ。
高位の術者であれば詠唱を切り詰めることも可能だが、近距離では致命的な隙になりやすい。
フランソワもそれがわかっているのか、手足できないようだった。
大柄な男性を前に後ずさる姿は、虚勢を張る小型犬そのものだ。
「くそっ!! 魔術も一つも使えないくせに、無駄に大きな体で邪魔しやがって!!」
「へぇ? なら、俺が魔術師なら素直に引き下がるのか?」
「使えるならな。どうせお前たち帝国軍人の大部分は、魔術なんて使えないだろ」
「言ってくれるなぁ」
青年は全く答えた様子もなく笑うと、ヴェールを男性へと預けた。
両手を合わせ、何やら唱え始める。
「なんだ? その詠唱は? いったいどんな魔術を、っ⁉」
青年が両手を広げると、一輪の花が現れた。
鮮やかな青い花弁を目にし、フランソワが動揺している。
「た、たったそれだけの詠唱で、植物を生み出したのか⁉」
「すごい……!」
フランソワのみならず、コーデリアも驚いていた。
魔術は風や炎と言った一時の現象を起こすのは得意だが、整った形あるものを作り出すのは苦手だ。
草花を生み出すのは、それなりの高位魔術であるはずだった。
「どうだ? これでもまだ、こちらに噛みついてくるか?」
青年が花を、剣を構えるようにフランソワへと向けた。
フランソワは冷や汗を浮かべ顔をひきつらせている。
「うっ……。くそっ!! 覚えていろよ⁉」
捨て台詞を投げると、部下を連れ逃げていった。
「みごとな小物っぷりだな」
「……同感です」
青年の言葉に、コーデリアは思わず頷いてしまった。
すると視線があい、にっこりと笑われてしまう。
くすんだ赤毛が揺れ、青年のアンバーの瞳にかかっている。
年頃はレオンハルトより、いくつか上といったところだ。
様子を伺っていると、すいと花を差し出された。
「美しい花は、美しい人へ。受け取ってくれるかな?」
「えっと……」
「もしかして、魔術で作られた花を見るのは初めてかな? 花が動いたり噛んだりしないから、安心していいよ」
「あの、そうじゃなくて」
「じゃなくて?」
「それ、魔術じゃないですよね?」
コーデリアが指摘すると、青年が首を傾げた。
「どういうことだい?」
「私、見ました。あなたが詠唱する……フリをする前に。ヴェールを持っている時、ヴェールで隠すようにして、何か手を動かしていましたよね?」
「へぇ?」
感心したように、青年が花の茎を持ち、くるりと一回転させた。
「よく見てるんだね。感心だよ」
「それ、私のヴェールですから、目が離せなかったんです」
コーデリアは淡く苦笑した。
ヴェールの送り主は王家、元を辿れば国民の血税だ。
普段来ているドレス、何着分もの値段がするヴェール。
どうなるか気が気で無くて、青年を見ていたからこそ気づいたことだ。
「花を出現させた、詳しい仕組みまではわかりませんでしたが、魔術ではありませんよね? 魔術じゃなく奇術、手品の類ですよね?」
花に手を伸ばし、コーデリアはしばし観察した。
見た目はごく普通の青い花だ。
細工らしきものは見当たらず、手品の種が気になった
「どんな方法で、花を手元に持ってきたんですか?」
「はは、そこは秘密だよ。奇術師自ら種明かしをするほど、興ざめなものはないだろう?」
「確かに、それはそうです――――わっ!?」
しげしげと花を見ていたコーデリアの視界を、ヴェールが遮った。
頭からヴェールを取り去ると、既にそこに、青年と男性の姿はなかった。
コーデリアがヴェールに目を覆われている間に、素早く退散したようだ。
「……あの人たち、何がしたかったのかしら?」
フランソワを追い払い、ヴェールを返してくれたのはありがたい。
しかし名前も聞けずじまいだったし、目的もいまいち謎だった。
(気になるけど……歓迎式典まで時間が無いわね)
時間には余裕をもって出てきたが、だいぶ足止めを食っている。
コーデリアは花を侍女へ渡すと、式典会場の玉座の間へと向かったのだった。