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着飾るのは慣れませんね

「隣国からやってくる駐在武官の歓迎式典への出席?」


 コーデリアは紅茶のカップを手にしながら、レオンハルトへと問いかけた。

彼が王都に持つ屋敷で、お茶をいただいていたところだ。


「隣のエルトリア王国から、新しい駐在武官がやってくるんだ。10日後に開かれるその歓迎式典に君も出席してもらえないかと、向こうから申し出があった」

「10日後、ですか。いささか急な話ですね」


 紅茶のカップをソーサーへと置き、コーデリアはしばし考え込んだ。

 この手の式典へのお誘いは多くの場合、一月は前に来るものだ。

 10日前というタイミングは、非礼にならないギリギリといった日数だった。


(しかも、お相手は自国の貴族ではなく、あのエルトリア王国の方なのよね……)


 エルトリア王国はこの国、ライオルベルン王国の東に位置する隣国だ。

 国力としてはライオルベルン王国の方が上だが、建国はエルトリア王国の方が早い。


 大陸でも1、2の長さの歴史を誇るエルトリア王国の貴族は、その積み上げてきた歴史に比例するように、とても気位が高かった。


 隣国とはいえ、こちらとは細かく礼儀作法が違うし、少しでも隙を見せた場合、すぐさま見下されるはずだ。


「……歓迎式典は、どのような形で行われるのでしょうか?」

「玉座の間で彼らを迎え入れ、父上への謁見を見守る形だ。君にも、『獅子の聖女』としていくつか、言葉をかけてもらいたいそうだ」

「『獅子の聖女』として、ですか」


 コーデリアは、レオンハルトに婚約者にと望まれている。

 しかしまだ、正式な婚約は結んでいない。

公の場で、彼の婚約者としての出席は求められていなかった。


(……それが、私への歓迎式典の招待が10日前というギリギリのタイミングになった、理由でもあるのでしょうね)


 『獅子の聖女』と持ち上げられているが、コーデリアは弱小の伯爵家の出身。

 レオンハルトの婚約者になったことを、快く思っていない人間も多かった。

 

(その筆頭が、ダレリア様とそのご実家のダールズ公爵家だったわけだけど……)


 そのダレリアも今は離宮へと軟禁され、ダールズ公爵家は王家に逆らえない立場だ。

 おかげで、コーデリアがレオンハルトの婚約者になるための、国内最大の障害は無くなったと言える。


(ダレリア様の一件は公にはされていないけど……。離宮への軟禁や、ダールズ公爵家の税収の納め先の変更手続きなどで、人や物が動き痕跡が残るわ。おそらくエルトリアの方たちも、どこかでその情報を掴んだのでしょうね)


 エルトリアとこの国の関係は悪くないが、隣国同士の定めと言うべきか、数十年も遡れば争いの記録がある。

 現在でもエルトリアはライオルベルン内部に、何重もの情報網をもっているはずだ。


(そして彼らは、私がこのままレオンハルト殿下の婚約者となる可能性が高くなったからこそ、歓迎式典に私の出席を求めてきたんでしょうね)


 コーデリアの人柄を直接見定め、価値を計ろうとするためだ。

 

(少し不安はあるけれど……)


 レオンハルトの婚約者になる以上、同じように試される機会は、何度だってあるはずだ。

 逃げれないし、逃げたくも無かった。


「……可能なら、私も出席したいと思います。私の、エルトリア王国の方を迎える際の作法について問題がないか、確認していただけませんか?」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふぅ、これでやっと、一通り目を通し終わったかしら」


 分厚い書物を閉じ、コーデリアは軽く眉間をもんだ。

 蝋燭の光が、書物に橙の光を落としている。

 揺れ動く火影に照らされているのは、ここ十数年のエルトリア王国の政治について書かれた文字列だ。


(お隣の国だから、それなりに地理歴史については身に着けていたつもりだったけれど……)


 自分が知っていたのが、ほんの障りでしかなかったと思い知らされていた。

 いち伯爵令嬢であればそれで十分だっただろうが、レオンハルトの隣に立つには、まだまだ学ぶべきことが多かった。


(礼儀作法については、レオンハルト殿下から太鼓判が貰えたし、知識の方も付け焼刃だけど、どうにか詰め込めたわ)


 ここ数日は、書物とにらみ合いっこだった。

 知識の習得は苦にならない性格だが、それでもさすがに、少し疲れてしまっている。

 

(それに、レオンハルト殿下にお願いしようとしていたことも、後回しになっているのよね)


 コーデリアに負けず劣らず、レオンハルトも忙しそうにしている。

 今はお願い事をする時期ではないと、コーデリアは切り替えたのだった。


(明日は体を休めつつ最終確認をして、明後日は歓迎式典本番よ)


 失敗しないようにしなきゃ、と。

 コーデリアは気合を入れなおしたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 翌日、コーデリアがまとっていたのは、白絹の華やかなドレスだった。

(やっぱり、こういう服装は慣れないわね……)


 まるで衣装に、着られているような気分になってしまう。

 光を放つような純白の絹を、贅沢につかったドレープ。

 金銀の刺繍が咲き誇り、星のようにまたたいている。

 首筋には金の鎖が輝き、歩くたびにシャラシャラと音を立てていた。


 髪は顔の横に一房ずつ垂らし、残りは真珠の粒と共に持ち上げている。

 頭上には薄くけぶるようなヴェールを被り、ふわりとなびかせる形だ。

 全身が白と金で飾られた、『獅子の聖女』の名に恥じない装いだった。


(豪華な見た目の割に着心地は良くて、動きやすいし歩きやすいのだけど……)


 それが逆に、コーデリアの体を強張らせていた。

 しっかりと体に馴染むこの服は、高度な技術と高価な素材を、惜しげなく使った一品だ。

 当然、値段はかなり張っていて、コーデリアとしては恐ろしい限りだ。


(こういう服にも、慣れないといけないのよね)


 これから先何度も、着飾る機会は訪れるのだ。

 元・弱小伯爵家の令嬢としては恐れ多いが、着こなさなければならなかった。


 コーデリアは不安を誤魔化すように、ヴェールを軽く握った。

 今いるのは、王宮内にある、王家に用意された化粧室だ。

 外に出れば多くの目に晒され、弱気を見せることは許されなかった。


 コーデリアは心を落ち着けると、侍女を連れ扉へと向かった。

 歓迎式典の行われる玉座の間は、中庭に面した回廊を通った別の建物にある。

 その建物の前でレオンハルトと合流し、ともに玉座の間へ入る予定だ。


(背筋を伸ばし、しっかりと。ヴェールが綺麗になびくように、一定のリズムで足を進めて)


 回廊に出たコーデリアは、わずかに目を眇めた。

 今日は良く晴れている。

 柱の影が落ちる道を、侍女たちを連れ歩いていると、


「っ⁉」


 ごう、っと。

 中庭から突如、強い風が吹き込んできた。


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