血の繋がりはないけれど
ダレリアに託されたお願いを思いながら、コーデリアはフェミナを見つめた。
ニニと遊んでいる間は、辛いことも忘れていられるのか、とても楽しそうな顔をしている。
「フェミナ殿下は、ニニがお気に入りなんですね。昔から、猫がお好きなんですか?」
「えぇ、好きよ。猫はとても、かわいい生き物だもの」
柔らかな毛並みを撫でまわしながら、フェミナが上機嫌で口を開く。
「昔、私が小さい頃、たまに遊んだ猫がいたのよ」
「たまに? 飼っていたのではなく、野良猫ですか?」
「たぶん、そうよ。やってくる日は気まぐれで、何日も姿を見ない日が多かったけど、忘れた頃や、それに私が落ち込んでいる時にもやってきて、一緒にいてくれたわ」
「優しい猫だったんですね」
今よりももっと小さなフェミナが、猫に寄り添う姿を想像する。
微笑ましい交流に、頬を緩めたコーデリアだったが、
「えぇ! 優しくて、とってもかわいかったわ。野良猫だけど毛並みが良くて、金色の毛が綺麗で、耳が丸っこくてかわいくて、他の猫とは、少し変わった顔と尻尾をしていたの」
「金色で、耳が丸っこい、変わった尻尾の猫……」
心当たりがありすぎる猫の特徴に、具体的な姿が思い浮かんだ。
(その猫たぶん、仔獅子の姿のレオンハルト殿下よね……)
レオンハルトは昔、獅子への変化が制御しきれていなかったらしい。
仔獅子の姿の時は、気ままに感情のおもむくまま、自由に歩き回っていたとも聞いている。
妹のフェミナが心配で時折こっそりと、様子をのぞきにいっていたようだ。
「その金色の猫、まるで人の言葉を理解していたような、賢い猫じゃありませんでしたか?」
「そうよ! よくわかったわね。私の話を聞いて励ますように、返事をしてくれていたわ」
「そうだったんですね……」
猫と少女、と見せかけた、兄と妹の交流だ。
いささか変わった絵面だが、あたたかな思い出のようだった。
「あの子がいたから、私は猫が好きになったのよ。最近はもう、何年か姿を見ていないけど、そういえば……」
何かを探すように、フェミナが周りを見回した。
「今日は、レレはいないのね?」
「レレは気まぐれですから」
コーデリアはぎくりとした。
レレ――――仔獅子姿のレオンハルトにつけた呼び名だ。
フェミナに対しては、『活発で冒険好きな性格なので、よく外に遊びに行っています』と説明してあった。
「そう、残念ね……。レレ、私と昔遊んでくれた、金色の猫とそっくりなのよね」
「……そうでしたか」
同一人物、ならぬ同一猫なので当然だ。
コーデリアは内心冷や汗を垂らしながら、何喰わない顔で頷いた。
(……フェミナ殿下には悪いけど、真実を告げるわけにはいかないものね)
レオンハルトの先祖返り、および獅子の姿への変化は重要な秘密だ。
知っているのは両親である国王と第二王妃、それに同じ先祖がえりであるヘイルートなど、ごく一握りの人間だけ。
妹であるフェミナに対しても、秘密を明かすわけにはいかなかった。
「確かに、少し珍しい姿をした猫かもしれませんが、そんなに似ていましたか?」
「う~~ん、忘れちゃったところもあるけど、かなり似てると思うわ。ただ……」
「ただ?」
「大きさは、全然違うのよね。あの時の猫は、私が両腕でも抱えられないくらい、大きくて立派な猫だったの。でもレレは、せいぜいニニより少し大きいくらいで、普通の大きさの猫でしょ?」
記憶の中の猫とレレの大きさを比べるように、フェミナがニニを見ている。
「だから、あの時の猫とは違う子のはずよ。小さな猫が大きくなることはあっても、その逆はおかしいでしょ?」
「はい。それは確かに、別の猫なんでしょうね」
コーデリアは胸を撫でおろした。
(……たぶん、その当時のフェミナ殿下は体が小さくて、仔獅子が大きく感じられたんだろうけど……)
そこは言わぬが花と、コーデリアは苦笑する。
フェミナにはこのまま、勘違いしてもらっておくことにするのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レレの話で少し驚いたが、その後フェミナは思う存分ニニを可愛がり、そして帰っていった。
(こちらへ来た時より、気分が上向いていたようで良かったわ)
ダレリアの一件は公にはしていないとはいえ、関係者には相応の事実が知らされている。
母親が失態を起こしたフェミナにも、それなりに風当たりは強くなるはず。
兄であるレオンハルトが気遣っているとはいえ、フェミナも色々と、辛い思いをしているに違いない。
(それでもフェミナ殿下は、落ち込む姿を見せないようにして頑張っているもの)
少しでもフェミナの支えになれればいいと、コーデリアはそう思っている。
(……ちょっとだけ、懐かしいわね)
思えば十年以上前、まだコーデリアがほんの小さなころは。
姉として妹のプリシラを助けなければ、と張り切っていた気がする。
その後のプリシラのワガママ三昧と、彼女のせいでこうむった迷惑のせいで、姉としての情も擦り切れてしまったのだ。
(……フェミナ殿下は、私の血のつながった妹ではないけれど)
それでも今度こそは。
レオンハルトを介した義理の姉妹として、良い関係を築いていけたら、と。
そう願ったコーデリアなのだった。